第二十七話 首なし魔女ドマ①
「後悔させてあげるわ。逃げ場のない地下闘技場で、このドマに刃を向けたことをね」
ドマはアンデッドに身体を支えられながら、ランベールへとそう言い放った。
ランベールは倒したばかりの生身を纏う人造巨人の上に立ち、ドマへと大剣の刃を向けた。
「それは貴様の方だ。袋小路に隠れ住んでいたことを嘆くがいい」
ドマが腕を掲げる。
その途端、観衆席にて警備を行っていた、首のないドレスを纏ったアンデッド達が一斉に動きを止め、ゆっくりとランベールの方へと身体の向きを合わせる。
直後、同時に彼女達が動き始め、ランベールの空けた鉄格子の合間から舞台へと飛び込んでくる。
アンデッドの群れに続き、『血霧の騎士』が舞台へと飛び入った。
黒魔鋼の重量が辺りを揺るがす。
「邪魔をしないで頂戴!」
ドマが『血霧の騎士』へとヒステリックに叫ぶ。
「奴が来ていると分かった時点で、見世物どころではないと忠告したのだがな……。まだ醜態を晒すつもりか、ドマ? 協力しろ、ランベールは例の手段で処分する。お前のアンデッドは、我々が依頼したものだ。こんなところで消耗されては困るのだよ」
「少しばかり相性が悪かっただけなのよ。トロルが蠅を潰すのに向いていないようにね。生身を纏う人造巨人が膂力と質量に特化しているのに対して、その娘達は速度と技量に特化しているの」
ランベールの許へと、二体の首なしアンデッドが到達した。
彼女達は闘技場に落ちていた武器を手にしており、駆けながらランベールを挟み込み、同時に地面を蹴って飛び掛かる。
ランベールは左の肘で片割れの刃を弾きながら大剣を横に構え、素早く一閃を放った。
二体のアンデッドの胴体を、大剣の刃が通過する。
刃に遅れて二体のアンデッドが宙に吹き飛ばされ、上半身と下半身が分断された状態で転がって行った。
「な……!」
ドマが驚愕の声を漏らす。
「ドマ、お前には数の戦力は期待しているが、個の武力は求めていない。とりわけ奴は、イレギュラーだ。計画の日は近い。その前に……何としてでも、ここで片付けておかねばならん。ここで奴さえ仕留められるのならば、多少の我儘は容認してやってもいい」
ドマは『血霧の騎士』の提案に苛立つ様に人差し指で自身の額を小突いていたが、やがて諦めたように前を向いた。
「……その言葉、忘れないことね。貴方達も、舞台に降りなさい。多少は腕に自信があるのでしょう? 功績を上げれば、この街での十分な地位と平穏を約束してあげるわ」
ドマが観衆である暗黒街の重鎮達へと声を掛ける。
暗黒街の重鎮達はドマの言葉に顔を蒼褪めさせた。
皆凍り付いたまま黙っていたが、一人が声を上げた。
「む、無茶だ、ドマ様。あんなアンデッドをあっさりと片付けるような化け物、俺達では……!」
ドマが拳を握る。
その男の近くにいた首のないアンデッドが彼へと飛び掛かる。
悲鳴を上げるその男の首をへし折り、床へと薙ぎ倒した。
「そこのゴミのようになりたくなければ仕事をすることね。逃げ出そうものなら、本部で待っている貴方達の部下も皆同じ末路を辿ることになると思いなさい」
ドマの言葉に青くなった暗黒街の重鎮達が、一人、また一人と舞台へと降りて来る。
「雑魚を増やされても意味がないのだがな……」
「ドマのアンデッドを消耗したくはないのでしょう? 心配しなくても、ドマも行かせてもらうわよ。あそこのアンデッドも、憐れな伯爵の娘も、このドマの首が欲しくて溜まらないらしいものね」
ドマが指を鳴らす。
ドマの背後の壁が崩れ、首のない生身を纏う人造巨人が姿を現した。
彼女はその肩に乗る。
首のない生身を纏う人造巨人はドマを乗せたまま闘技場の舞台へと向かい、間を隔てる鉄格子をその巨腕でへし折って飛び降りて来る。
ランベールはその間、シャルルを背に首のないアンデッドの軍勢と交戦していた。
ランベールの周囲にはまた新たなアンデッドの残骸の数が増えていたが、倒しても倒しても、闘技場の周囲についている扉から新たなアンデッドが現れるのだ。
ランベールがまた一体首なしアンデッドを叩き斬ろうとしたそのとき、『血霧の騎士』が飛び掛かってきた。
ランベールは攻撃を諦め、『血霧の騎士』の大剣を自身の大剣で受け止め、体重を込めて押した。
ランベールは黒鎧が仰け反った隙を突いて二撃目を叩き込むも、彼は後ろに大きく引きながらランベールの大剣を往なした。
「また相見えることになると思っておったぞ、元四魔将の亡霊よ」
「亡霊は貴様も同じことだろう、『血霧の騎士』。腕は、戻さなくてよいのか。それとも、俺と片手で戦って勝てる自信があるということか?」
黒鎧の右手の指は、ランベールがドマへと投擲した斧を弾く際に欠損していた。
今の彼は左手だけで大剣を操っている。
だが、本来、彼は自身の肉体を再生させられるはずなのだ。
ランベールはそのことを知っている。
黒鎧は聖都ハインスティアで交戦した際にランベールによって片腕を奪われ、続いて慰霊塔の倒壊に巻き込まれて通常であれば死に至るはずの大怪我を負っている。
今この事態でそれを行わないということは、再生に関して何かしらの制限があるということに他ならなかった。
「片腕であっても充分だ」
黒鎧は大きく身体を引く。
ランベールはそれを追って大剣を前に突き出した。
黒鎧は身を捩りながら、大剣で自身を守って受け流す。
ランベールは黒鎧へと続く一撃を繰り出そうとするも、その隙を突いて首なしアンデッドが剣を向けて横から飛び掛かってくる。
ランベールは黒鎧を大剣で牽制しながら、首なしアンデッドを籠手で殴り飛ばした。
「貴様が元四魔将最強であっても……雑兵共を捌きながら、守りに徹する我に決定打を打ち込むことは難しかろう」
黒鎧の背後には、首なしアンデッドと暗黒街の重鎮達、そして生身を纏う人造巨人に乗るドマの姿があった。
「ローラウル王国の騎士は、随分と卑屈な手を使うのだな」
「くだらぬな、揺さ振りを掛けたつもりか、元四魔将」
黒鎧は、ランベールの言葉を鼻で笑った。
ローラウル王国は、八国統一戦争によって滅んだ国の一つである。
彼の黒魔鋼鎧も、剣の流派も、明らかにローラウル王国のものであった。
ランベールは『血霧の騎士』の正体はローラウル王国に繋がりがあると確信を持っていた。
「我は我自身の誇りなどという小さき物よりも、優先すべきものがあるというだけのことよ。目的を果たしてこその騎士道だ。潔癖を貫き、無実の罪で夢半ばに斬られた道化よ。未だにそれを学ばぬか」
黒鎧は自身の出自については触れず、そう返した。
「的外れだな。誇りなき者に、生きる者達はついていかぬ。死者を愚弄し、都合よく操ることしかできぬ貴様らには永遠にわかるまい。俺の夢は、二百年も前に既に果たされた。だからこそ、それを穢す貴様らを斬るのだ」




