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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第二十七話 亜界の薔薇③

 ゼベダイ枢機卿一派は、シモンが先導し、追手から逃げることを重視して地下通路内を移動していた。

 だが、シモンは目を瞑ったまま周囲を確認した後、首を振って足を止めた。


「どうしたのだ、シモン」

 

「……枢機卿よ、奴らは連携を取って追い込んできております。ある程度、この地下通路の迷宮を把握しているのではないかと」


 シモンがゼベダイ枢機卿へと告げる。

 その言葉に、シモンの部下達に緊張が走った。


「ほう……ふむ」


 ゼベダイ枢機卿は、冷たい笑みを浮かべたまま黙りこくる。


 地下通路は要人を守るための最後の手段であり、極秘中の極秘なのだ。

 異端審問会の中でも、本当に限られた数人しかその全貌を把握してはいない。

 誰かが、何のためにか裏切ったとしか思えない。


「しかし、我ら教徒の中に裏切り者が出たとも、儂には思えませぬ。『笛吹き悪魔』は、我ら教会が長い年月を掛け、多くの犠牲を払って歴史から抹消してきたはずの魔術をいくつも有している。洗脳を掛けたり、死体から情報を抜く様な真似も、不可能ではないのかもしれませぬ」


 ゼベダイ枢機卿はそう聞いて、低い声で満足気に笑った。


「なるほど、おお、なるほどの……それはそれは、朗報であるの」


「朗報、ですか?」


「連中を捕まえれば、その便利な術が吾輩の手許に渡るということであろう? 吾輩がその様な悪魔の術さえ手に入れば、レギオス王国を牛耳ることとて容易かろう」


「…………」


 シモンはゼベダイ枢機卿の言葉に反応を示さなかったが、部下達には動揺が走っていた。

 確かに異端審問会は、禁忌を以て禁忌を制することを王国に黙認させている機関である。


 だが、今のゼベダイ枢機卿の口にした思想は、彼らにはやや極端に映っていた。

 何より異端審問会が魔術を手にするのではなく、まるでゼベダイ枢機卿個人が手段として所有する様な言い回しが気に掛かったのである。


 ゼベダイ枢機卿は部下達へと目をやる。


「……この王国は、信仰を忘れた者が多すぎる。魔術は、容易く一人の罪人を悪鬼へと変える。だから悲劇が繰り返されるのだ。人の手は、あらゆる人間を縛るには短すぎる。絶対的な神の審判という信仰によってのみ、人の善性と国の平穏が保証される」


 ゼベダイ枢機卿は顔を力ませて鷲鼻をひくつかせながら、手で握り拳を作って語る。


「生温すぎるのだ、今の現状は。この国の者全てが吾輩についてくれば、禁魔術師を根絶やしに、この国の悲劇の全てを取り除いて見せるというのに、どいつもこいつも、吾輩に理解を示さぬ愚者ばかりよ。この吾輩が、第二の聖者ハインスとなりて、この国の在り方を導かねばならぬ」


「もっともでございます、枢機卿」


 シモンが頭を下げる。

 教徒達が彼に続き、ゼベダイ枢機卿へと一斉に頭を下げた。

 ゼベダイ枢機卿の顔が、瞬時に怒りから穏やかな笑顔へと変わった。


「話がズレてしまったな。吾輩の悪い癖よ。して、シモンよ、足を止めたということは、追手に対しての動き方を変えるのか?」


「は、さようです。このままでは数の利で囲まれてしまうでしょう。儂だけであれば突破も容易いでしょうが、枢機卿の身を案じれば、分岐路の多いこの場から、数の薄い道を選んで一気に突破し、一度振り切るのが無難かと。敵の顔ぶれを確認しておきたいのです」


 シモンはそう言い、一つの道を指で示す。


「こちらの道が、よろしいかと。五人ほどおりますが、問題ありますまい。儂が片付け、部下達が枢機卿の身をお守りいたします」


 シモンの背に続き、枢機卿一派が進む。

 しばらく進んだところでぽつりと、シモンが零す。


「枢機卿よ、そろそろ来ますぞ」


 その言葉とほぼ同時に、ローブを纏い、各々の武器を手にした五人組が通路の先より現れる。


「いたぞ、ゼベダイだ!」

「殺せ!」


 シモンが目を閉じ、地面を蹴る。

 その瞬間、シモンの小柄な身体が、その場に居合わせた者の視界から消えた。


「どこへ……」


 先頭に立っていた二人の首がねじ曲がり、身体が壁に叩きつけられた。

 シモンが左右に蹴飛ばしたのである。

 そのまま三人目の眼球を深く突き、四人目を掌底で胸部を突いて心臓を破裂させた。

 五人目が剣で我武者羅に斬り掛かってくる。

 シモンは剣の腹の中央部を指で小突いて弾く。

 剣は回り、斬り掛かってきた男の腹部を斬り割いた。


「おお、さすがシモンよ! あっという間に、豚共を始末してしまったわい!」


 ゼベダイ枢機卿がからからと笑う。

 シモンは敢えて生かしておいた、両目を抉った男の首元を掴んで持ち上げる。


「……何やら興奮状態にあったのか、妙な膂力がありましたが、ほとんどただの素人ですな。『笛吹き悪魔』の尖兵にしては生温い」


 シモンの離れた位置の情報を知る『心眼』は、要するに離れた位置のマナを精密に感じ取る技術である。

 視覚に頼らないがために一切の死角がなく、また相手の心理状態さえも薄っすらながらに理解することができる。

 心眼はハインス教会の教徒の一部が修得しているが、シモンの様に人外の域まで達している者は他にはいない。


 シモンは『心眼』に加え、『神拳』と称される武術を身に着けていた。

 それは筋力にほとんど頼らず、マナによる身体の酷使によって可能とする、極限まで軽量化した身体による高速体術である。

 『神拳』による高速体術、そしてその極端に小柄な体躯と『心眼』による周囲の目線の把握により、敵の視覚を欺き、敵が状況を理解できていないままに打ち倒すのが彼の戦闘スタイルである。


 単純であるが故に対策が難しい。

 事実、シモンはこの戦術を確立してから、戦地で一つとして傷を負ったことがない。


 シモンは『心眼』と『神拳』、そしてその極端な矮躯を、『十三天羅悟法』と呼ばれる修行で会得し、その成果が認められて四大聖柱の頭を任せられることになったのである。

 『十三天羅悟法』は、十三年に渡って石の上に座り込み、目を縫って過ごし続けるというものである。

 常人であれば、七日と持たずに餓死するか、発狂して死に至る過酷な修行である。

 途中で中断することは許されず、ハインス教会からも過去に三百人以上の人間がこれに挑み、命を落としている。

 シモンは、聖者ハインスを含めて歴代三人目となる『十三天羅悟法』の達成者である。


「どれ、では顔を拝ませてもらおうではないか」


 シモンは、男の深く被っているローブを外す。

 襲撃者の彼は、ごく普通の、ありふれた男のようだった。


「こ、殺せ……話すことは、何もない……」


 男が絞り出すような声で話す。


「ザ、ザイル……!」


 それを聞き、シモンの部下の一人が、声を震わせて大きく仰け反った。


「知っておるのか?」


「きょ、教徒の一人で、顔見知りでした。少し前に、このハインスティアから姿を消しておりましたが……」

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