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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第三十一話 亜界の薔薇⑦

 一面に出鱈目な色の花々が続く。

 異常な花畑の中を、シモンはただただ立ち尽くしていた。


「なんだこれは……? なんだこれは!」


 叫んでから、あたふたと辺りを駆け、止まり、慌ただしく周囲を確認する。


 シモンからやや距離を置いたところに、『亜界の薔薇』が佇んでいた。

 目を瞑り、琴を奏でている。

 その旋律が妙に頭に残る。

 まるで天の派手な色の空に反響しているかのようだった。


「こ、この私が、幻影に掛けられたとでもいうのか? あり得ない! こんなことは、あり得ない……!」


 そっと『亜界の薔薇』が目を開き、シモンへと、まるで哀れむ様な表情を向ける。

 死にゆく者に向けられる同情の顔であった。

 シモンは『亜界の薔薇』は既に戦いが終わったと考えているのだと、そう理解させられた。


「お連れしたのですよ、最高位精霊の許へ。エウテルベ部族には亜界の主より、その御前で琴を奏でる栄誉を賜っているのです。貴方にはそれに、同伴していただきました」


「さ、最高位精霊だと!?」


 最高位精霊とは、異界の王を意味する。

 精霊のいる異界は全部で十三まで確認されており、それぞれには異界の王がいる。

 最高位精霊の召喚は、これまでウォーリミア大陸において三度しか記録が残されていない。

 一つは千年以上前の神話に近い記述であり、獣界の王だったこと以外に正確なところはわかっていない。

 そして内の二つは、八国統一戦争の混沌の中で行使され、どちらも戦争に大きな影響を与えた。


「あ、あり得ない! 最悪の錬金術師ガイロフでさえ、三万人の犠牲を払い、ほんの僅かな時間呼び出すのが限界であったと聞く! それをお前達は、音楽だけで招くというのか!?」


「ですから、招いたのではなく、招かれたのですよ。貴方の理解は求めてはいませんが」


「そんな馬鹿なことがあり得るものか! これは、ただのまやかしだ! そうだ、そうに違いない!」


 喚くシモンの前に、花畑が大きく盛り上がる。

 その巨体の影に『亜界の薔薇』の姿が消えた。

 大きな彩豊かな花畑の山に、目と口、そして身体の輪郭ができていく。


 見た瞬間に理解させられた。

 これが最高位精霊、亜界の支配者オーベロンであると。


「こんなものが、あり得るかっ!」


 シモンは叫びながらオーベロンへと跳びかかる。

 だが、何かに阻まれた様に弾かれ、花畑へと叩きつけられた。

 何が起きたのか、全く理解できない。

 ただ、鼻先に押し付けた花より、ぷうんと、心地のいい甘い香りが漂ってくる。


「こんな、こんな……!」


 シモンは呆然とオーベロンを見上げた。

 その巨体は、百ヘイン(約百メートル)近くにも及んでいる。

 人間のどうこうできる次元を超越していた。


 オーベロンはその巨体を翻し、シモンへと背を向けた。

 それだけで辺り一帯が大きく揺れる。

 まるでオーベロンは、シモンへと、興味を抱いていないようであった。


「あ……」


 それもそのはずである。

 オーベロンはあくまで、『亜界の薔薇』の琴を聞きに、彼女を招いたに過ぎないのだ。

 オーベロンからすれば、たまたまくっ付いて来ただけのシモンになど関心はない。


 精霊は人間と完全な意思の疎通はできない。

 思考から世界の在り方まで、その全てが違うのだ。

 だからこそ精霊は、契約で縛られたことしか行わないし、行おうともしない。


 恐らくオーベロンは、シモンについて何かをすることはしないはずだ。

 助かったと、シモンはそう思った。

 だが、本当に無傷で帰られるのならば、『亜界の薔薇』もシモンを招く様なことはしなかっただろう。


 シモンが花畑に蹲っていると、彼は全身に強い違和感を覚えた。

 いつからかはわからない。

 だが、身体の感覚が、ほとんどないのだ。


 花の香りが、酷く鼻についた。

 シモンは何も考えず、匂いから逃れるために起き上がろうとした。

 だが、動かない。動かせない。


 身体中から、小さな芽が伸びていた。


「…………あ」


 驚愕の声も出ない。既に、喉も芽に覆われているようであった。

 芽はどんどんと大きくなっていき、やがてはつぼみを作っていく。

 その間に、明らかにシモンのマナをどんどんと吸い上げていた。


「…………ァ」


 こんなことが、起こるわけがない。

 シモンは必死にそう念じる。

 だが、現実として彼の身体は動かず、思考もどんどん損なわれていくのを感じる。


 シモンの身体中に、色彩豊かな花が咲いた。

 次に、彼の感覚が損なわれていく。

 薄れゆく意識の中で、花に口ができ、けたたましく笑い始めているのがわかった。

 狂気の悪夢であった。


(駄目だ、消える、私が消える……!)


 シモンの思考に霞が掛かっていく。


(消える、消えるるるるる)


 自我が、花に喰われていく。


(まだ私には、使命がある。まだ私には、使命がある。使命がある。私は、私は……)


 ――――その思考を最後に、シモンの意識は泡沫へと消えて行った。



 地下通路にて、『亜界の薔薇』は一人、琴を手に立っていた。

 すでに亜界の主の御前ではなく、最初に呼び出したアルラウネの姿も見えなくなっていた。


 目の前には、全身が赤黒く変色したシモンの亡骸があった。

 その外見はまるで、人間の死体というよりは、樹液の塊か何かのようであった。

 元々痩せこけていたシモンだったが、更に一回り身体が縮んでいる。

 辛うじて人型は保っているものの、離れていてはまず人間とは分からないだろう。


「……使わずに済むのならそれに越したことはなかったのですが、仕方ありませんね」


 琴を床に丁寧に置いてから、頭を手で押さえ、地下通路の壁を背にその場に座った。

 多量のマナを消耗するため、彼女にとってもあまり気軽に使える技ではない。

 喉に手を当て、まだ覚束ない足取りで立ち上がる。


「ここであの男に逃げられては、これまでの全てが無意味になる。彼らが上手く足止めできていればいいのですが……」


 それからゆっくりと、歩き始めた。

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