第十九話 地下迷宮の主⑤
「輝石よ、辺りを照らせ!」
リリーが唱えると、暗闇だった通路が照らし出される。
「……こっちは、前の冒険者が通らなかった道みたい」
アインザス地下迷宮の壁には光を放つ石(輝石)が埋め込まれており、多少なりとも魔術に心得のある者ならば、魔力を流して辺り一帯を照らすことができる仕組みになっている。
まだ光を放っていない輝石があるということは、他の冒険者がしばらく通らなかった通路……つまりは、厄介ごとが起きにくい道ということである。
そういった道を優先して選んで通ることが冒険者のセオリーであった。
「ランベールさんは、こういった地下迷宮に潜った経験はあるんですか?」
「昔はよく潜ったものだ。だから輝石などの簡単な魔術ならば、俺にも心得がある。もっとも素材収集というよりは、中に隠れている犯罪者を連れ出すのが主な目的ではあったがな。懐かしい……昔はよく、グリフとどちらが多くオーガを狩れるのかを競争したものだ」
「は、ははは……。確かに英雄グリフ様でしたら、それくらいはしていたのかもしれませんね」
フィオネはランベールの発言が、自分でランベールと名乗ったことに合わせた冗談だと考え、笑って返した。
(そうぽんぽん狩れるもんじゃないだろ……)
ロイドは内心でランベールに突っ込みを入れつつ、呆れていた。
オーガは一流冒険者が四人がかりでようやく相手になるレベルの相手である。
ロイド、フィオナ、リリーが三人がかりで挑んでも、ほとんどロクに手傷も追わせられずに全滅することは目に見えている
アインザス地下迷宮に入ったランベールは魔物達を薙ぎ倒しながら突き進み、なんと目標であった地下二階層を越えて、あっという間に地下三階層にまで降りていた。
「はぁぁぁっ!」
振るった大剣が、次々に魔物達を捌いていく。
近くにはホブゴブリンの死体の山ができていた。
「ラ、ランベールさん、私達の目的は地下二階層グリム・ケットで……」
「な、なぁランベールのおっさん! これ以上は危険だ! 主に、俺達の身が……!」
ランベールは剣を担ぎ、フィオナ達を振り返る。
「俺は、この迷宮の最奥部まで潜らねばならなくなった。三人で地上に戻れ」
「さ、最奥部!? 地下四階層は、とんでもない化け物がいて誰も降りたことがねぇんだぞ! 本気で潜るんなら、もっと大手ギルドに入って勝手にやってくれよ! 四人ぽっちで行くようなところじゃねぇんだよ元より!」
「俺一人で充分だ」
「んなわけねぇだろうがああああっ! フィオナ、おっさんをどうにか説得してやってくれ!」
「いつもお前はそうやって俺を呼ぶが、まだ俺は三十にもなっていない……む? 火の灯りが向こうにあるようだな。またホブゴブリンか?」
「ちょ、ちょっと先々……」
ランベールが一人で先行したところで、T字路になっているところで左右から、ランベールを挟み撃ちにするように二体のオーガが飛び出してきた。
「ランベールさん!」「あ……」
「だから言ったじゃねぇかおっさぁあああんっ! 地下三階層奥にはオーガが出るんだよ! 出ちまうんだよおおおおっ!」
三人が慌ててランベールを追いかけた。
さすがのランベールとはいえ、オーガ二体相手にどうにかなるわけがないと、三人ともそう思ったのである。
「む……狭いところで、面倒な」
言うなりランベールは横持ちに大剣を構え、姿勢を低くした。
二体のオーガが、同時に地面を蹴ってランベールへと飛び掛かる。
その瞬間にランベールは地面を足で蹴り、その場で駒のように回転した。
「はぁああああああっ!!」
オーガの飛び掛かってきた力を利用し、腹を深々と大剣で斬り裂く。
剣の触れた迷宮の壁が、火花を上げながら砕け散る。
「グオオオオオオッ!」「ウォオオオオオオッ!」
怯んだところを、片方のオーガの首を大剣で飛ばし、逆側のオーガの頭を大剣の腹で叩き潰し、鎧の重さを込めた回し蹴りで身体を吹き飛ばす。
「……え?」
フィオナ達は目前の光景が信じられず、目を点にしていた。
「む? ロイド、伏せろ」
ランベールはフィオナ達を振り返り、ロイドと目を合わせてから大剣を振り上げた。
「は? ……うぉぉおっ!」
突如、ランベールが大剣をぶん投げる。
寸前のところでしゃがんで避けたロイドの真上を綺麗に地面と平行に投げられた剣が飛んでいき、背後から忍び寄ってきたホブゴブリンの頭をすっ飛ばした。
頭を失くしたホブゴブリンの身体はよたよたと千鳥足で三歩前後し、棍棒を手から零れ落とすとばたりと地面に伏した。
「お、おっさんに気を取られてて気づかなかった……」
ぺたり、ロイドがその場にへたり込んだ。
ちなみに剣は、曲がり角のところまでまっすぐ飛んでいき、壁に先端を埋めていた。
ロイドはそれを見て改めて次元の違いを感じていた。
「……なぁ、俺達だけで二階層まで戻った方がよくないか?」
「私も、そー思う」
「でも私、ここまで来たのは初めてなので、少し興奮が……。三階層って、こういう造りになっていたのですね」
身の危険を心配するロイドとリリーに反し、フィオナは今までに足を踏み入れたことのなかったアインザス地下迷宮地下三階層に興奮していた。
元々、冒険がしたくて冒険者になったのだ。
こんな機会は滅多にあるものではなかった。
「フィオナ、たまにとんでもなくズレたこと言いだすよね……」
「あのおっさんは別格だ。付き合ってたら命マジで何十個あっても足りねーよ。いいな? さすがにもう帰るぞ」
フィオナはランベールをこのまま残すことには反対だったが、そのランベール本人の意志は覆りそうには思えない。
おまけにランベールがあっさりとオーガを叩き伏せてしまったため、説得の言葉も思いつかなかった。
付いて行っても足手纏いにしかならないことも明らかである。
安全に地下二階層へと引き返せるのは今のウチである。
フィオナはしばらくランベールの方を見てあれこれと思案していたが、ふーと諦めたように深く息を吐いた。
「ランベールさん! 地下三階層に降りる階段のある近くで待っていますから、無茶はしないでくださいね!」
「わかった」
ランベールは短く答えた後、オーガの死体を踏みつけて曲がり角の先へと消えて行った。
ロイドはオーガの死体にくっきりと残った足型を遠目に見て、目を細めた。
「……あの鎧、どんだけ重いんだよ。オーガと合流したら全滅しちまうし、とっとと二階層へ戻ろうぜ」
ロイドの提案で、三人はランベールの荒らした魔物の死骸の並ぶ道を駆け足で引き返した。
「改めて見ると、ほんと凄まじいな。あのおっさん、本当に人間かよ」
ロイドが呟くのを、フィオナは苦笑しながら聞いていた。
と、そのとき、不意にリリーの足音が途切れた。
「……あれ、どうしました、リリー?」
フィオナとロイドが振り返れば、リリーは顔を顰めて壁へと耳を当てていた。
「おかしい。誰か、来る。人数は……四、以上。この辺りは輝石もそうだし、分岐路も多いから、普通道なんて被りっこないのに……」
「は、はぁ!? だいたいランベールのおっさんがホブゴブリンの死体その辺に放置してんだから、すぐに冒険者が荒らした直後だってわかんだろ。合流したら余計な揉め事になるかもしんねーってんのに……」
「……そういう揉め事を起こしたい人なのかも。三階層をうろついてる冒険者を狙った強盗だったら、かなりの腕利きとしか」
「う、嘘だろ!?」
こうなってしまうと、怖いのは魔物ではなく人間である。
悪意を持って、何者かが後を追ってきている。
下手すれば、オーガ二体と鉢合わせするかもしれないようなこの地下三階層で、である。
かなりの実力者であることは間違いない。
「ど、どうするよ? なぁ!」
「……このままじゃ、かなり、まずいかも」
ロイドは顔を赤くし、リリーは顔を真っ青にしていた。
フィオナは目を瞑ってしばし考えた後、振り返ってランベールのいる道へと指をさした。
「ランベールさんを追いましょう! 彼が通った後ならば、魔物は少ないはずです。魔物との戦いになれば、時間もいくらかは遅れるはず……。恐らく強盗は、私達の手に負える相手ではありません!」




