第四話 パーシリス伯爵領への来訪③
「助けてくれたのね! あいつらくらいアタシでも簡単に追い払えたとは思うけれど……一応お礼は言ってあげるわ、ありがとう! それより……アンタ、すっごく強いのね!」
シャルルがランベールへと言う。
「助けてやる形にはなったが……お前はもう少し、無為に他者を愚弄する言い方を慎むべきだ」
「アンタなら、アタシの師匠といいところまで戦えるかもしれないわよ! シシシ! ねえねえ、このおっきい剣、本当に振り回せるの? 凄い!」
シャルルは忙しなくランベールの背後へ回り、背負っている大剣へと関心を向ける。
「……おい、人の話を聞け」
「わ、この鎧すっごく綺麗! 塗料……とかじゃなさそうだし、すっご! ひょっとしてこれ魔金混じってない? わっ、絶対高い奴!」
シャルルはランベールを無視し、彼の鎧の輝きに目を奪われていた。
「詳しいのだな……」
「すっごい! マジの魔金入りなんだ! ヘヘン、アタシのパパってすっごい人だから色んな先祖のコレクションとかも持ってて、アタシも武器には詳しいのよ!」
もっともシャルルも、ランベールの鎧がほぼ純粋な魔金の塊であることまでは見抜いていなかった。
純粋な魔金など普通は目にすることもない上、魔金は比重が重すぎるため常識で考えればそのままで鎧にできるわけがなく、合金の鎧だと勘違いしてしまうのも無理はないことであった。
「こんなに綺麗に光るのは初めて見たかも! すっごい! 本当にすっごい! ね、ね、ちょっと触ってもいい? ……ダメ?」
「……あまりべたべたと他者に触らせてよい代物ではないのだが、少しくらいならばよかろう」
ランベールは四魔将の証である魔金鎧に誇りを持っていた。
過去は魔金鎧で戦地に出れば敵の兵が震えあがり、街を歩けば民より敬意を持って頭を下げられた。
しかし、今では誰もこの魔金鎧を知らず、どころかどこへ行っても時代遅れ扱いされることに寂寥感を覚えていたため、素直に鎧を褒められることに弱かった。
「ね、ね、アンタ、アタシの騎士にならない? アタシ、アンタみたいに腕っぷしの強い部下が必要なのよ!」
「悪いが、俺には既に生涯の忠誠を、いや、死してなお忠誠を誓った主がいるのでな。騎士ごっこは他を当たってもらおう」
「む、むぅ、騎士ごっこじゃないのに……。なに、アンタ……王家の兵なの? アタシはシャルル、この領地を守るべく戦う天才剣士よ! アンタは?」
シャルルが腕を組んで宣言する。
「俺は、ランベールだ。今は王国内を旅している」
「……それって、今はフリーなんじゃないの?」
シャルルが恨みがましく口にする。
騎士ごっこ扱いされて断られたのを根に持っているようであった。
「偽名なら、もうちょっと捻りなさいよ。名前を教える気がないのは結構だけど……アタシがチビだからって、馬鹿にしてるでしょ。統一戦争の将軍の名前くらい知ってるんだから。ランベールなんて縁起の悪い名前、子供につける親はいないわよ。それならせめて、グリフってことにしておきなさいよ」
「…………そうか、ランベールは縁起が悪いのか、そうか」
ランベールは肩を落とす。
現代での自身の扱いは知っていたが、再確認させられるとやはりショックだった。
「ご、ごめん、ひょっとして本当だったの……? ごめんね?」
シャルルはランベールが傷ついている様を見て、口を手で覆いながら謝罪した。
「それより……お前は、暗黒街について調べて回っているようだな。それを聞かせてはくれないか?」
「……なに、ランベールさんも『首無しの魔女』を追ってるの?」
「と……いうよりは、この領内の不審な魔銀の動きについて調べている。それに暗黒街が噛んでいると見ているのだ。そのため、この地でも酒場や市場、冒険者ギルドを巡って情報収集を行っていた」
ランベールはそこまで言ってから「無駄足になりそうだがな……」と付け足した。
「む、むう……確かにあんまり賑わってないかもしれないけど……そんなガッカリしなくてもいいじゃない」
「この領地の話を聞くに……そして実際に都市を見るに、パーシリス伯爵は領主としてあまり有能でなければ、職務に熱心なわけでもないようだな。先代も暗黒街の台頭を見過ごしていた辺り、血筋なのかもしれないが……」
「そ、そうかしら? 別にアタシは、そんなことは思わないけどね」
ランベールの言葉に、シャルルがムッとしたように返す。
「いや、はっきり言ってこれは領主の怠慢だ。詳しい事情は知らないが……国の領地を預かっている身としては有り得ない」
「…………」
シャルルが不機嫌そうに顔を顰めて押し黙る。
シャルルの様子に、もしやパーシリス伯爵の娘だったのではなかろうか、とランベールは勘繰った。
だが、すぐそれを打ち消した。
パーシリス伯爵はもう五十になるが、どういうつもりなのかまだ独身だという話だった。
爵位を継ぐような子供もいないのだという。
仮にこのまま死ねば遠い親族に爵位が移るのではないか、と噂されていた。
ランベールはそういった前情報も含めて、パーシリス伯爵を領主としての自覚のない怠け者だと判断していた。
だが、娘でなくても、親領主派の領民がいることは何ら不思議ではない。
他所から来た者に聞きかじった話で批判されたくない、と思うことも至極当然のことである。
しかし……統一戦争を命懸けで戦って今のレギオス王国の土台を築いた一人であるランベールとしては、明らかにやる気のないパーシリス伯爵にどうしても好感が持てなかったので、シャルルに対しても謝る気にはなれなかった。
「そうだ! 立ち話もなんだから、ランベール、アンタ、アタシの家まで来なさいよ。パパにも可愛い娘であるアタシを助けたアンタにお礼を言ってもらうべきだもんね。パパなら、暗黒街のことも、交易のことも詳しいわよ。ね、ね、アンタ、アタシのパパに会いたいでしょ?」
シャルルがぱんと手を叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「それは助かるが……お前の父親は、どういった人間なのだ」
「よしっ! それじゃあ決定ね! ほらほら、早くついてこないと置いていくわよ!」
シャルルが銀髪を靡かせて裏通りを駆け、ランベールを振り返って歯を見せる
「待て、だからどういう人間だと……」
「どういう人? すっごく優しい人よ!」
「そうではなくだな……」
シャルルは前を向いて走りを再開する。
ランベールはシャルルの急かし方に嫌なものを感じながらも、彼女の後について歩き始めた。




