第二十話 地下迷宮の主⑥
ランベール達を追跡していたのは、無論『魔金の竜』の連中である。
彼らはランベール一行を殺すべく、彼らがいるはずのアインザス地下迷宮地下二階層を人海戦術でしらみつぶしに捜した後、見つからずに戸惑って階段付近に見張りだけ置いて地下一階層へと戻り、その後地下三階層まで進んでいた。
本来、商会が『精霊の黄昏』に急かしたはずのグリム・ケットの皮は、地下二階層で手に入る物なのである。
そのため彼らには、ランベール達が地下二階層で狩りを行っているはずだと、『魔金の竜』のギルドマスター、タイタンはそう考えていた。
『魔金の竜』は五十人で地下迷宮を訪れていたが、分散して五人一班を基本形として行動していた。
タイタンとクレイドルは、同じ班で行動していた。
「おい君達ィ、目立つフルプレートアーマーの馬鹿は見なかったかなぁ? 二階層にいなかったから、この三階層にいるはずなんだけど?」
クレイドル達は他のギルドの冒険者と顔を合わせては、高圧的に聞き込みを行っていた。
「し、知らない! それよりも、俺の仲間が重傷で……すいません、誰かっ! 白魔術を使える人はいませんか!」
クレイドルが質問をしている相手は、ギルド『青い翼』の三人組パーティーであった。
古株の剣士カスパルと、その弟子であるハンス、そして魔術師のリリスがメンバーである。
リリスが魔物の毒を受けて負傷して意識を失い、急いで運び出そうとしているところを、クレイドル達と出くわしたのだ。
「あっ、そー……僕達、悪いけど仕事中に他所のギルドに手を貸すのは規約違反だからさー。ね、タイタン様」
「うむ、申し訳ないがそういうことだ」
クレイドルとタイタンは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら男の懇願に答える。
「ひ、人の命が懸かっているのに、ですか!」
「……こいつらは、こういう奴らだ。諦めるしかない。だったらせめて、道の邪魔だけはしないでくれ!」
ハンスが彼らにくってかかるが、リーダー格のカスパルがそれを止める。
「ひっどいですわねぇ……。ちょっとくらい、手助けしてあげたっていーじゃありませんこと」
クレイドルの後ろから、細長い杖を手にした女が姿を現す。
彼女も『魔金の竜』のメンバーの一人であり、名前をアンジュといった。
アンジュには白魔術と黒魔術、どちらにもそれなりの心得があった。
「毒を簡単に楽にする必要ならあるわよ」
「た、頼む! このまま連れ帰っても、手遅れになっちまいかねねぇ」
「火よ、焼き払いなさぁい!」
アンジュが、毒で気を失っているリリスへと杖先を向けた。
即座に胸元に赤い光が集まって発火し、その火はあっという間に身体中へと燃え広がっていく。
彼女に肩を貸していたハンスにまで燃え移った。
「な、何を! は、早く消せっ! 水を! ふ、ふざけるなぁっ!」
「あはははははは! 楽になったでしょ? これで楽になったでしょ、ねぇ?」
アンジュは彼らを馬鹿にするように笑う。
「こんなことして、どうなると……!」
「面白いねぇ、君達。まだ生きてこの迷宮から出れると思ってるんだ」
クレイドルが二人を嘲笑する。
「なっ!? お、お前、何を言っているのかわかってんのか! 俺らに手を出したら、『青い翼』が黙ってな……」
「それは怖いねぇ! で、どうやって報告する口が残るのかな?」
ハンスは愕然とした目でクレイドルを見た。
「ちぃっ!」
カスパルが、剣を抜いて即座にクレイドルへと斬りかかった。
クレイドルは身を引きながら同時に剣を鞘から抜き、カスパルの顔の前を、円を描くように剣を振るって牽制した。
出端を挫かれたカスパルが、間合いを取り直そうと後ろへと退く。
クレイドルはそこを狙い、大きく引いた剣を真っ直ぐに突き刺す。
剣先が吸い込まれるようにカスパルの胸部へと向かい、そしてそのまま貫いた。
「がッ……」
即死である。
クレイドルはぺろりと舌舐めずりをしてから剣を引き抜いた。
「うわ、ざぁっこぉ」
「な、なな……な……なんで……どうして、こんなことを……?」
残されたハンスは、何が何やらわからぬままその場にへたり込んでいた。
毒を受けて気を失っていたリリスは彼のギルドの後輩であり、片想いの相手であった。
カスパルは彼のギルドの先輩であった。
どちらとも仲が良く、今日は利益を求めてというよりも、後輩に先輩の実力を見せる意味で地下三階層へと潜っていた。
オーガと出くわしてもすぐ逃げ切れる浅い部分を探索し、すぐに引き返すつもりであった。
こんなことになるなどと、地下迷宮に入ったときには、まったく考えていなかった。
冒険者たるものの、急な死は度々訪れるものである。
その認識はあった。だが、決して今日ではないと思っていた。自分ではないと思っていた。
「なんで……ね。馬鹿なのかな、君は。楽にしてほしいって言ったから楽にしてやってさ、そっちが剣を抜いたからこっちも振らざるを得なくなっちゃっただけじゃん。全部そっちのせいじゃん?」
「……は?」
「顔怖いなぁ、そんなに怒んないでよ、冗談だよ、冗談……。なんでかって聞いたね? それはね、迷宮の中で誰がどう死のうが、罪にならないからだよ。だったらさ、さくっとやっちゃった方が得じゃない?」
「こ、この……!」
「よっとおっ!」
タイタンが魔金のグローブを装着した拳で、ハンスの顎を打ち抜いた。
ゴギッと骨の砕ける音が響き、衝撃で目玉がでろりと前へと零れ落ちる。
顔から血を垂らしながらその場へとぐにゃりと倒れた。
「ちょっとギルドマスター様、僕の獲物だったのに……」
「話が長いんだよ。とっとと済ませろ」
「だってあいつら全然見つかんなくって、イライラしちゃったんですもん。あ、死体ってこのままで大丈夫です?」
「どうせゴブリンが喰い荒らしてぐちゃぐちゃになるからいいんだよ」
クレイドル達は荷物をひとしきり荒らした後、その場を離れた。
距離を置いた瞬間、飢えたゴブリンがどこからともなく現れ、死体を喰い荒らし始める。
「あいつら、ダンジョン内で騒ぎが起きたら聞きつけてくるからな。俺達が死体を作るのが好きなのがわかってるんだろう」
タイタンが笑いながら言う。
「しっかしあいつら、どこ行ったんでしょうね。これだけ捜しても見つからないなんて……」
「かなり奥まで潜っているのかもしれんな、久々に興奮してきたわ。クック、『魔金の竜の鉤爪』を持て余すことはなさそうだ」
「僕としては、それを聞いて安心しましたよ……」
 




