第十四話 暗黒街ドレッダの探索③
――暗黒街ドレッダの中央付近には、犯罪組織『土蜘蛛』の本部である、四階建ての大きな建物がある。
この建物は『蜘蛛の巣』と恐れられており、この建物の周辺へと安易に近づく人間は『土蜘蛛』の関係者を除いてほとんどいなかった。
下手に近づけば、組織へ向けた刺客と誤解され、その場で殺されることもあり得るからだ。
この無法の街の暗黙の規則の一つである。
この暗黒街に法はないが、だからこそ知っておかねば生きていけないルールが幾つもあった。
まだ本部に到達はしていないものの、既にランベール達は『土蜘蛛』の巣の内側にいる状態であった。
「……というわけで! ですからっ! ここから先は本当にまずいんですよ! 鎧の旦那ァ!」
ランベールは喚くエリクの首根っこを掴んで引き摺り、『蜘蛛の巣』へと向かっていた。
がっしりと捕まえているのは、エリクが途中で一度ランベールから逃げ出そうとしたためである。
「わからない奴だな。俺は少し、お前達のボスから話を聞きたいだけだ。別に抗争をしたいわけじゃない」
「それが危険なんですよ! 『蜘蛛の巣』の位置はもう教えたじゃないですか! ほら、ここからでも視認できる、あの高い建物ですよ! 俺を解放してください!」
「駄目だ。お前は場所を教えるのも嫌がっていたからな、嘘の可能性がある」
「そんな……本当に勘弁してください。俺はまだ地獄に行きたくないんですよ、鎧の旦那ァ……」
ランベールがエリクと言い合いをしながら『蜘蛛の巣』へと向かっていると、前に一人の人間が立ち憚った。
ランベールに並ぶ巨漢であり、大きな棍棒を手に抱えていた。
「ボ、ボイド様……へ、へへ……どうも……」
エリクが巨漢へと諂う様に笑う。
どうやら男の名はボイドというらしい。
「おい下っ端、その男はなんだ?」
ボイドはランベールを一瞥した後、エリクへと言った。
「お、俺が知りたいくらいです……」
ランベールはエリクから手を放し、一歩前に出た。
「『土蜘蛛』の人間でいいのだな? 俺は、お前らのボスに話があってきた。交戦の意思はない」
「カスみたいな下っ端とはいえ、組織の人間を嬲って連れ回し、お前達の頭を出せ、交戦の意思はない、か。俺達を随分と舐めてくれているようだな!」
ボイドが棍棒を握りしめてランベールへと怒鳴る。
「ふむ……」
ランベールはエリクの顔をちらりと窺う。
エリクの顔面は赤紫に腫れていた。
ランベールがエリクと出会ったとき、彼は麻薬の横流しが露呈し、仲間から袋叩きにされて怪我を負っていたところであった。
ボイドから見た今の状況は、確かにエリクがランベールに叩きのめされてから連れ回されているのだと判断されても仕方のない状況であった。
「よ、鎧の旦那、逃げましょう。こんなところで交戦してたら、他の幹部勢も出てくるかもしれませんし……」
エリクは小声でランベールを説得する。
どの道エリクは、ランベールがボイドに敗れて『土蜘蛛』に保護されたとしても、その後で横流しの件が露呈して処分されることになる。
とにかくエリクは『土蜘蛛』の本部から離れたかった。
「それに……ボイド様は、相性がよくありませんよ。あの人……『土蜘蛛』の武闘派のトップの一人で、あのガタイと武器で恐ろしく俊敏なんです」
エリクはランベールへとそう伝えた。
通常、全身を覆う型の鎧であるフルプレートアーマーは打撃に弱いものなのだ。
おまけに作り込めば重量が増すため、見かけほど頑丈というわけでもないものが大半である。
加えて守りのために機動性を捨てているため、俊敏なボイドを捉えきれるとも思えなかった。
エリクはランベールの実力は既に垣間見ていたが、この圧倒的に不利な戦いを切り抜けられるとは思えなかった。
並の相手ならまだしも、ボイドはこの暗黒街の中で勝ち残って来た『土蜘蛛』を支え続けてきた戦士の一人なのだ。
「俺は生かして捕らえるのは苦手だし、性に合わないんだが……どこからの差し金なのか吐いてもらう必要があるからな……面倒なことだ」
ボイドが地面を蹴り、ランベール達の背後へと大きく回り込む。
単純な動作ではあったが、恐ろしく速い。
ボイドの俊敏さを前以て知っていたエリクでさえ、彼の巨体を一瞬にして見失っていた。
「え、どこへ……!」
エリクが動揺しながらボイドの姿を捜す。
「くたばんな、鎧男」
ボイドが声を上げる。
ランベールは素早く大剣を抜き、背後のボイドへと片手で振るった。
大剣の腹が、跳び上がって棍棒を振り上げていたボイドの胴体を打ちのめしていた。
「え、あっ……! ば、馬鹿な……!」
ボイドの巨体が軽々と吹っ飛び、廃屋の壁を貫いて建物の内部へと突撃していった。
大きな衝突音が響く。
ランベールは悠々と大剣を鞘に戻した。
「生かして捕らえるのが苦手、か。俺と同じだな」
ランベールは何事もなかったふうにそう言った。
エリクは呆然とした顔で、ランベールと、壁に空いた大穴を交互に見ていた。
相性の不利を物ともしないどころか、そもそもランベールはボイドをまともな敵とさえ見てはいなかった。
ここでようやくエリクは、どうやら自分がとんでもない人間に掴まっているらしいということに遅れて気が付いた。
ここまで来ると、腕が立つ人物らしい、どころの話ではない。
「血の気が多い奴だったな。アラクネとやらは、もう少し落ち着いた女であればありがたいのだが」
「お願いします! 見逃してください! 俺は見逃してください!」
エリクは地を這って懸命に逃げようとした。
ランベールが彼の衣服を背中側から掴み、引き摺って進む。
目指す先は勿論、『土蜘蛛』の本部である建物、『蜘蛛の巣』である。
「だからアラクネと会えれば解放してやると言っているであろうが」
「ボイド様を殴り飛ばした時点で、『土蜘蛛』はじきに警戒態勢になりますよ! 一度引きましょう!」
「それは困るな。警戒態勢が整う前に向かう必要がある」
「嫌だぁっ! これ以上、俺を巻き込まないでください!」




