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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第五章 暗黒街ドレッダの魔女
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第十二話 暗黒街ドレッダの探索②

 ランベールはパーシリス伯爵領の立ち入り禁止の山岳地帯を大きく横切り、目的地であった暗黒街ドレッダへと到達し、愛馬ナイトメアと別れていた。

 目的はパーシリス伯爵領内で大量に買い集められているミスリルの調査……そして、その背景に隠れているであろう『笛吹き悪魔』の影を暴くことである。

 そしてそこに加えて、なるべく早急にパーシリス伯爵の娘であるシャルルを確保する、という目的もある。


 ……もっとも、シャルルが暗黒街ドレッダに乗り込んだのは自己責任という他ない。

 周囲の制止を振り切って暗黒街に向かった様はどう考えてもただの自殺行為である。


 しかし、ランベールにとってシャルルは既に知らない相手ではない。

 このまま見捨てる気にはなれなかった。

 彼女は我儘で短慮であることには違いないが、決して悪い人間ではないと考えていた。


 それに、パーシリス伯爵家について、ランベールは少し調べたいことがあった。

 老私兵トロイニアの懐柔は難しいと考えていたが、パーシリス伯爵の愛娘の命を助けたとなれば、さすがに立ち場上無下にはできないはずである。


 もう一ついえば、ランベールはシャルル自体にも引っ掛かりを覚えていた。

 シャルルは幼馴染のカルメラを暗黒街ドレッダから助けたいと口にしていたが、それがランベールには理解できなかった。


 カルメラとは文通の仲ではあったが直接は長らく会っていないという。

 行方不明になってから長い時間が経っており、無事である可能性は低い。

 いくらシャルルが友人想いであったとしても、命を無謀に捨てて身体を張るだけの理由になるとは考えにくいのだ。


 それにシャルルには、パーシリス伯爵と、その私兵がついていた。

 彼らに頭を下げて力を借りればいいのだ。断られたとしても、頼み続ければいい。

 いくらシャルルが剣術を身に着けて思い上がっていたとして、無謀に単身で向かうだけの動機が、とてもではないがあるとは思えなかった。


「……しかし、スラムだとは聞いていたが、これほどだとはな」


 ランベールは街並みを眺めてそう零した。


 街は廃屋が並び立っている。

 ところどころ、派手な塗料で雑に塗装された建物があった。

 あれは街内での派閥分けの目印のようだが、あまり詳しいところは明らかになっていない、という話をランベールは聞いていた。


 通路に当たり前のように子供の屍が転がっていた。

 恐ろしいのは、両目が抉られており、腹部を開いて臓器を持ち出された痕があることだ。

 質の悪い魔術師の仕業なのかもしれない。


 また、壁に立て掛けられている木の板を見れば、そこに男が縛り付けられており、身体を何か所も刃物で切られていた。

 既に命を落としているようだ。

 ここでは、人の死は事件にならないらしい。


 暗黒街ドレッダ――レギオス王国最大の無法地帯であり、国内に出回る麻薬の半分がこの街から出たものだとさえいわれている。

 殺人と誘拐が日常であり、禁魔術組織の抗争で百人単位の人間が消えることもあるという。

 間違いなく最悪の都市だ。


(胸糞悪い地だ。とにかく……シャルルを捜さねばならんな。並行して魔銀(ミスリル)を買い集めている人物の捜索に当たらねばならんが、第一に優先するべきはあいつだ)


 優先順位を自分に言い聞かせ、街の中へと入っていった。

 暗黒街ドレッダは悪党の街である。

 ランベールにとって許しがたい連中もいることだろう。


 だが、今は穏便に情報収集を行い、シャルルを保護することが先であった。

 その後の目的も『笛吹き悪魔』であり、小悪党共に躍起になっている場合ではない。

 ランベールは愚直な正義漢であると同時に、万の兵を率いる四魔将の一角であった。

 時に悪人に対してでも頭を下げねばならない場面があることを知っている。


「伺いたいことがあるのだが……」


 ランベールが最初に声を掛けたのは痩せ型の男だった。

 男はランベールの方を睨んだが、足を早めて去っていった。


「…………ふむ」


 その後も続けて数人に声を掛けたが、誰にも相手をしてもらえることはなかった。


 暗黒街ドレッダでは他人に無関心な者が多い。

 これは、自己防衛のようなものだった。

 悪人であっても、他の悪人は怖い。

 この街の住人は無用な交流を恐れているのだ。


 何か店のようなところがわかればしつこく尋ねることもできるのだが、似た外見のあばら家が続いており、どこか何の場所なのかわからなかった。

 露店のようなところを見つけたのだが、近づいてみると店主らしき男は壁に凭れ掛かって動かなくなっていた。

 頭からは血が流れている。強盗にあったのだろう。


(あまり目立つような真似をするわけにはいかん。脅して聞いて回る様なことはできれば避けたいのだが……)


 下手に騒ぎを起こせば、妙な男が『笛吹き悪魔』を探っていると相手に勘付かれかねない。

 慎重になられては困るのだ。


 ランベールがしばらく探索を続けていると、別の通りから悲鳴が聞こえて来た。

 恩を着せれば繋がりを作ることもできる。

 ランベールはすぐに悲鳴の許へと移動した。


 狭い通りに三人の男がいた。

 二人掛かりで一人の男を地面に押さえ付けているところであった。


「とんでもないことしやがったな! エリクよお!」


「お前の作った損失はどう埋めてくれるんだ? なあ?」


 二人の男は、エリクと呼ばれているひ弱な青年の顔へと何度も殴打を繰り返していた。

 顔の右半分が赤紫色に腫れ上がっていた。


「ち、違うんです! 俺じゃないんっす! きっと、向こうが嘘を吐いていて……!」


「じゃあそれを証明できるんだな? ほら、やってみろよ。今すぐだ」


「そ、そんなことできるわけがないじゃないっすか!」


 どうやらエリクという青年が仕事で失敗し、仲間から責められているようであった。

 見ている限り、このまま撲殺されてしまいそうな勢いであった。


 仲裁して助けてやれば、彼から暗黒街ドレッダについて色々と聞き出すことができそうであった。

 ランベールは彼らへと近付いていく。


「何があったかは知らないが、その辺りにしてやったらどうだ?」


 ランベールが近づくと、二人の男が警戒気味に立ち上がって身構えた。


「関係のない奴は引っ込んでいやがれデカブツが!」


 片方の男が殺気立った様に叫び、ランベールへと近付く。

 歩きながら鞘から剣を抜いた。


「何が狙いでちょっかいを掛けようとしているのかは知らんが……俺達が誰だかわかって言ってるんだろうな? 俺らはこの街を牛耳る『土蜘蛛』の構成員だと。とっとと消えねえなら殺してやるよ」


「よくは知らんが、お前達の頭はこの街の支配者なのか?」


 男の額に青筋が浮かんだ。


「ああ? 馬鹿にしてるのか、お前が馬鹿なのかどっちだ?」


 本当に『土蜘蛛』がこの街の支配者なのであれば、『笛吹き悪魔』と繋がっている可能性も高い。

 いきなり大当たりを引いたことになる。


「……あそこで転がっている、エリクという男も『土蜘蛛』の一員か?」


 ランベールはエリクへと籠手の指を向ける。


「だとしたらなんだ? 意味わからねぇこと聞いてるんじゃねえよ!」


 男は踏み込みながら、ランベールの兜の目元を目掛けて剣の刺突を放った。

 

「なに、俺が丁度いいというだけだ」


 ランベールは刃を易々と籠手で握って防いだ。

 そのまま引き抜いて後方へとぶん投げる。


 ランベールに脅威を感じた男は、彼に背を向けて逃走しようとした。

 ランベールは彼を持ち上げ、もう一人の男へと放り投げた。

 二人は絡み合いながら壁に激突し、地面を転がった。

 死んではいないが、気を失っていることは間違いなかった。


「結局こうなってしまったか……大丈夫だったか、エリクとやら」


 エリクはぽかんとしていたが、照れ臭そうに顔を赤らめてランベールへと揉み手しながら擦り寄って来た。


「いやあ本当に、危ないところを助けられたっすよ。実は、別の組織に渡すように言われてた麻薬を粗悪品とすり替えて横流ししようとしたら、きっちりバレちまいまして。本当、殺されるかと……」


「……そうか」


 ランベールは最初から情報収集が目的ではあったが……それでも少し、エリクを助けたことを後悔していた。

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