第十五話 暗黒街ドレッダの探索④
暗黒街ドレッダを統べる勢力の一角、『土蜘蛛』。
彼らの本部である『蜘蛛の巣』と称される四階建ての建物へと、ランベールとエリクは辿り着いていた。
「誰か止めろ! あの鎧男を止めろ! これだけ人数がいるんだ! やれ! 誰か懐に入り込め!」
ランベールに向かい、『土蜘蛛』の幹部の男が叫ぶ。
ランベールは立ち向かってくる構成員の戦士達を、大剣の大振りで弾き飛ばしていく。
人数に紛れて辛うじて接近に成功した男を、ランベールの脚が派手に蹴飛ばした。
中に入るなり、案の定『土蜘蛛』との抗争が始まったのだ。
彼らが唐突に現れたランベールを信用する理由もなかった。
エリクはランベールの背後で小さくなって震えていた。
「どこの組織だ! こんな化け物を送り込んで来やがったのは!」
敵の一人が必死の形相で叫んだ。
「お、俺は関係ない、本当に俺は関係ないんで……!」
エリクは叫び声を聞いてびくりと肩を震わせ、声を張り上げて弁解していた。
ランベールは前方に立つ男の首を籠手で掴み、遠くへとぶん投げた。
投げる瞬間に男の持っていた剣を素早く奪い、奥に立って指揮をしている幹部の男へと投擲した。
剣の刃が綺麗に首を刎ね上げた。
「マブル様がやられたァ!」
「こんな戦いに付き合ってられるか! 俺は逃げるぞ!」
その場の指揮がいなくなると、一気に『土蜘蛛』の戦士達が我先にと逃げていく。
逃げる途中に一人の男が振り返り、ランベールの背後で震えているエリクへと目を向けた。
「エリク……お前の仕業か! スパイだったのか? とんでもない奴を引き連れて来やがったな! 舐めたことしやがって! お前はいつか、指先から刻んでバラバラにして殺してやる!」
「か、関係ないです! 俺っ、本当に……! なんで連れて来られたのか、不思議なくらいで……!」
エリクは顔を真っ青にして首を勢いよく振って否定したが、男はエリクの返答を聞くよりも先に逃げ出していた。
ランベールは大剣を軽く振るい、刃についた血を飛ばしてから鞘へと戻した。
「連中の言っていたことと符合するようだし、ここが本当に『土蜘蛛』の本部らしいな。エリクよ、好きな様に逃げていいぞ」
「今逃げたら、俺、マブル様の部下にぶっ殺されちまいますよう……!」
エリクは目に涙を浮かべ、先程逃げた部下達の背へと指を向けた。
「そうか? そう思うなら、ついてこい。お前が死なない様に配慮はしておいてやる。来てくれるならばそれも結構だ。どいつがアラクネとやらかわからぬからな」
ランベールは上の階を目指して歩いていく。
エリクは建物の外とランベールの背を見比べてしばし悩んだ後に、結局はランベールの後をそろりそろりとついていくことにした。
「ほ、本当に俺のこと、守ってくれるんですよね? 信じますよ、旦那ァ……」
続く二階層でも、ランベールの大剣に抗える者はいなかった。
悪漢の軍勢をものの数分で脱兎の群れへと変えた。
ある者は階段を転がり落ちながら、ある者は窓から飛んでランベールからの逃走を図る。
ランベールは彼らを振り返ることもせず、血に塗れた広間を真っ直ぐに通り、エリクを連れて次の階へと向かう。
それは三階層でも大きく変わりはしなかった。
最上階層へと続く階段を、ランベールとエリクは登っていた。
「気を付けてくださいね、旦那。アラクネ様は、本物の強者ですから。俺は戦っているところはおろか、直接会ったことさえありませんが……この街で一番強いと言われている御方です。ここまで来て旦那に負けられたら、俺まで一緒に生きたまま木乃伊にされちまいますから……」
エリクが身震いしながら言う。
「安心しろ、俺が約束を違えたのは生涯で一度だけだった。……必ず帰って来いと、主君より言われていたのだがな」
「何の話かはわかりやせんが、二度目にならないことを祈っていますよ」
四階層はこれまでの汚い乱雑な内装とは違い、豪華な一室であった。
部屋内には珍しい魔物の剥製がずらりと並んでいる。
中央には黒い石の綺麗な机があり、宝石の鏤められた派手な椅子が置かれていた。
「アラクネはどいつだと聞きたかったが……わかりやすくて何よりだ」
王座の様な椅子に、片目の女が座っていた。
片方の目玉はなく、ぽっかりと空洞が開いている。
彼女は皮膚の色の異なる、継ぎ接ぎ痕のある六つの腕を持っていた。
顔自体は整っているが、中央に継ぎ接ぎ痕が走っていた。
三十代程度の外見だが、しかし見た目ほど若いとも思えなかった。
「大分身体を弄っているな、錬金術師か」
彼女の前には、二人の剣士が立っていた。
ランベールに対して憤怒の顔を向けていた。
エリクはそっとランベールの巨体に姿を隠した。
「アラクネ、貴様に少しばかり話を聞きに来ただけなのだが……」
二人の剣士がランベールに対して剣を構える。
「やはり、そういうわけにはいかんようだな」
ランベールは大剣を抜き、素早く振り下ろした。
天井と床が爆ぜて木片が散った。
人間の一撃とは思えないその破壊力を前に、二人の剣士が表情を歪ませた。
「下がっていな、ドナートとファビオ。こいつは私がやる」
隻眼の六つ腕女……『土蜘蛛』の主アラクネが、二人の剣士へとそう声を掛けた。
「いえ、ここは私達が……!」
「無駄死にするだけだってわからないのかい? 格が違うんだよ、下がっておきな。アンタらがいないと『土蜘蛛』の建て直しに手間がかかるさね」
アラクネの言葉に、二人の剣士が息を呑みながら下がった。
「アラクネ様が直接戦われるとは……」
「……しかし、あの剣士がどれだけの力量を誇っていようと……アラクネ様が出られるのであれば、俺達に出る幕はない」
アラクネは席を立つと同時に跳び上がり、机の前に着地した。
軽く部下の二人を振り返った後、ランベールへと向き直った。
六本の腕が動いて構えを取る。
「待たせたね、それじゃあやろうかい。私らをこれだけ虚仮にして、お茶会だけで済むとは思っていないだろう? 私が確かに、『土蜘蛛』の頭、アラクネだよ。本名さね、他の名前はとうに捨てた。私に用があったんだろう?」
「名乗られたからには返しておこう。ランベール・ドラクロワだ」
「へえ、不吉な名だ」
ランベールと対峙したアラクネは、これまでの無表情を崩して苦し気に目を細め、口許に微かに笑みを浮かべた。
アラクネも今の地位に立つまでに多くの修羅場を潜り抜けて来た歴戦の戦士である。
ランベールの強さの片鱗を肌で感じ取っていた。
「たった一人で私の部下を退けてここまで来たのだからどんな化け物かと思ってたけど……アンタ、本物の化け物だね。地獄の鬼かと思ったよ。負けたこととかないだろう?」
「的外れだな。仮にそうであれば、ここにはいなかった」
「そうかい……」
アラクネは足を浮かせ、机を蹴ってランベールへと飛び掛かった。
「それは私にとって、不幸だったよ」




