第二十話 闘技場④
ランベールはマゴットの部下に連れられて闘技場の回廊を抜け、他の闘士達と共に試合場の目前へと出た。
闘技場は円柱状の建造物となっており、中央の試合場を囲む様に円状に多重層の観客席が用意されていた。
柄がいいとはあまりいえない連中が観客席に並んでいる。
客も武器を持っている者が大半で、軽装の者も横に武装した男を連れて歩いていた。
問題ごとが発生した際に備えての護衛である。
金銭的に余裕がある者しか観客として入ることは出来ないということにはなっているが、この暗黒街では上層の民度もあまり高いとはいえない。
客席には、マゴットの部下の剣士達の姿もあった。
闘士として連れて来られた者は、ランベールを含めて十六人いた。
ランベールは集められた闘士の顔ぶれを見回し、シャルルがいないことを確認する。
シャルルが捕まっていればここに出て来る可能性が高いと考えていたのだが、この場で彼女と殺し合いを強要される心配はひとまずはないらしかった。
もっともそのときはそのときで、ランベールはシャルルを連れて警備と観衆の群れを押し退けてここを出るだけであったが。
「さあ、今日はこの私のショーに来ていただき、ありがとうございます! 今回の試合は、大人気トーナメント形式で行わせていただきます! ルールはいつも通り、どちらかが戦闘不能に陥るまで続行させていただきます! ……もっとも私の匙加減で、息の根を止めるまで続けていただくこともあるでしょうがねえ」
護衛の部下を連れたマゴットが、意味深に闘士達を振り返りながらそう口にした。
その言葉に、観客席から質の悪い笑い声が響く。
ランベールはその間、今回の闘技場における方針を考えていた。
恐らく、暗黒街の支配者『首無し魔女』は、この闘技場に来ているはずであった。
ランベールが舞台を抜け出して客席で暴れれば、何らかのリアクションを見せる可能性が高い。
しかし、計算違いやしくじりがあれば、ここで決着をつけることができなくなるばかりか、相手を警戒させてしまう。
特に『首無し魔女』は、あまり姿を晒すことを良しとしていないようであった。
だからこそ暗黒街に特定の頭がいない、という建前を保てているのだ。
表立って破壊工作を行っていた八賢者達と比べれば、かなり慎重な性分に思える。
あからさまな挑発行為は裏目に出る線が強かった。
それに、ランベールはマゴットの言葉が引っかかっていた。
彼は、ランベールがマゴットの思い通りに動いていれば、いずれシャルルと会う機会があるかもしれないと、そう口にしていた。
ブラフの類には、ランベールには思えなかった。
マゴットがブラフを張る程にランベールを警戒していれば、そもそも闘士としてここに置いているはずがないのだ。
(今回は、素直に従わせてもらうか……)
十六人で、トーナメント形式。
四回勝ち進めば優勝することができる。
優勝自体に拘りはないが、ルール上わざと敗北するということは難しいし、今はマゴットに従っておいた方がランベールの目的も果たせそうであった。
「では一戦目! 地獄より蘇った『叛逆の剣王』ランベールと、元『羅刹』のナンバーツーである『神速の槍』ディオネート!」
マゴットの口上を聞き、ランベールは前に出た。
『神速の槍』と称されたディオネートは、長身で紫髪の、細身の人物であった。
『羅刹』はランベールの壊滅させた『土蜘蛛』と並ぶ武装組織であり、ディオネートは組織の頭より反意を疑われ、闘技場へと身を落とすことになっていた。
ディオネートはランベールと向かい合い、槍を構えた。
「早く武器を取れ、デカブツ。その瞬間に仕掛けさせてもらう」
ディオネートがランベールへ声を掛ける。
だが、ランベールは反応を返さない。
「どうした? ここの狂気に呑まれ、足が竦んだか? 立派なのは、その鎧だけらしいな」
ランベールはなお、声を発さない。
観客席から罵声が飛ぶ。
闘技場では賭博が行われており、ランベールに賭けていた者が怒っているのだ。
「勝ち続ければ、俺はまた外に出られることになっている。悪いが、負けるわけにはいかないんだよ!」
ディオネートが動く。
『神速の槍』の呼び名に相応しい速さであった。
一直線に向かうと見せかけて、ランベールの目前に来てからステップを挟み、跳び上がる。
ランベールの首の関節部目掛けて突きを放った。
「決まったか! 『羅刹』の元幹部の実力は伊達では……」
直後、ランベールが大きくディオネートの方へと出た。
ディオネートの槍の狙いが逸れ、魔金鎧に弾かれる。
ディオネートは咄嗟ながらに放すまいと掴むが、その衝撃のせいで腕の骨が折れていた。
「うがっ……」
ランベールはそのまま、超重量の鎧を活かした体当たりでディオネートを突き飛ばした。
ディオネートの身体が軽々と打ち上げられ、観客席の手摺へと激突した。
「殺さぬよう、手加減はしてやった。これでいいな?」
ランベールに確認を取られたマゴットは、状況が理解できずにぼうっと吹き飛んでいったディオネートを眺めていた。
観客も何が起きたかわからず、静まり返っていた。
しかし、一瞬の沈黙が過ぎた後、一気に歓声が轟いた。
他の闘士達がランベールを見て呆然としている中、一人だけ静かに笑みを浮かべている男がいた。
肌は黒く、妙にごつごつとしていて、顔つきは鬼の面の様に不気味であった。
眼は、人間よりも獣のそれに近かった。
身長はニメートルを超えている。
巨大な黒い、武骨な剣を背負っていた。
「『黒鬼の剣豪』……バルトルト、か。呼び名そのままの姿だな」
ランベールは、マゴットの口にしていたことを思い出し、彼の名を口にした。
バルトルトはこの闘技場の闘士の王者である。
他の闘士とは、明らかに格が違った。




