第二十三話 裏闘技場②
翌日、ランベールは首のない女人のアンデッドに連れられ、他の捕まっていた者達と共に、長い廊下を歩いていた。
金属製の通路はところどころに腐って凝固した血溜まりができていた。
ランベール以外の捕まっていた者達は、戦士というよりは女子供が多いようであった。
案内役がアンデッドだけでは、まともに情報収集を行うこともできない。
ランベールは今は素直に従うことにした。
ランベールはそのまま何の説明も受けないまま、表の闘技場の様なところへと連れて来られた。
形や構造こそ似通っているが、外観は全く異なっている。
まず、客席までの壁が高く、おまけに客席と舞台の間が鉄格子に守られていた。
また、壁には人骨や木乃伊が埋め込まれていた。
異様な光景ではあるが、ここに来て今更驚くことではなかった。
それよりランベールは、壁の高さに注目していた。
この状況で客席へと危害を加えるのは、ランベールにとっても容易だとは思えなかった。
おまけにここの通路は、入り組んでおり非常に長い。
壁や檻に手間取っていれば、通路に逃げ込まれて後を追えなくなってしまう。
壁や檻だけではない。
この施設のあちこちに配置されている、首のない女アンデッドも決して無視できない存在であった。
首のない女アンデッドは、一体一体の動きの精度が高い。
アンデッドとは思えない程に自然な動きだった。
アンデッドの腕や脚も綺麗であり、保全に病的な執着があるとしか思えなかった。
余計とも言える箇所に手間を掛ける余裕のある死操術師は、要するにそれだけ死操術の行使に慣れているということである。
首を必ず落としているところにも、彼女達の主の屈折した拘りが見えた。
死体の弄り方に拘りのある壊れた人物は、死操術師として優秀であるということの裏返しでもある。
真っ当な神経をしていれば、死操術師として腕を磨いていくことはできないのだ。
首無しアンデッド達は、戦闘技術も間違いなく高い。
マゴットも、随分とアンデッド達に脅えていた。
客席の方にも人影があった。
ランベールは個々の情報を探ろうと客席の方へ目を走らせていると、ふと背後から弱々しい声が聞こえて来た。
「ラン、ベール? どうして、ここにいるの……?」
ややランベールから離れたところに、戦士として連れて来られたらしい者達に混じり、シャルルの姿があった。
無理やり連れて来られて投げ出されたのか、地面の上に倒れた格好になっていた。
衣服もボロボロで、肌も傷だらけになっている。
また、後ろ手に手枷を嵌められていた。
既にまともに戦える状態ではなさそうだったが、マゴットはこれをただの殺人ショーだと口にしていた。
容姿が整っており、動いて悲鳴を上げれば他はどうでもよかったのかもしれない。
ランベールはシャルルへと近付き、手枷を籠手で叩き割って破壊した。
「痛い……!」
手枷が細く、また衛生的でなかったためだろう。
シャルルの細い両腕の、手枷が嵌っていたところに赤い膿ができて化膿していた。
擦れて傷ができていたらしい。
「まさか、本当にお前もここまで来ていたとはな。この平和な時代にその歳でよくやるものだが、後のことは考えていなかったか」
シャルルは元々、闘技場という言葉を零していた。
ここの存在は何らかの形で知っていたのかもしれないが、狙ってここまで辿り着いたのだから、それだけで大したものであるとは言えた。
もっとも、ランベールがいなければ彼女はこの後あっさりと命を落としていたのだろうが。
「あ、ありがとう、ランベール……。で、でも、もう、ここまで来ちゃったら……死ぬしか……」
シャルルが身体を小さくして蹲る。
震えている。涙を流してはいないが、目の下が涙の痕で汚れていた。
既に泣き枯らしてしまったらしい。
あれだけ生意気で勝ち気であったシャルルも、さすがにこの不気味な闘技場での生活で心が折れてしまっていた。
「安心しろ。パーシリス伯爵とも、また顔を合わせておきたいと考えているのでな。そのためにも、お前は必ず生かしてやる」
「…………でも」
シャルルが顔を伏せる。
「……でも、ここに来て外に逃げられた人、一人もいないんだって。どこにいってもあのアンデットがいるし……それに、どこが外に繋がっているのかも、まるでわからないもの」
「出口がどこかなど、追い掛け回していればいずれ辿り着くであろう」
「えっ……」
「お前は、『首無し魔女』を殺しに来たのではなかったのか。こちらが追う側だ。安心しろ、俺が付いている」
ランベールの言葉に、シャルルは小さく口を開けて表情を固まらせる。
それからクスリと、力なく笑った。
「……ランベールは、ブレないのね。ありがとう、勇気づけられた気がするわ。期待してるわね」
「それより、ここについて教えろ。何か、情報を握っているのではないか? 随分とここについて、物知りなようであったからな」
「…………」
シャルルが少し沈黙し、客席を睨んで指で示した。
「あそこに並んでいるのが、左からジュネにホーキン、カリウにアルナイト……全員、この暗黒街ドレッダの有力武装集団の幹部クラスみたい。それが、護衛も付けずにここに来させられてる。名前がわからない人もいるけど、多分どこかの幹部だったと思う」
「ほう」
ランベールは彼らへと目を走らせる。
いよいよ、この闘技場と暗黒街の裏の支配者が繋がった。
対立しているはずの暗黒街の武装集団の幹部を、護衛も許さずに一か所に集めるなど、明確に力関係が上の者でなければできるはずがないのだ。
「それから……アレが恐らく、この暗黒街の支配者……」
シャルルが声を震わせながら、一番高い位置の特等席へと目を向ける。
頬は汗に濡れており、彼女の目には恐怖の色があった。
シャルルの目線の先には、奇妙な風貌の幼い少女が座っていた。
両隣に、一人ずつ首のない女のアンデッドが立っていた。
少女は袖の長い暗色のドレスに身を包んでおり、顔は一つ目の模様の書かれた、大きな四角の布を垂れさせて隠していた。
椅子は白い骨を組み合わせて固めて作っており、最悪なことにそれはどうやら本物の人骨であった。
「奴が、『首無し魔女』か」
ランベールが睨む。
布に描かれた大きな瞳と、目が合った。
「もしかしたら、別に本物がいるのかもしれないけど……」
「いや、恐らくだが、本物だ。厄介な護衛がついている」
ランベールは首を振る。
『首無し魔女』の背後には、黒鎧の大男が立っていた。
呪われた金属、黒魔鋼の鎧に見覚えがあった。
八賢者の一人『血霧の騎士』である。
ランベールは聖都ハインスティアで彼の腕を斬り飛ばしたことがある上に、その後に塔の残骸に押し潰された黒鎧を目にしたことがあった。
だが、彼の両腕はしっかりと残っているし、何よりも生きている。
風格や動きでわかるが、中身が別人だということはない。
間違いなくランベールと一戦を交えた人物に間違いなかった。
「……やはり、死んでいなかったか」




