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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第二十九話 亜界の薔薇⑤

 シモンは地下通路の床に手をつけて身体の上下を入れ替え、足を伸ばして軽快に振り乱す。

 左右から襲い掛かった襲撃者二人は頭に蹴りを受け、壁に背を打ち付け、動かなくなった。


「此度も見事であったぞ、シモン。連中もよく、死ぬとわかっておって飛び込んでくるものだ。妙な魔術の仕業なのだろうが……意識を残しながら、死をも強要できるとは、随分と素晴らしい魔術のようだな。俄然、吾輩も興味が湧いて来た」


 ゼベダイ枢機卿がそう声を掛けるが、シモンからの返事はなかった。


「シモン……?」


 シモンの小柄な肩が、僅かに上下した。


「私も、歳ですかの……。これしきの敵を相手に、疲弊するとは」


「無理もありません、シモン様。あれから、立て続けの襲撃でしたから……」


 部下達がシモンへと歩み寄ってくる。


 地下通路の移動間の襲撃は、どんどんと頻度を増してきていた。

 最初の見積もりではだいたい四十人くらいとのことだったが、既にシモン達一行は百人近い敵を殺し返していた。

 地下通路内の至るところに、何十ものグループを作って敵は動いていたのだ。


 さすがにこの規模はシモンとて予想外であった。

 一体いつの間に、どうやってこの数を、教会に悟られずに地下通路へ侵入させたというのか。

 そして本当に、こんな百以上の人間の精神を都合よく操ることのできる、そんな便利な魔術が存在するというのか。

 最初は八人であったシモンの部下達も、死を恐れずに立ち向かって来る無数の襲撃者の前に三人が死に、今では五人にまで減っていた。


「別れて移動しているようだが、敵の個々の集まりの中に感知のできるものがいるのか、少し不思議には思っておった。まさか、人海戦術を取り、地下通路の至るところを埋め尽くしておったとはの。こんなことならば、外から逃げるべきであった」


 最初に接近してきていた二十人は、ゼベダイ枢機卿を地下通路の中央側へと招き入れるための罠だったのだ。

 この調子だと、二百人以上の襲撃者が地下通路の中には隠れていたのではなかろうかと、シモンはそう推測を立てていた。


「問題あるまい。他の者がたとえ死んだとしても、シモンならばこの程度の素人、それこそ千人いようが負けはせぬ。そうであろう?」


「……無論私も、そのつもりでございます」


 ゼベダイ枢機卿の言葉に、シモンが重く頷いた。


「貴方様はこのハインス教会に……いえ、この国に、いなくてはならない存在。必ずや私が、命に代えても連れ出してみせましょうぞ」


「聖都ハインスティアがここまで追い込まれ、他の四大聖柱の生死も怪しい今、そちに死なれては困るのだがな」


「わかってはおります。ですが、私など替えの利く戦士でございますので」


「馬鹿を言うでない。シモンと肩を並べる者が、この国にいったい何人おるというのだ?」


 シモンは少しの間目を瞑り、息を整えていく。

 シモンほどの武術の達人であれば、肉体や精神が疲弊しようと、瞑想によって精神を整え、脳に意図的に肉体の状態を誤認させることで、常に限りなく万全に近い状態を引き出すことができる。

 だが、無論、それは身体の悲鳴を無視する行為であり、残りの寿命と引き換えに得られる対価である。


「お待たせいたしました、失礼を。では行きましょうぞ」


 シモンが歩き出したことで、ゼベダイ枢機卿一行は移動を再開する。

 だが、少し歩いてから、またすぐにシモンは足を止めた。


「どうしたのだ、シモン」


「……おお、そうか、やはり来たか。そろそろかと思ってはおったが……少しばかり、気が早いのではないか?」


 シモンが呟く。

 その言葉は、ゼベダイ枢機卿を無視したものであった。 


「おいシモン! どうしたのだ!」


 そこでようやくシモンはゼベダイ枢機卿へと顔を上げる。


「……連中は、待っておったのでしょうぞ。私が疲弊することを。そのために、これだけの襲撃者を用意した。ただの人海戦術ではこの私を突破はできないと、それくらいの評価はいただいておったらしい。疲弊させたところに本陣をぶつけるのが、目的だったのでしょう」


 言いながら、来た通路を折り返して戻っていく。

 部下達が困惑しながらもシモンを追いかけようとするも、彼は小さく首を振った。


「お前達は、ゼベダイ枢機卿を連れて外へ逃れよ。あまり気の抜けない相手の様だ。守りながら戦う余裕はない」 


「シ、シモン様、それは……!」


「安心せよ、死ぬつもりはない。だが……戦いにのみ専念したい」


 ゼベダイ枢機卿の顔が曇る。


「なんだと……? シモンよ、本当にそれは必要なのか? 既に半数近くが落ちたお前の部下のみでは、心許ないのだが」


「できれば私が直接お守りしたかったのですが、私の力が足りず、申し訳ございませぬ。なるべく早くには追い付かせていただきます」


「そんなに、吾輩は追い込まれているというのか。まだ吾輩は死ぬわけにはいかぬのだぞ!」


 ゼベダイ枢機卿が声を荒げる。


「……存じておりますとも。国を動かすのに必要なのは、権力と、そして意志の強さでございます。この二つを持っておる者は、一国にそう何人といないのです。ゼベダイ枢機卿、貴方様にはその力がある。ここで貴方様が死ぬなど、絶対にあってはならぬこと」


 ゼベダイ枢機卿はしばらく険しい顔でシモンと睨み合っていた。

 だが、どうやらシモンが本気らしいと悟り、歯軋りを鳴らした後、無言でシモンへと背を向けた。


「お前達、ゼベダイ枢機卿を必ずや無事に外へお連れするのだぞ。負けるつもりはないが、万が一ということがある。少しでも遠くへ、すぐに逃れよ」


「……は」


 ゼベダイ枢機卿はシモンの部下と共に、通路の先へと消えていく。

 シモンはそれを尻目に見送った後、これまで通った通路を戻り始める。


「そろそろ、出て来てはどうだ?」


 シモンの言葉に応じる様に、通路の先の闇より、琴の音色が響く。

 音に続き、一人の女が姿を現す。

 女はこの場に似つかわしくない恰好をしていた。

 ぶかぶかの革靴に、色彩豊かな華やかな厚手の衣を纏い、手には琴を持っていた。


「……『笛吹き悪魔』の八大幹部の一人で、仲間内で『亜界の薔薇』と呼ばれている女だな」


 シモンがそう言うと、ようやく女は口許だけで僅かに笑みを浮かべた。


「よく、知っていらしましたね。貴方方も、馬鹿ではないということですか」


 口は動けど、目は、不気味なほどに微動だにしない。

 八賢者の一人である『亜界の薔薇』は、まるで人形の様な女であった。

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