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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第三十八話 二百年越しの邂逅に

 かくして、『笛吹き悪魔』による聖都ハインスティアの襲撃事件は幕を下ろした。

 此度の襲撃により『笛吹き悪魔』は組織の柱である幹部を複数名失ったものの、現在のレギオス王国の最大戦力であった異端審問会を完全に壊滅させることに成功していた。


 異端審問会は所属していた魔術師、そしてトップである四大聖柱の全員を失い、後援者であり事実上のトップであったゼベダイ枢機卿さえ殺された。

 再興は不可能であった。これ以上ない、完全な敗北である。


 ランベールは一人、友の形見となった琴を手に、廃都と化した聖都ハインスティアを歩いていた。

 建物は炎上しているか崩壊しており、原型を留めているものはない。

 道には、夥しい数の人と巨大な虫の死骸が並ぶ。

 雲のかかった薄暗い夕焼けが滅んだ街を照らしていた。


 ランベールは炎上する廃墟に琴を投げ、大剣で一閃した。

 木屑と弦がばらばらになり炎の中に呑まれて行く。

 アルバナの最期の頼みであった。

 これで感情を司り、精霊さえ魅了するエウテルベ部族の琴の音は永遠に失われるはずである。


「……すまない、アルバナ。戦禍を大義だと正当化してきた俺には、それを裏切ることはできぬのだ」


 ランベールは琴の断片が炎に包まれるのを見届け、背を向けた。

 今回の聖都ハインスティアの戦いでは、『笛吹き悪魔』の幹部である八賢者の『蟲壺』、『亜界の薔薇』が死亡した。

 ランベールは『血霧の騎士』の拉げた鎧こそ確認したが、血肉が残っていなかった異様な様子から、何らかの手段で逃げ落ちたのだと考えていた。

 禁忌に手を染めた魔術師の生死は、決して楽観視できるものではないことをランベールは知っていた。


 これまでにランベールの討伐した八賢者はこれで『屍の醜老』ことマンジー、『笑い道化』ことルルック、『真理の紡ぎ手』ことシャルローベ、名も無き怪人『蟲壺』、そして『亜界の薔薇』ことアルバナの五人となった。

 『笛吹き悪魔』の八賢者が名の通りに八人の魔術師を示すのであれば、残る幹部は『血霧の騎士』を含めた三人となるはずであった。


(……『笛吹き悪魔』が、本格的に戦争を仕掛けて来るかもしれぬな)


 ランベールは一人、歩きながら考える。

 既に『笛吹き悪魔』は国内の貴族に粉を掛け、国家転覆の準備を進めていることはわかっている。

 『笛吹き悪魔』はオーボック伯爵の一件で存在が公に露呈し、都市バライラのアンデッド騒動で王国中から一気に恐れられるようになった。

 最大の敵であった異端審問会を討つことに成功した今、一気に勝負を掛けに来ることが見えていた。


「……連中との決着も、近いのかもしれぬ」


 ランベールはそう呟いた。

 統一戦争より二百年が経過した。

 ランベールは大罪人として悪名を刻み、歴史は今更覆りはしない。

 ランベール自身、それを今更どうこうしたいとは思わない。


 今アンデッドとして蘇った彼を突き動かすのは、最後に主君が統一を成し遂げたレギオス王国の現代を見て回りたいという想いと、そこに仇をなそうとする『笛吹き悪魔』を討伐せねばならないという信念であった。

 そこには、平穏なレギオス王国が保たれていく現代を見て、自身の死が必要なものであったのだと証明したい、という考えもあった。


 ――実はそこにもう一つ、ランベールには未練があった。

 それは主君オーレリアの辿った、ランベールの死後、彼女がどのように生き、そしてどのように死んだか、ということである。


 知ろうと思えば、いくらでもその機会はあった。

 なにせこの国の統一王の人生である。

 ちょっとした知識人ならば、いや、ある程度の教養のある人間ならば、知っていてもおかしくはない。


 ただ、オーレリアはランベールにとって恩人であり、親友であり、主君であり、叶わないと知りながらも恋慕を抱いた相手であり……そして、自身にとっての最大の裏切り者でもあった。

 そんな彼女がどのような人生を送ったのか、それがどのようなものであっても、知ったとしても後悔するのではないか。

 ランベールはそう考えていた。


 平穏になったレギオス王国を見たい、というランベールの目的は既に概ね果たされたといえる。

 最後に王国の顔である王都を見れば、ランベールの想いは果たされたといえる。

 そして、奇しくも『笛吹き悪魔』との決戦の地も王都となるはずであった。


「……そのときが来れば、未練と執念に縛られたアンデッドである俺は、消えるのかもしれぬな」


 恐らく、ランベールの考えでは、その日はそう遠くはなかった。

 ランベールにとって、目的を成し遂げて消えることに恐怖などなかった。

 元より彼は、二百年前の統一戦争末期に死んだ身なのだ。 


「迷っちゃっ、た。騎士様、本当に道、知っているの?」


「は、イ……陛下の、仰せのままに……」


 遠くから、どこか懐かしい声が聞こえた。

 有り得ないはずの声だった。

 ランベールは思わず足を止める。


 幻聴だと、そう思った。

 生者以上に過去に縛られるアンデッドがかつての日々を幻視するのは、ランベールはそう不思議なことだとは思わなかった。

 だが、そう考えながらも振り返り、声の方を確認せずにはいられなかった。


 遠くに……みすぼらしい格好の女と、鎧の剣士が立っていた。

 女は破れた衣服に、欠けた古い冠を纏い、くすんだ金髪をしていた。

 鎧の剣士の方は……見紛えるはずもなく、四魔将の魔金(オルガン)鎧であった。


「何者だ!」


 ランベールは吠えた。

 金髪の女はちらりとランベールを見た後、指を咥えて首を倒す。


「ヘンなの。私の騎士様が、二人もいるなんて」


 魔金(オルガン)鎧の男は、ランベールの方を見向きもしない。


「貴様が我が友グリフであるはずがない! 何者だ! なぜ四魔将の忠義の証である、その鎧を纏っている! 何者だ! その鎧の下は、人間か! アンデッドか!」


 ランベールは再び問いかける。

 だが、金髪女は興味なさげに首をすくめて笑みを漏らし、建物の陰へと移動した。

 魔金(オルガン)鎧の男も、彼女に続いて姿を消した。


 ランベールはしばしその様子を呆然と見ていたが、すぐに駆け出して追いかけた。

 建物の裏に到達したとき、既に彼らの姿はなかった。

 地面を見て、周囲を見て、空を見上げる。

 彼らのものらしい痕跡も、この蹂躙され尽したばかりの廃都では特定はできない。

 

 衝動のままに、ランベールは大剣で地面を叩いた。

 ランベールは、先程聞こえた彼らの声を思い返し、首を振った。


「有り得ぬ……奴が、グリフであるはずがない……」


 ランベールは呟く。

 そう、彼がランベールの親友グリフであるはずがなかった。

 アンデッドになるには条件がある。


 死後も未練によってマナが拡散せず内側に向かうことがある。

 未練が強く、元々のマナが強い者ほど、長時間強固にマナが骸へと残留するのだ。

 そういった死体に対して死操術を行うことで、アンデッドとしての蘇生が可能となる。


 通常、死者はある程度の未練を抱えているものであるが、通常はそう長く保たれるものではない。

 従来のマナの強さもあるが、全てを懸けた夢の果てを見られず、主君に裏切られて死んだランベールだからこそ、二百年という年月、骸にマナを宿し続けたといえる。


「お前は……レギオス王国を勝利に導いた英雄として、華々しく生きたのではなかったのか! その末に、穏やかに死んだのではなかったのか!」


 ランベールは廃都の一角で慟哭を上げた。

 それを聞く者は、誰もいなかった。

【書籍報告】

 アンデッドナイト第三巻、発売いたしました!

 表紙やカラーページの一部を活動報告にて公開しております!

 アンデッドナイトの重要な告知もありますので、ぜひご確認ください!(2019/3/20)

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