第八話 パーシリス伯爵領への来訪⑦
「……情報、感謝する」
これ以上魔銀の件で有益な話が出そうにないと判断したランベールは、一旦礼を述べて話を区切ることにした。
トロイニアはランベールを露骨に警戒しており、やや殺気の漏れ出ている目を彼へと向けていた。
あまり話が長引けば、トロイニアから横槍が入り、重要なことが聞けず仕舞いになる可能性が高い。
「いえいえ、お役に立てたのならば幸いですよ。もっとも……私の不手際と、家の恥をただ話しただけになってしまいましたがね」
「……そう思っているのならば、もう少し対策に力を入れて欲しいものだがな」
「は、ははは……」
パーシリス伯爵が気まずげに笑う。
「なぜ魔銀の流れなど気にしている? それが、伯爵様と直接会ってまでお前が確認したかったことか?」
トロイニアが敵意を隠さずにランベールへと尋ねる。
「隠す必要はないな。俺は個人で、『笛吹き悪魔』の動向を追っている。魔銀を買い集めている犯人が奴らなのではないかと、そう睨んでいるだけだ」
ランベールは淡々とそう答え、すぐにパーシリス伯爵へと向き直った。
「暗黒街ドレッダについても尋ねたい。噂では『首無し魔女』なる、暗黒街の首魁がいると聞いたが……」
「はは、まさか。私も耳にしたことはありますが、とても有り得ませんよ。噂話に尾ひれがついただけでしょう。暗黒街は、そういうものではないのです。中にいくつもの派閥があって纏めきれるものではないと、とうの昔に調べがついております。纏まりのない、悪意の掃きだめなのですよ」
「……本当に、そう思っているのか? 先程……伯爵の親と二人の兄は暗殺されたと聞いたが、それは暗黒街の刺客によるものではないのか? そこだけ聞くに、暗黒街はただのゴロツキの集まりではなく明確な指導者がおり、暗黒街を維持するために効果的に謀略を巡らせているように思えてならないが」
「ど、どうですかね。暗黒街の住人であれば、誰もがあの街を潰そうとする動きには反発するでしょうから……中で纏まっていることの根拠としては、薄いのではないでしょうか。確かにどれも犯人は捕まっておらず、手際のいい事件ではありましたが……」
パーシリス伯爵が肩をすぼめ、言い訳を捜すようにまごまごと口にする。
パーシリス伯爵は、暗黒街ドレッダが統一された一つの組織であると考えることが恐ろしいようであった。
恐らくは無意識的であろうが、思考を偏らせ、強引にその可能性を考慮から外している。
「……ランベール、アタシ、知ってるよ。魔女のいるかもしれないところ」
トロイニアの手前大人しくなっていたシャルルが、そこで口を挟んできた。
「前に暗黒街に向かった時に、偶然耳にしたの。魔女の闘技場のために、剣奴を集めろって。その後に聞いているのがバレて、物凄い追い掛けられたけど……」
「魔女の、闘技場……? なるほど、一応覚えておこう」
シャルルは市場でチンピラ相手に絡んでいた際にも、『首無し魔女』について尋ねていた。
彼女は『首無し魔女』の実在を信じているのだろう。
ランベールはシャルルが単身で暗黒街に向かったらしいという話も私兵達より聞いていたが、彼女のその異様な行動力が何に由来するものなのか全く不明であった。
「もうよかろう。伯爵様は、お前の疑問に充分付き合ってやったはずだが? 伯爵様は職務に忙しいのでな。この辺りにしておいてもらおう」
話が途切れたのを見計らって、トロイニアが声を上げた。
「わ、私は別にそんな……。もう少し、彼と話しても……」
トロイニアが、苛立った目でパーシリス伯爵を睨みつけた。
パーシリス伯爵は視線に気圧され、半歩退いた。
「いいか? この地のことは、我々でやる。そのための貴族だ。お前にこれ以上話してやることなど何もない」
トロイニアが剣の鞘に触れながら、ランベールへと肉薄した。
明らかに脅しを掛けに来ていた。
「し、師匠……そ、そんなに、敵意剥き出しにしなくても……」
シャルルが、口篭りながらトロイニアへと言った。
「……そうだな、ここまでで留めておくとしよう。無論、俺も喧嘩をしにきたつもりはない。貴重な話、感謝する」
ランベールはパーシリス伯爵達の顔を見回した後に、小さく頭を下げて彼らへ背を向けた。
今回のパーシリス伯爵との接触で得られたものは多い。
このパーシリス伯爵領について疑問に思っていたものも幾つか答え合わせができ、ようやく領地と暗黒街の全貌が見えつつあった。
それに、トロイニアとは険悪なままであったが、領主との繋がりができたことは大きい。
「もう行っちゃうの? ね、ねぇ、しばらくはこの街にいるの?」
シャルルが寂しげにランベールへと問う。
ランベールは足を止めて彼女へ小さく首肯した後、パーシリス伯爵へと顔を向ける。
もう一つ、聞いてみたいことがあったことを思い出したのだ。
「……パーシリス伯爵よ、なぜ結婚しなかった? 親戚に話を通しているとは聞いているが……それでも、無責任ではないのか。余計なことをすれば、新たな騒動の火種となることもあるぞ」
パーシリス伯爵はびくりと身体を震わせ、苦笑しながら髪を弄る。
「家族を皆……失いましたからね。身勝手で、無責任なのはわかっています。それでも、こんな地の領主に、自分の子供を巻き込みたくなかったのです……」
パーシリス伯爵は声を震わせ、寂しげにそう言った。
よくも悪くも、パーシリス伯爵は貴族に向いていない人物であった。
絶対に跡継ぎにできない養子を取ったのも、そういった事情のようであった。
それからランベールは一人で歩き、パーシリス伯爵の塀を出た。
ふとそこで、新たな疑問が生じた。
パーシリス伯爵の家名はパウマンなのだが、ランベールはその名を聞いたことがなかった。
少なくとも二百年前にそのような貴族はいなかったはずだった。
八国統一戦争において大きく貢献したレギオス王国兵の中にも、パウマンなどという者はいなかったはずなのだ。
男爵、子爵ならいざ知らず、伯爵にありながら二百年前は全くの無名であったというのは、少々引っ掛かる事実であった。
(家の由来も、聞いておけばよかったか)
ランベールがそう考えていると、彼を呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーい! ランベールゥー!」
目をやれば、遠くからシャルルが走ってくるところであった。
さっきからそう時間が経っていない。
また館を抜け出して、ランベールを追い掛けて来たらしい。
「む、むぅ……」
ランベールは兜を手で押さえた。




