第二十四話 裏闘技場③
「さあ、観衆の皆様方……今宵も、ドマ様のショーにお越しいただきありがとうございます」
観客席側に立っていたマゴットが声を張り上げる。
表の闘技場とは違い、マゴットは闘技場内のあちこちへと目を走らせ、びくびくと脅えながら進行を行っているようだった。
特に、主催者らしい『首無し魔女』ことドマへと何度も目を向けている。
彼女の機嫌を損ねるのが余程怖いようであった。
ランベールは目線をマゴットから外し、観衆達へと向けた。
観衆の面子も皆顔色が悪い。
落ち着かなさそうに、周囲の首のないアンデッドをちらちらと見ていた。
ただ、皆ドマの不興を買うのが怖いらしく、基本的には闘技場の舞台を見るようにしているようであった。
だが皆ショーを楽しむためというよりは、無事にドマに目を付けられずに今日のこの場を終えるのが目的であるように見えた。
楽しげにしているのはドマくらいである。
暗黒街のならず者達も、血生臭い死体弄りの悪趣味に付き添わさせられるのはごめんらしかった。
「此度もドマ様の造りあげた、素晴らしい芸術的なアンデッドの数々をお楽しみください。今回は凄腕の剣士が来ているとのことで、いつも以上にドマ様のアンデッドの力を堪能いただけることかと存じております。それでは、狂気の第一幕を始めましょう」
マゴットが腕を上げる。
観客席の下に設置されていた大きな扉が上に持ち上がって開く。
舞台へと、各々に武器を手にした軍勢が雪崩れ込んできた。
顔色は悪く、目は焦点が合っていない。
腐臭を誤魔化すためのものか、甘ったるい気色の悪い花の匂いがした。
外観は繕っている方だが、すぐにアンデッドだとランベールにはわかった。
数はちょうど十体であった。
舞台に立たされていた者達が、皆悲鳴を上げてアンデッドから逃げるように駆け始めた。
だが、アンデッドが入ってきた以外の扉は閉まっており、逃げられる場所など残されてはいなかった。
「こ、こんなの、どうすれば……」
シャルルが目に涙を浮かべながら呟く。
「シャルル、俺の後ろをなるべくついて走れ。被害を少しでも抑えたい。……もっとも、最優先はドマの首とお前の安全になるがな」
ランベールは言うなり大剣を構え、入ってきたアンデッドの軍勢へと飛びかかっていた。
亡者達は、無言で武器を振るってランベールへと襲い掛かる。
ランベールが大剣を横薙ぎに振るった。
そのひと振りで、周囲のアンデッド達の上半身が切断され、腐敗した血が辺りを汚した。
あっという間に四体の死者が再び眠りへとついた。
前に進みながら、更に二振りを斜めに放つ。
バラバラになったアンデッドの身体が床を転がっていく。
死角から飛びかかった最後のアンデッドへ、ランベールの肘打ちが炸裂した。
頭が弾け飛び、余波で背骨が折れて床へと叩き付けられる。
「ラ、ランベール……アンタ、ここまで強かったの……?」
ランベールの背後を追って動いていたシャルルが、立ち止まって呆然としながらそう呟いた。
「もう少し厄介かと思ったが、こんなものか」
ランベールは大剣を振るい、刃についた腐った血を飛ばした。
それだけで舞台を風が駆ける。
ショーを見ている余裕などなかったはずの観客席の者達の目も、ランベールの圧倒的な剣に釘付けになっていた。
逃げ惑っていた戦士として連れてこられた者達も、泣くことさえ忘れて呆然とした顔でランベールの勇姿を追っていた。
「散々脅されたが、ただの量産型のアンデッドと戦わされるだけとはな。しかし、まさか、これで終わりではあるまい」
ランベールの言葉に、特等席に座るドマの身体が小さく震える。
この手の死操術師はプライドが極端に高い。
自尊心を刺激すれば、どこかで大きな隙を見せるものだと睨んでいた。
半分不死の、腐肉を引きずって生きるアンデッドのなり損ないの魔術師達は、自身がこれまで繋いだ命が途切れることをとにかく恐れている。
勝負の土俵に立たせるためには、相手の大きな隙が必要となる。
ランベールの性分ではなかったが、八国統一戦争で生き抜くために、魔術師への挑発は自然と身に着いたものであった。
「……お前が納得するまでは娯楽に付き合ってやると言ったが、あの様な見え見えの挑発に乗ってくれるなよ」
ドマの傍らに立つ『血霧の騎士』が、彼女へとそう忠告する。
「フフフフ、フフフフ……噂は伺っておりましたが、素晴らしいじゃありませんか、ランベール。このドマも、ぞくぞくしてきましたわ。マゴット、第二幕の指示を出しなさい! 様子見は、もう結構ですことよ」
ドマは垂らした布越しに、自身の顔を指でなぞって身悶えさせる。
「は、はい! それでは、第二幕のアンデッド達を!」
マゴットの宣言と共に、また大きな扉が持ち上がる。
そこから、身体のツギハギされた奇怪なアンデッド達が一気に雪崩れ込んできた。
前回とは数が全く違う。
全体で、軽く四十体は超えていることであろう。
頭が三つある者もいれば、腕が六本ある者もいる。
先程の第一幕が墓場であれば、第二幕は地獄であった。
「さっきのアンデッドは、ほんのお遊び。この子達は、ドマが戦闘のために用意したアンデッド達よ。丁度いいわ。『血霧の騎士』……貴方はこのドマを少し軽んじているところがあるから、このショーを見て改めてほしいものね。見せてあげるわ、ドマの子達の力を」
ドマがくすくすと笑いながら、傍らの『血霧の騎士』へと声を掛ける。
首のないアンデッドの従者から赤い液体の入ったグラスを受け取り、顔の布を捲ってそれを口へと流し込んだ。
「この数では、さすがのランベールとはいえ他の餌達を守りながら戦う余裕はないでしょう」
ドマの言葉に、『血霧の騎士』は無言で舞台へ目を向ける。
「死にたくなければ、一箇所に固まっていろ!」
ランベールが他の闘士として連れてこられた者達へと叫ぶ。
恐怖の悲鳴の声が、ランベールの一喝に沈黙する。
ランベールへと、奇怪な姿のアンデッドの群れが押し寄せる。
ランベールは大きく前に出て、素早く大剣を振るい続ける。
四十体のアンデットは、ランベールに近づいた者からただの肉の断片へと化していく。
腕が、首が、腐敗した血肉と共に床を転がる。
戦闘ではない。
明らかに、一方的な処分であった。
さすがのドマも身体の動きが凍り付いた。
顔の先はランベールへと固定されていた。
「お遊びは、このくらいにしてもらっていいか? あれは雑兵で仕留められる駒ではない。奴は今の我より上を行くが、この程度ならば我にでもできる」
ドマは『血霧の騎士』の言葉に、手にしていたグラスを握り潰した。
表情こそ窺うことはできないが、明白な怒りがあった。
「……気が早いわよ。見縊らないで頂戴、ドマのアンデッドは、こんなものじゃあないわ」




