第三話 パーシリス伯爵領への来訪②
ランベールは途中の街で得た情報を基に、当初の予定を少々変更し、最優先でパーシリス伯爵領へと向かっていた。
パーシリス伯爵領を中心に高騰しているという魔銀は、魔術師か鍛冶師でなければ早々必要となるものではない。
ランベールはパーシリス伯爵領へと向かう道中も情報収集を欠かさなかったが、どうやら買い占めている連中がいるらしいということの裏付けは取れたものの、結局高騰の直接の理由を知ることはできなかった。
この時期に王都近くの領地で魔銀を集めている集団がいるということは、ランベールにはとても偶然とは思えなかった。
『笛吹き悪魔』が武器やゴーレムの量産を始めていると、そうランベールは睨んでいた。
パーシリス伯爵領は、大きな山を中心とした領地であった。
山奥地には魔獣も出没するため、領地内であっても都市間の移動は気軽に行えるものではないのだという。
領主の住まう北側とその正反対に位置する南側では、治安が雲泥の差だという話だった。
とりわけ南部の暗黒街ドレッダはこのレギオス王国内で最も治安の悪い土地であり、パーシリス伯爵も管理を諦めているそうであった。
ランベールが魔銀を集めている人物の正体に関与する話を全く知ることができなかったのは、暗黒街ドレッダを経由してしまうと様々な情報がそこで途絶えてしまうためだろうと考えていた。
怪しいのは間違いなく南部であったが、ランベールは先に北部の都市へと訪れた。
単純にルートの都合上、こちらから足を運ぶ以外に選択肢がなかったのだ。
敢えて大回りして北部を避ける理由もなかった。
「……なるほど、穏やかな都市だ」
ランベールは街路の土を踏みながらそう漏らした。
都市アインザスや都市バライラほど賑やかなわけではなかったが、疎らに子供や青年の人影があった。
北部の治安がいい、というのはどうやら本当のようであった。
情報収集を行おうと住民へ場所を聞いて酒場へ向かったが、尽く明るい内は店を閉じているようであった。
この辺りを中心に活動している冒険者ギルドの本部へも何か所か向かってはみたが、まともに活動している様子は見受けられなかった。
中心部の山に魔獣が出ると聞いていたため冒険者の活動も活発なのだろうとランベールは考えていたが、どうやら魔獣が凶暴であるために冒険者の被害が相次ぎ、放置していれば山奥から出てこないため、山奥に立ち入ること自体、パーシリス伯爵が禁じているようであった。
人が集まっていると聞いてやってきた市場通りは、降ろされた看板や、しばらく使われていないらしい屋台の残骸が並んでいた。
子供が屋台の残骸に隠れて遊んでいるのが目に付いた。
ランベールは頭を押さえる。
(領主のパーシリス伯爵は随分と緩い人物だと聞いていたが……ここの都市に住まう者は、皆そうなのかもしれないな)
確かに当初の目的は領地の南部にあった。
だが、領主の住まう北部でも、もう少し情報が得られるものだと踏んでいた。
肝心な魔銀騒動について住民に尋ねても、そもそも知らない人の方が多かった。
夜に開く酒場に望みを懸け、ランベールは市場近辺の裏通りを歩いて時間を潰していた。
無駄足になるかもしれないが領主の館を見に行ってみるかとランベールが考えていた、そのときであった。
「なんだ、このちんちくりん娘は」
「あんまり舐めてるようだとぶっ殺してやろうか?」
裏通りの一角で、柄の悪そうな二人の男に、華奢な娘が絡まれていた。
娘は目立つ赤のコートにズボンと男勝りな格好をしていたが、身に纏っているものは上質で、裕福な家柄の出であることが窺えた。
娘が二人の男へと指を突きつける。
「アンタ達が『首無し魔女』の手先だってことはわかってんのよ! 素直にこのシャルルに、洗いざらい吐き出してしまいなさい! 今なら特別に極刑は許してあげる。改心するなら、情報と引き換えにこのアタシの部下にしてあげてもいいわよ!」
違った。
シャルルと名乗る華奢な娘に、柄の悪そうな二人の男が絡まれていた。
ランベールも少々理解に時間を要したが、どうやらこれはそういうことのようであった。
「馬鹿かよ、『首無し魔女』なんて御伽話を間に受けてやがんのかコイツ。あの暗黒街を一纏めにできる奴なんて、いるわけがねえだろうがよ」
男の一人が冷笑する。
ランベールも『首無し魔女』は情報収集の中で耳にしたことがあった。
暗黒街の陰の支配者であり、人の形をした化け物だという話だった。
逆らった者は拷問の末に殺され、首を落とされた上で暗黒街の壁に磔にされ、見せしめになるのだという。
パーシリス伯爵が暗黒街へと送り込んだ私兵も全員壁に晒されたと噂に聞いていた。
「ご、誤魔化しても無駄よ! 茶化さないでちょうだい! そっちの人、指が一本ないんでしょう? 暗黒街で、ヘマをした下っ端の指を落とす習慣があるってパパから聞いたことがあるわ! 魔女の手先なんでしょ!」
それを指摘された男の顔が曇る。
「ヘマをした、下っ端だと? おいお嬢ちゃん、もう泣かせるだけじゃ済ませられねえな、オイ。コイツ、暗黒街の店に売り飛ばしてやろうぜ」
「服からして、商人の娘か何かだろう。足がつきかねないぞ。ぶっ殺すだけに留めておけ」
男の一人がナイフを取り出し、シャルルへと向けた。
シャルルはそれを見て得意気に笑い、足を宙へと上げて空を蹴った。
「フフン、正体を現したわね魔女の手先! 歳下の女の子に刃物を向けるなんて、やっぱりとんだ外道ね。でも……こう見えてアタシ、結構強いわよ。すっごい強い師匠がいるんだから。いいわよ、剣は抜かないでおいてあげる」
「舐め腐ってんじゃねえぞ!」
男がナイフを振るう。
ランベールは両者の間に入り、左手でナイフを弾き飛ばし、右手の肘でシャルルが前に出られないように牽制した。
ナイフの刃が折れ、地面へと落ちた。
「な、なんだ、テメェ……!」
「失礼な小娘なのは同意だが……その辺りにしておけ。刃物まで持ち出すことはなかろう」
そのとき、もう一人の男が近くにあった煉瓦を持ち上げ、ランベールの頭部へと振るった。
「邪魔すんじゃねえよデカブツ」
躊躇いなく、勢いをつけて煉瓦が振り下ろされる。
「む……」
前後にはシャルルと、もう一人のナイフ男がいる。
下手に今この位置を退けば、また二人の争いが再開する恐れがあった。
ランベールは手刀を放ち、煉瓦を持つ男の手首を突いた。
「ぎゃああああああっ!!」
男が悲鳴を上げながら煉瓦を手放す。
投げ出された煉瓦は壁に当たり、地面へと沈む。
ランベールの鎧籠手の貫き手は、容易く男の手首の骨を砕いていた。
「腕が、腕が、俺の腕があああああっ! お前も、お前もぶっ殺してやる!」
男は手首を押さえながら、言葉とは裏腹にその場へ座り込んだ。
「こんな奴煽ってどうするんだ! お、俺は知らねえぞ!」
ナイフ男は折れたナイフを投げ捨て、先に一人で逃げて行った。
残された男も、手首を押さえ、つんのめりながら逃げた男の後を追う。
「……すまないが、昔から手加減は苦手なのだ」
ランベールは逃げる二人の背を眺めながら、申し訳なさそうにそう呟いた。
「アンタ、やるじゃない! すっごく強いのね!」
その場に残った元凶の少女が、目を輝かせてランベールを見つめていた。




