第二十二話 裏闘技場①
闘技場の戦いはランベールの優勝に終わり、生き残った闘士達は牢獄の様な控室へと戻されていた。
ランベールが控室へと戻されてすぐに、護衛を連れたマゴットが現れた。
「随分と……闘技場を白けさせてくれたな、自称ランベール」
マゴットの顔に、以前浮かべていた薄笑いはなかった。
神経質な顔でランベールを睨んでいる。
マゴットは、仮にランベールが暴れ出した場合、自身らに止める手立てがないことに、決勝戦を見てからようやく気が付いたのだ。
「本来、ここに来た闘士がいつ出られるかは、私が決める。だが、お前に暴れられては面倒だ。金ならいくらでもやる、出て行きたければ出ろ」
「俺にはここに来た目的がある。暴れなどしない、そう脅えるな」
「…………」
マゴットが目を細めてランベールを睨む。
心底迷惑そうな顔をしていた。
「言いに来たのは、それだけか? 別件があるのではないか?」
マゴットは少し目を瞑っていたが、諦めた様に深く溜め息を吐いた。
「ランベール、お前に、裏闘技場への招待状が届いた。祝福しよう、お前の目的は果たされるぞ」
「ほう……?」
マゴットは、ランベールの目的が果たされると言った。
それは、シャルルがその裏闘技場とやらにいることを示唆していた。
「して、それは何だ? なぜ、強者を欲していたバルトルトを今までそこへ連れて行かなかった?」
表の闘技場では、暗黒街ドレッダの大手組織のナンバーツーである、ディオネートまで参戦していた。
裏闘技場なる場を用意したとして、表舞台を超える面子をマゴットが揃えられているとはとても信じられなかった。
恐らく裏闘技場は、単に強者を集めている場ではないはずであった。
「…………」
マゴットがまた沈黙した。
「招待状と、そう言ったな? お前の上に、闘技場の采配に口出しをできる人間が裏方にいるということか?」
「……本来なら無理やり連れていくところだが、お前に抵抗されれば面倒だ。お前は裏闘技場へ行けば、本物の恐怖を目にすることになるだろう。選ばせてやる。何も聞かなかったことにして外へ出るか、大人しく素直についてくるか、な」
「御託は結構だ。すぐに俺を連れて行け」
「後悔するなよ……ついて来い。お前達は、持ち場へ戻れ」
マゴットは部下達を下がらせた。
その後、ランベールはマゴットに続き、闘技場内の通路を歩いた。
行き止まりに辿り着いたと思えば、マゴットが壁に描かれた魔法陣に掌を添えれば、壁が左右に分かれて先への扉が開けた。
先には、地下深くへ続く大きな階段があった。
真っ直ぐに続いているが、奥底はあまりに深く、下がどうなっているのかはわからなかった。
長い、長い階段を降り続け、やがて通路へと出た。
地下深くであることは疑いようもなかった。
錆びた金属と虫の死骸、腐った血を合わせたような匂いが漂っていた。
「……この先の通路の案内人は、俺よりずっと手厳しいと思え。道を外れるなよ、ただでさえ短い、お前の寿命を縮めたくなければな」
マゴットが足を止め、ランベールを振り返った。
その真意を尋ねる前に、複数人の足音が聞こえて来る。
前方から、礼服姿の二人の女人が現れた。
彼女達は、首から上がなかった。
生々しい切断面が覗いている。
「こいつらが地獄まで案内してくれる」
「……アンデッド、か。なるほど」
首のない二人の女人は、礼儀よく頭を下げる。
生きている人間かの様な滑らかな動きであった。
アンデッドにこれほど精巧な動きをさせられているということは、かなり死操術に長けた人間がここにいるという証明であった。
闘技場と暗黒街ドレッダの裏の支配者、そして『笛吹き悪魔』の三つが強く結びついているという仮説が、大きく裏付けされた
「悪趣味極まりない」
「驚かないのだな」
マゴットが訝しむ様にランベールを睨んだ。
しばらく首無し女に続いて通路を歩いた。
微かに呻き声や悲鳴、明らかに人間ではない者の叫び声が聞こえて来る。
「そろそろいいだろう。質問に答えろ、ここは何だ?」
「……バルトルトを連れて来なかったのは、勿体ないからだ。あいつは表の闘技場で人気があった上に……どうせ奴程度では、長く持たない。それよりも、ボスは、容姿に長けた女や子供が惨たらしく殺されることを好む。が……お前の強さを聞き、久々にまともな戦闘ショーになるのではないかと、興味を持たれたのだ」
マゴットは、前を歩く首無し女を指で示す。
彼女達も、元はそうして見世物として殺されたのかもしれない。
「あの呻き声はなんだ? ここの観客はいるのか? 俺は、何と戦う? ボスとは一体何者だ?」
「いずれ知ることになる。今、急いて聞き出すことに何の意味がある?」
やがて、檻の並んだ大部屋へと通された。
何人もの首無し女が、檻を見張る様にうろうろとしていた。
檻からは、助けを求める枯れた声が響いていた。
助けてくださいと連呼している者もいれば、殺してくれと叫んでいる者もいる。
実際に、檻の中で壁に頭を打ち付け、血塗れになって死んでいる者もいた。
「檻に入れ。まさかここまで来て、抵抗できるとは思っていないだろうな?」
ランベールは周囲を見回し、シャルルの姿がないことを確認した。
「檻の間は、別にもあるのか?」
「さっさと入れ!」
マゴットが声を荒げる。
「安心しろ、抵抗する気はない」
ランベールは素直に空いている檻へと入った。
近くの首無し女が寄って来て、檻に鍵を掛けた。
「本当に最後まで抵抗しないとはな、馬鹿な奴め」
マゴットがそれだけ言うと、檻の大部屋を出て行った。
ランベールは、今暴れるわけにはいかなかった。
今度こそ、裏闘技場では暗黒街ドレッダの真の支配者、『首無し魔女』が現れるはずであった。
『首無し魔女』を確実に捕らえるためには、マゴット達を警戒させるわけにはいかない。
ここに連れて来られたらしいシャルルも回収せねばならない。
まだ、動くべき時ではなかった。




