第十一話 暗黒街ドレッダの探索①
ランベールは愛馬ナイトメアに跨り、暗黒街ドレッダを目指して疾走していた。
パーシリス伯爵領は危険な魔獣の溢れる山岳を中心にした都市であり、本来都市の移動は山岳を避けるために大回りする必要があった。
危険地帯であるため、パーシリス伯爵からも中心の山岳へは冒険者の立ち入りさえ禁止されているという。
無論、ランベールはそれを無視し、真っ直ぐに山を突っ切って暗黒街ドレッダを目指していた。
足場は悪く、不規則に並んだ木々が道を妨げる。
通常の馬ならば大回りした方がむしろ速く到達するだろうが、ナイトメアはそれらに足を止めたりはしない。
馬蹄で大地を踏み鳴らして豪快に突き進み、木々を華麗に避けていく。
それでも邪魔になる木はランベールが大剣を振るって一閃して強引に道を切り開いた。
パーシリス伯爵の義理の娘シャルルは、馬を持ち出して館を脱走したという話であった。
以前の言動からして、暗黒街ドレッダに向かったことは間違いなかった。
シャルルは多少剣の腕に自信があるようであったが、暗黒街ドレッダには『笛吹き悪魔』が絡んでいる。
深入りすれば、貴族の少女が一人で太刀打ちできる相手ではまず済まない。
そもそもパーシリス伯爵の兄や前当主の殺害にも『笛吹き悪魔』が関与していることは想像に難くない。
『笛吹き悪魔』にとって、貴族としては無能なパーシリス伯爵はむしろ都合がいいはずであるし、跡継ぎになれない義理の娘であるシャルルにわざわざ目をつけるような真似はしないだろう。
しかし、それでも余計な真似をしない方がいいことには間違いない。
(近道をした分、昨晩出たシャルルに追いつける距離ではあるが……問題は、合流できるかどうかだな)
ランベールがそう考えていたとき、「シャグ、シャグ、シャグ」という奇怪な鳴き声が頭上から聞こえて来た。
ランベールが頭を向ければ、枝の上に黒い毛に覆われた人型の魔獣が立っていた。
大きな口には牙が並び、無機質な目が残忍な光を宿していた。
ホラーコングという魔獣であり、大鬼級上位の魔獣である。
ホラーコングは木々を蹴ってランベールの後を追い掛けて来る。
不安定な地を駆けるナイトメアより、木々の合間を抜ける身軽なホラーコングの方が分があった。
ホラーコング自体脅威の高い魔獣であるのだが、木々が並び、不安定な地形の続くこの山岳はホラーコングによって最も強みの出せる場であった。
ホラーコングが出没することが中央の山岳地帯への立ち入りを禁止されている一番の理由なのだ。
仮に現代の最上位級の冒険者が手を組んだとしても、狡猾さと俊敏性を併せ持つホラーコングとこの地形でまともに戦うことはできない。
ホラーコングは敢えて追いつかない速度で、執拗にランベールの後をつけて来る。
獲物が精神的に疲弊したところを確実に突くつもりなのだ。
通常の冒険者ならば、よほど胆の据わっている者でない限りは背を突け狙われる恐怖から馬を急がせ、制御できずに落馬してしまうだろう。
だが、ランベールは一切動じない。
ナイトメアもランベールを信用しているためペースを崩すようなことはしなかった。
後をつけているホラーコングの方が焦れつつあった。
少しばかりホラーコングと縦に並んで進んでいたが、途中でナイトメアが歪な地形に脚を取られ、大きく姿勢を崩した。
それで止まることはなかったが、ホラーコングはその隙を突いて動いた。
枝を蹴って身軽に跳び、ランベールの死角から襲い掛かった。
ホラーコングの胴体に一閃が走る。
悲鳴さえも上がらない一瞬であった。
ホラーコングは上下に分割され、飛来した際の倍以上の速度で背後へと飛んでいく。
「少々面倒だな」
ランベールは特に感慨もなくそう呟き、先への道を急ぐ。
ホラーコングは山の奥地に進むごとに数を増しており、ランベールの斬った数は既に十を超えていた。
「シャグ、シャグ……」
「シャグ……」
また鳴き声と共に、木を蹴る音が聞こえてくる。
「次は二体か……」
ランベールが目を向ければ、その先には、二つの頭部と三本の腕を持つホラーコングの姿があった。
通常の個体より一回り大きい。
木を蹴ってランベールに並んで追い掛けて来るが、蹴られた木は足の爪のためか、大きく抉られている。
「……なるほど、たかだかホラーコング程度で立ち入り全面禁止はやり過ぎだと考えていたが、納得がいった」
ホラーコング一体で一流の冒険者複数名が全滅させられることは珍しくないため、現代においては別段過分な対応だというわけではないのだが、ランベールはホラーコングの異形種を見て大きく頷いた。
ホラーコングがランベールへと飛来する。
ランベールは大剣の腹を盾に用いてホラーコングの体当たりを防ぎ、そのまま上へと打ち上げた。
ホラーコングは枝を掴んで回転し、素早く態勢を取り戻す。
「シャグ…………シャグ?」
ホラーコングは前を駆けるナイトメアを見て、四つの目を瞬かせる。
ナイトメアの上にランベールが跨っていなかった。
「どうした? 俺はこっちだ」
ランベールは真上に大きく跳び上がり、打ち上げたホラーコングの後を追っていた。
ホラーコングの無機質な顔に恐怖の表情が宿っていた。
慌てて木を蹴って逃げようとするが、間に合うはずもない。
縦と横へ続けて振られたランベールの大剣が、ホラーコングの身体を両断し、その奥の木さえも断っていた。
四つに斬られたホラーコングの身体の一部が、ぴくぴくと痙攣する様に震えていた。
恐ろしい生命力であったが、それも今となっては意味がない。
轟音と共にランベールが落下し、その内の一つを踏み潰した。
軽く剣を振るい、大剣についた獣の血を飛ばす。
「確かに面倒な道だ。随分と、極端な魔力場になっているようだ。二百年前のこの付近は、ここまでではなかったはずなのだがな」
ランベールは大剣を仕舞いながら、戻ってくるナイトメアへと歩いていく。
既に暗黒街ドレッダまでの道のりは半分を超えていた。
山岳の詳しい地図は存在しないが、ほとんど真っ直ぐ向かえば暗黒街ドレッダの近辺まで出るはずであった。
今日の夜には到達できる。




