第二十六話 裏闘技場⑥
三体の生身を纏う人造巨人は、ランベールを囲む様に動きながら襲い掛かっていく。
床には異形の巨人の足跡が残り、伸ばした腕の指先が掠めた壁が容易く削れる。
「オオオオオン!」
先頭の一体の腕の大振りが、ランベール目掛けて放たれる。
ランベールは寸前で横に回避する。
しかし、回避先には二体目の生身を纏う人造巨人が拳を叩き付けようとしていた。
ランベールは大剣の腹で継ぎ接ぎの巨腕を受け流し、床へと落とした。
拳が床へと罅を入れ、めり込んでいた。
先ほどのアンデッドとは、膂力も速度も全く異なる。
三方向から、質量の塊である生身を纏う人造巨人の巨腕が落とされる。
ランベールは寸前のところで回避を続ける。
しかし、足場が一打ごとに大きく崩されていく。
数の不利もあり、ランベールは一撃ごとに追い込まれつつあった。
「さぁ、ドマの子らよ! そのまま叩き潰してちょうだい! どうかしら、『血霧の騎士』? 貴方では手の出ないランベールも、ドマのアンデッドに掛かればこんなものなのよ!」
ドマの声が響く。
他の闘士や観客達は、醜悪な三巨人を前に、自分の見ているものが悪夢なのか現実なのかもわからなくなっていた。
「ラ、ランベール……」
シャルルがランベールへと声を掛けながら、震える手を自身の剣の柄へと伸ばす。
だが、恐怖と緊張で手が震え、視界が霞み、剣を握ることさえできないでいた。
しかし、それも仕方のないことであった。
グロテスクな三体の巨人を目前にして、僅かながらとはいえ戦闘意欲が残っていただけでも大したものであった。
「下がっていろ、シャルル」
ランベールは危うい回避を続けながらも、避けきれない打撃を大剣で往なしていく。
だが、やがては受け流し損ない、大剣越しに衝撃を受け、壁際の方へと大きく弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
床に大剣を突き立てて衝撃を殺す。
だが、ランベールが止まるよりも先に、三体の巨人はその隙を突いての攻撃に掛かった。
まず、二体がランベールを挟み撃ちにするように飛び掛かる。
ランベールが床から大剣を抜いた頃には、既に彼へと巨拳が迫っていた。
「このタイミングを、待っていたぞ」
ランベールは左側から迫る生身を纏う人造巨人へと大剣を構え、その巨拳を刃の腹で、ぴったりとくっ付ける様に受け止めた。
そのまま腰を深く落とし、正中線を軸に身を翻しながら刃を反らして巨拳の軌道を誘導する。
そのまま弧を描くように振るい、今度は右側から迫る生身を纏う人造巨人の巨拳を刃の腹でぴったりとくっ付ける様に受け止め、同様に体を翻して巨拳の軌道を誘導する。
大剣は左回転、右回転を綺麗に描く。
二体の生身を纏う人造巨人は巨拳の勢いをそのままに、ランベールの意のままにその力の方向を書き換えられた。
結果、二体の巨拳は互いの顔面へと向かう。
図太い生身を纏う人造巨人の首が、その膨大な質量から放たれる膂力によってへし折られた。
二体の生身を纏う人造巨人が床へと倒れる。
ランベールの絶技、『天地返し』である。
これを狙い、二体の生身を纏う人造巨人がほとんど同時に殴りかかってくれる瞬間を探っていたのだ。
突き飛ばされたのもランベールの想定通りであった。
この位置関係であれば、ドマから見て、三体目の生身を纏う人造巨人の影にランベールの姿が隠れることになる。
ランベールは大剣を片手持ちに移す。
第二幕のアンデッド兵達の落としていた武器である巨大な斧を空いた手で持ち上げる。
飛び掛かってくる三体目の生身を纏う人造巨人の巨腕を、大剣の腹でしっかりと受け止めた。
そして膝、肘を使って生身を纏う人造巨人の攻撃の勢いを自身の身体に乗せ、正中線を軸にその場で回る。
攻撃を受け流すように回避しつつ、逆の腕で先ほど拾い上げた大斧を振り上げていた。
『天地返し』の応用である。
相手の膂力を自身に上乗せし、攻撃に転じる。
目標は生身を纏う人造巨人ではなく、観客席よりランベールを観察しているドマであった。
ランベールが生身を纏う人造巨人の巨体によってドマと『血霧の騎士』の死角に入り、彼女たちがランベールを一瞬見失うこの時を狙っていたのだ。
ランベールは生身を纏う人造巨人の勢いを乗せ、大斧を斜め上に目掛けて投擲した。
大斧は見事に生身を纏う人造巨人の肩の上を通り抜ける。
ランベールと生身を纏う人造巨人の膂力の乗った斧の一撃は、闘技場と観客席を隔てる鉄格子を容易く破壊した。
そのまま観客席の上方に座るドマへと豪速で飛来していく。
「え……?」
ドマがそれを視認し、声を上げる。
死角から不意に放たれたそれに、『血霧の騎士』も一瞬反応が遅れていた。
まさか、生身を纏う人造巨人と交戦状態にあったランベールが、遠い観客席に座るドマを攻撃してくるとは思ってもいなかったのだ。
『血霧の騎士』は黒い籠手を伸ばして斧を弾こうとした。
だが、弾ききれずに斧は籠手ごと彼の指を削り飛ばした。
斧は僅かに軌道を変えたものの、そのままドマへと向かっていく。
彼女の特等席が斧の一撃に砕かれる。
少女の身体が宙へと跳ね上げられ、壁へと叩きつけられた。
斧は、金属製の床を容易く貫いて突き刺さっていた。
ドマの腹部は大きく裂けていた。
衣服の奥から血が溢れ、臓物が覗いていた。
常人であれば、間違いなく即死している。
それは出血量から明らかであった。
観客席は大騒ぎになっていた。
皆席を立ち、口々に声を上げながら、遠巻きにドマの様子を確認している。
闘技場に立たされていた闘士達は、皆状況が呑み込めずにただ茫然とドマの凄惨な姿を眺めていた。
ランベールは生身を纏う人造巨人の首を背後から大剣で殴り、地面へと降り立った。
「ドーミリオネの生身を纏う人造巨人と比べれば、大したことはないな。速さもなく、弱点も脆い。何より動きが単調すぎる」
ぐらりと屍の巨人が揺れ、地面へと倒れる。
肉の鎧の薄い項側より衝撃を伝え、首の骨を砕いたのだ。
「こ、殺した……? 本当にあの、暗黒街の王の、ドマを……?」
シャルルが呆然とドマの死体を眺める。
その言葉に対し、ランベールは首を振った。
「いや、しくじった。あれでは、当たっていないのと同じだ」
観客席の床に倒れていたドマが、二体の首なしアンデッドに両側から支えられて持ち上げられていた。
「……もう、いいわ」
ドマから声が響く。
表情は布で隠されていたが、それでも彼女が激昂しているのは明らかであった。
「お遊びはもういい、見世物ももうお終いよ。このドマの肉体に傷をつけたことを、後悔させてあげるわ」
ドーミリオネや『真理の紡ぎ手』シャルローベがそうであったように、一線を越えた魔術師にとって、肉体の損傷は死へと繋がらない。
殺すならば、相手を知って手順を踏む必要がある。
最低でも、脳があってマナが最も集中しやすい頭部を砕くべきであったのだ。
『血霧の騎士』の護衛を出し抜くには一瞬遅かった。




