第十三話 暗黒街ドレッダの探索③
「いやぁ、とてもお強いっすね、鎧の旦那……。まさか、『毒剣のデュドネ』と恐れられていた兄貴を、ああもガキ同然にあっさりと……」
エリクはへらへらとランベールを諂う様に笑う。
「で……旦那、俺に何か頼みがあるんっすよね? 俺なんかにできることなら、なんでも聞きますよう?」
エリクは恐ろしく合理主義者であった。
ランベールが自身を善意で助けたとは全く考えていないようであった。
「……俺が単に正義感から助けたとは思わないのか?」
「へへへ……旦那、何を言っているんですかい? よくわかりませんけど、何処かで流行りのジョークだったりするんですか? 何かあるんでしょ、俺にやって欲しいことが?」
事実そうであるし話が早くて助かるのだが、ランベールとしてはやや複雑な心境であった。
しかし、この街ではそれが当たり前なのだろう。
「……お前らの所属している『土蜘蛛』とやらは、『笛吹き悪魔』と繋がっているのか?」
「ふ、『笛吹き悪魔』っすか? それって、あのヤバイ魔術組織の? いやぁ……そんな話は……」
エリクは『笛吹き悪魔』の名前を聞いた途端、顔を真っ青にして首を振った。
表情に『あんな連中なんかととても関わりたくない』とはっきり書いてあった。
エリクが嘘を吐いているようには見えなかった。
そんな腹芸に長けた人物であるとも思えない。
エリクはこの街ではありふれた、ただの三流の小悪党だ。
エリクは見るからに下っ端である。
仮に『土蜘蛛』が『笛吹き悪魔』の傘下の組織であったとしても、彼が知っているとは元々考え難かった。
「『土蜘蛛』がこの街を牛耳っていると言っていたが、あれは本当か?」
「んん……質問の意図がよくわからないんっすけど……貴方様は、外から来たんっすか? てっきり、揉め事を作りたくてデュドネさんを挑発してるのかと……」
「どういうことだ?」
「あ、いや、ここに明確な支配者とか、そういうのはないんっすよ。こんなの、ぶっちゃけ外の奴でも知ってることかと思いますけど……。まぁ、主要派閥の一つといえばそうなりますし、幹部の方はどいつも自分が一番上だみたいな顔をしてみますが、俺から客観的に見れば三竦みってとこっすかね。こんなの聞かれたらぶっ殺されますけど」
エリクの言っていることは確かにランベールも既に聞いた通りの話であった。
だが、それを分かった上で、陰の支配者として『笛吹き悪魔』の関係者がいるのではないかとランベールは考えているのだ。
それが『土蜘蛛』であれば話は早かったのだが、エリクがそれを知っている、というのは薄い期待であった。
(……だが、それは上に確認すれば済むことか。大規模組織の頭なら、何かしらは知っているであろう)
ランベールは少し思案していたが、すぐにエリクへと新たな質問をぶつけた。
「人探しをしている。銀髪の、この街には場違いな格好をした娘を知っているか? 剣を腰に差しているはずだ」
「え……? いえ、心当たりがないっすね。申し訳ないですが……。そんな目立つ女がいれば忘れることはないと思いますが……」
「そうか、ならお前から聞けそうな話はなくなってしまったか」
ランベールが言うと、エリクがびくりと肩を震わせる。
「あ、ひ、ひょっとして、俺、用済みっすかね? 殺していくとか、そういうこと言いませんよね? 鎧の旦那ぁ……?」
「そんなことはせんが……この街ではそれが普通なのか?」
「いや、旦那の圧が凄いもんで、へへへ……」
エリクが苦笑いしながら頭を掻く。
「少し案内してもらいたい場所があるが、いいか?」
「どこっすか? 鎧の旦那の頼みとあれば、なんでも聞きますよ! ……もっとも、俺が知ってる範囲のことになりやすが……」
「『土蜘蛛』の、頭がいるのはどこだ? そいつに話を聞きに行きたいのだが」
ランベールの問いを聞き、エリクが顔を真っ青にして震えあがった。
「止めておいた方がいいですよ、旦那ァ……。『土蜘蛛』のボスは、会いたいからって会えるようなお人じゃないんですよ。アラクネ様っていう女の方なんですが……それはそれは恐ろしくて、残酷なお方でして……」
「ほう」
「俺みたいな下っ端の仕事には興味はないでしょうが……万が一目をつけられたら、死ぬことさえできなくなります。呪術の繭に閉じ込められて、木乃伊になったまま、十数年も苦しんで生き続けることになるんです。そうされている奴が、五人はいるって話ですよ」
「十数年か……」
「ね、恐ろしいでしょう? 何を訊きたいのか知りませんけど、やめておきましょう?」
八国統一戦争中には、その手の拷問の魔術は研究され尽していた。
木乃伊にして十数年など、ランベールの生前に比べれば随分と生温い拷問だった。
「ああ、そうだな、恐ろしいな。では、案内してくれエリク」
ランベールがあっさりと返すと、エリクの顔から表情が失せた。
「無茶ですよ旦那! アラクネ様のいる『土蜘蛛』の本部の建物は、凶悪な魔術師や剣士が何人もいるんです! 王国兵団の連中だって殺したことのある、本当にヤバイ人ばっかりなんです! この街には、ここにしか居場所がない俺みたいな奴と、無法地帯のこの街を好んでいる本物がいるんです。本部にいる幹部の連中は、間違いなく後者の人間です!」
「ほう」
「アラクネ様に会いたいなんて言ったって、あの人達が素直に通してくれるわけがない! 確かに旦那は腕が立つようですが、多勢に無勢なんてものじゃありませんよ!」
エリクは必死に身振り手振りで、ランベールへとアラクネに会いに行くことの無謀さを伝えようとする。
ランベールは納得した様に頷いた。
「わかった、お前の言葉を信じて気を引き締めて向かわせてもらう。それでは、早く案内してもらっていいか? 知人の捜索もせねばならんため、俺は急いでいるのだ」
エリクは力なく地面の上へと座り込んだ。
「だ、駄目です! そんな案内させられるくらいなら、デュドネさんに殺されてた方がいくらかマシですよ! 万が一アラクネ様に目をつけられたら、どんな目に遭わされるか……!」
ランベールは背負っていた大剣を片手で掲げ、勢いをつけて振り下ろした。
それだけで辺りに衝撃が走り、地面が大きく抉れていた。
エリクは呆然とした顔で、大剣の残した跡を見つめていた。
「案内よりも……今死ぬ方が、マシだというんだな?」
「そ、そそ、そんなぁ……」
エリクはがっくりと項垂れた。
「悪いが、俺も手段を選んでいる猶予はあまりないのでな。とっとと案内しろ、後悔はさせん」




