第三十四話 審判③
ゼベダイの死を見届けたランベールは、一人、地下通路を進んでいた。
歩みながら、自身が発した一つの言葉を思い返していた。
『約束しよう。ゼベダイが貴様の様な男であれば、俺は奴を斬らぬ。退け、ヨハン』
ゼベダイ枢機卿の部下である、聖都ハインスティアを守護する四大聖柱の一人、ヨハンへとランベールが掛けた言葉である。
確かにランベールはゼベダイを斬らなかったが、意図して見殺しにしたのだから同じことである。
彼が戦死したであろう、焼け落ちた慰霊塔がランベールの頭を過ぎった。
「……すまない、ヨハンよ。この様な結果になってしまった」
ランベールの結論からいえば、ゼベダイ枢機卿はヨハンとは違った。
迷いながらも自身の義を通そうとするヨハンと、復讐鬼として開き直ったゼベダイ枢機卿の在り方は大きく異なる。
異端審問会の頭であるゼベダイ枢機卿がそもそも王国のために動くという第一前提を放棄しているのだから、異端審問会と王国とは必ず決定的なところで擦れ違い続け、次の悲劇を生むこととなる。
ヨハンもきっと、ランベールがそう結論を下すということはわかってはいたのだろう。
だから最後まで彼も、ランベールをゼベダイ枢機卿と引き合わせまいとしていたのだ。
そうわかっていながらもヨハンがゼベダイ枢機卿の下に付き続けていたのが、そうすることでしか『笛吹き悪魔』に対抗できないと考えてのことだったのか、それとも四大聖柱にまでなってしまった彼にとって、もう後戻りできない道であったのかは、彼の亡き今となってはもうわからない。
ランベールはアンデッドのマナ感知能力を用いて、地下通路の探索を進める。
黒外套の連中らしき気配を見つけては、極力遭遇しないように通路を選んで駆けていく。
これ以上、黒外套の連中と剣を交える気はなかった。
黒外套の連中は、復讐に駆られて暴走するゼベダイ枢機卿を止めるべく、命を懸けて戦ったのだ。
ゼベダイ枢機卿が死んだ今、ランベールに彼らと戦う理由は何一つない。
だが、会えばきっと彼らはランベールへと斬り掛かってくるだろう。
連中との不要な鉢合わせは避けたかった。
ゼベダイ枢機卿は死んだ。
ランベールの最初の目的であった、ゼベダイ枢機卿の見極めに関しては既に終了した。
八賢者の襲撃から聖都ハインスティアを守るという目的もあったが、『蟲壺』に好き放題に荒らされた今、最早それは失敗であるといえる。
だが、まだ、この聖都ハインスティアでの、ランベールの戦いは終わっていない。
黒外套の連中を指揮していたらしい、『笛吹き悪魔』の一味であるエウテルベ部族の人間がまだ、この地下通路に潜んでいるはずなのだ。
恐らく、その人物は『笛吹き悪魔』の八賢者の一人でもある。
決して逃がすわけにはいかなかった。
実はランベールはこのとき、地下通路に潜んでいるであろう八賢者の正体に、一人心当たりがあった。
それはランベールが顔を合わせたことのある人物であった。
外れていて欲しいと、そう考えていた。
不審なマナを捉えた。
相手もランベールに既に気が付いたようであったが、逃げる様なことはせず、むしろ進路を変えて彼の方へと真っ直ぐに向かってきた。
通路の奥より、琴の音色が響き、反響する。
ランベールは一度足を止め、兜を左右に振った。
「……外れていて、欲しかったのだがな。昔から、こういうときばかり勘が冴える。いや、それよりも、もっと早くに気が付かなかった己を恥じるべきか」
音に続き、一人の女が通路の先より姿を現した。
ぶかぶかの革靴も、派手な衣も、頭に巻いたスカーフも、どれもこれも見覚えがあった。
「……黒外套の連中の様子を見た時点で、もしかしたらお前なのではないかと考えていた」
女の色素の薄い瞳がランベールへと向き、僅かに細められる。
だが、その目が何も映していないことをランベールは知っている。
彼女の目が動くのは、盲目の彼女なりの親愛表現なのだ。
敢えて作られた表情は無機質で簡素で、そしてそれ故の美しさを秘めていた。
「奇遇ですね、剣士様。まさか、こんなところでもお会いすることになるとは」
彼女は冗談めかしたふうに、場違いに明るい口調でランベールへと声を掛ける。
「奇遇、か。以前お前はその後に、目的が同じだから顔をよく合わすのかもしれないと、そう口にしたな」
ランベールは淡々とそう言った後に、背負っていた大剣を素早く構え、地下通路の床を叩いた。
辺り一帯に衝撃が走り、直接殴打された床が砕け散った。
その破片を魔金鎧が淡々と弾く。
「笑えない冗談だったな。吟遊詩人……改め、八賢者アルバナよ」
八賢者『亜界の薔薇』は、ランベールが現代の旅の道中で度々顔を合わせた、盲目の女吟遊詩人、アルバナであった。
ランベールの言葉に、アルバナの唇が小さく曲げられ、自嘲気味な笑みを象る。




