第十七話 地下迷宮の主③
四日後、ランベールは都市アインザスの外れにあるアインザス地下迷宮へとフィオナ達のパーティー三人組と共に訪れていた。
地下迷宮の入り口は大きな石作りの階段となっている。
地下迷宮の入り口には役人が並び、入口周囲の地面に杭を立てて、迷宮に入る人のチェックを行っていた。
ちらほらと二人から五人程度の冒険者のパーティーが、役人達と言葉を交わした後に迷宮へと入っていく。
(ふむ……それなりに古いようだが、やはり見たことのない場所だな)
ひょっとすれば自分にゆかりのある場所なのではないかと考えていたのだが、自分が生きていたときはこのような場所のことは耳にしたことがなかった。
ならばランベールの没後に造られた建物と考えた方が筋が通っている。
昔は結界や土で隠されていたという可能性もあるが、ランベールはレギオス王国の四魔将である。
このような大掛かりな施設を個人が作れるはずもなく、そうであればどこかの貴族か王家が絡んでいるはずなのだが、そうだとすればランベールが一切知らなかったというのは理屈に合わない。
戦争が激化していたあの時代に、王家に隠れて大掛かりな施設を作る意図もまた想像できなかった。
「……む?」
ランベールが地下迷宮入口の壁に目を向けると、笑っている人面の卵が割れて、中から折り畳まれた翼が覗いている奇怪な紋章の彫り込みが目に入った。
「な!? なぜあれがここに!?」
ランベールは思わず大声で叫んだ。
そしてそのまま、大慌てで階段下へと飛び降り、壁へと手で触れた。
彼はこのマークに見覚えがあった。
「ランベールさん!?」
フィオナが声を掛けて階段の淵へと駆け寄った。
「そ、それは少しまずいです! 一度上がってきてください!」
(ま、間違いない……この紋章、賢者ドーミニオネのものだ!)
賢者ドーミニオネ――ランベールの生前の時代において、至高の魔術師にして、戦争の生み出した悪魔と形容された人物だ。
魔導兵器や術式をいくつも開発し、レギオス王国の戦力に大きく貢献したと同時に、その危険思想と野心、繰り返される非人道的行為のため、国内最大危険人物とされていた。
最終的にはランベールがオーレリアの命令で部下を引き連れて研究施設を襲撃し、ドーミニオネを討伐するに至ったほどである。
そのときランベールが見た光景は、地獄のような修羅場をいくつも潜った彼でさえあまり思い返したくはないものであった。
人体をいくつも繋ぎ合わせて造り出されたフレッシュゴーレム、身体を生かさず殺さずに雁字搦めにする卑劣な罠、部下の脳に薬物を打ち込んで造ったバーサーカー。
連れていた部下は二十人だが、ランベール以外はドーミニオネの悪辣な研究産物の前に惨殺されていった。
最終的には純粋な一対一での勝負へと持って行って斬り殺したものの研究施設が倒壊し、ランベール自身も後少しで巻き込まれて命を落とすところだったほどである。
(この紋章は、ドーミニオネが好んで使っていたもの……。つまりは、奴の、研究施設……! 奴ならば、王家に隠れて第二第三の研究施設を作っていてもおかしくはない!)
そう考えて手をわなわなと震わせていたランベールの背を、棒で突いた男がいた。
「おい、貴様!」
迷宮に入る冒険者の管理を行っていた役人である。
役人は自分を無視して迷宮に入ろうとしたように見えたランベールに苛立ち、槍の尾の側で鎧を突いて転ばせてやろうと考えたのだ。
「ぐぉっ!」
だが実際にはランベールはびくともせず、槍はへし折れて役人はその場にすっ転ぶ羽目に陥った。
(こ、こいつ、鉄の塊か?)
役人はランベールの頑丈さに恐怖しながらも、自分に醜態を晒させたランベールへと重ねて苛立っていた。
「……なんだ、どうした?」
「き、貴様! 我らを通さずに迷宮へ入ろうとするとは、何を考えている!」
「この迷宮に入る冒険者を追い返せ。ここは、気軽に探索していいような場所ではない。取り返しのつかんことになるぞ」
「は、はぁ? 貴様、何を……」
ランベールが役人を説得に掛かろうとしたとき、ロイドが階段へと飛び降り、ランベールの腕を引こうとした。
「ランベールのおっさんよ! いいから退いてくれ! あ、チクショウ、全然動かねぇ!」
「しかし、事態はそれどころでは……」
「いいから! こういう迷宮に入る前には、入る理由と、どこのギルドの人間かを証明しなきゃなんねぇんだよ! フィオナが言ってたろが!」
「……む」
ランベールは内心納得のいかない気持ちのまま、ロイドに従って一旦迷宮の階段を上りなおした。
「ふん……何かと思えば、『精霊の黄昏』の連中か」
役人はロイドに連れられるランベールを一瞥しながら、ぽつりとそう零した。
「ったく! もう頼むぜ。おっさんは変わったことをする前に、フィオナか俺に一挙一動申請してくれ!」
「おいロイド、お前達のギルド……役人から目を付けられているのか?」
「え? い、いや、んなことはないはずだが……」
「そうか、それならいいのだがな」
ランベールはもう一度役人の方へと目を向けた。
役人はランベールの背を見て薄ら笑いを浮かべていたが、目が合うと鼻を鳴らしながら顔を背けた。




