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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り

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第二十一話 聖都陥落⑤

 ランベールが地面に降り立ったとき、まだ『蟲壺』はランベールを睨んだまま固まっていた。

 口にしていた理由が本当かどうかはわからないが、『蟲壺』に逃げるつもりがない、というのは本当のことのようだった。


「子を孕んだ女の腹を引き裂き、ヒュード部族が造り上げた、いくつもの蟲を詰めて閉じる。そうして手足を捥いで、身体は宙に吊り下げ、一度も地面に降ろさない」


 『蟲壺』が地面を蹴り、羽を広げる。

 足先を地面に掠めさせながら低空飛行し、ランベールの側部へと回り込む。


「蟲は赤子の肉を喰らう。だが、脳と臓器は喰わない。赤子の脳と臓器だけが残り、集まったそれぞれ、胎内に収まって活動を停止させる。母体はその化け物を、一つの生命として育て上げる」


 ランベールは大剣を構え、常に剣先に『蟲壺』を捉えながら動く。


「化け物が産まれると同時に、母体は絶命する。そしてこの俺、『蟲壺』ができあがるってわけだ。ヒュード部族は、自分達が消え行くと知り、代を重ねて極めた技術が途絶えることを恐れた。だから最期に、ヒュード部族の成果を全て身体に封じた、人の身体を乗っ取って生き続ける寄生蟲を造り上げたのさ」


 ランベールの周囲を『蟲壺』が回り続ける。

 童女の口は、まだ動く。


「この俺の目的は、ヒュード部族の呪術を存分に振るい、この国を恐怖に貶め続けることだ。そうすることで、ヒュード部族の残したものに、意味を与える」


 そんな目的に何の意味もない。

 そのことは、ヒュード部族もわかってはいただろう。

 だが、王国に仕え、同胞を犠牲にし、長い苦痛の果てに洗練させた呪術が、戦争で自国の脚を引っ張って汚名を残し、国と共にあっさりと消えていくということを、彼らは認められなかったのだ。


「どうだ? おぞましいだろう?」


「そういう時代だった」


 ランベールはここでようやく『蟲壺』に対して反応を返した。


「――そして、もう終わった」  


 続くランベールの言葉に、『蟲壺』の頭部に残る童女の顔が、わずかに笑みを浮かべた。


「終わるのはお前の方だろうが、四魔将!」


 ランベールの死角に滑り込んだ『蟲壺』が、手の鎌を振るい、鎧の首を狙う。

 ランベールは素早く身体を回して『蟲壺』を正面に捉え、鎌を大剣で弾く。

 弾かれた『蟲壺』の身体が宙に浮き、そのまま羽を用いて飛び上がり、ランベールの頭上から再度鎌を振るう。

 ランベールは身体を背後に逸らして回避し、腹部を目掛けて大剣の刃を放つ。

 『蟲壺』は後方へ大きく飛んで刃を避けた。


「俺は空気が身体に合わなくてね。直に触れている間に、急激に身体が劣化する。だが、その反面、人体に寄生している間は老化自体しないのさ。俺は永遠に生き、呪いを撒き続ける! そのためにも、お前をここで殺し、この場を乗り切らせてもらうぞォ!」


 童女の頭部が、大きく口を開けて叫ぶ。

 『蟲壺』は滞空したまま、大きく前傾姿勢となる。

 そして今まで以上の速度で、ランベールの横を駆け抜けた。


 金属音が響く。

 剣ではなく、鎧で受けた音だった。

 ランベールの兜が地面へと落ちた。


 地面に足先が掠めていたらしく、『蟲壺』の通過した後が残っていた。

 摩擦熱のためか僅かに黒い煙が昇る。


「どうだ? 今のが俺の、ヒュード部族の最速だ。四魔将、お前に見切れた、か……?」


 童女の顔が爆ぜ、左目付近が大きく抉れる。

 脳が零れ、奥から蟲の頭部が露出していた。

 ランベールは攻撃を一方的に受けたわけではなかった。

 通り過ぎ様に『蟲壺』へと一撃を入れていた。


「お喋りが足りないらしいが、そろそろその娘を眠らせてやれ」


 兜の後ろの頭蓋の眼窩が、『蟲壺』を見据える。


「たい、した、剣じゃねぇか。ハ、今のが見えていたの、か」


 半分だけ残った童女の顔の口が、露出した顎骨を動かしながら言葉を吐き出す。

 『蟲壺』はゆっくりランベールを振り返る。

 次に各々の武器を交えるのが最後になる。


「俺は奴らの怨念を背負ってるんでね。易々とは負けられないんだよ」


「随分と、くだらぬ虚しいものを背負い込んだな」


「知ったふうに言ってくれる。意外に安い言葉を吐けるんだな」


 童女の亡骸の面が歪む。


「捨てるべきだった、などと言うつもりはない。終わらせてやると言っているのだ」


 再び『蟲壺』がランベールへと向かい、鎌を振るう。

 対するランベールは大剣を振るう。

 『蟲壺』の鎌が地面に落ち、続けて身体が節目で切断され、胸部から上が宙を舞い、地面に転がった。

 地に残る『蟲壺』の下半身がその場に崩れる。


「フ、フフ、もう終わった、か。それが、受け入れられなかった、のさ、連中は」


 ランベールは、なおも言葉を発する、『蟲壺』の頭部へと歩み寄る。


「たまに、妙な、夢を見る。俺が普通の赤子で、四肢のある女から産まれて、周囲が馬鹿みたいに、それを祝福して、やがるんだ。俺は何もわからず、ただただ泣き叫ぶ、そんな、夢だ。だからなんだって話じゃねぇ、二百年も生きてると、妙な夢を見ることがある。おかしいだろ? 笑えねぇか?」


 被っていた童女の皮が剝がれ、完全に頭部が露出する。

 恐ろしい、虫の異形の化け物の顔が現れる。


「貴様も、もう眠るがいい」


 振り下ろした大剣の刃が、『蟲壺』の頭部を叩き潰した。

 ランベールは周囲を見回す。

 まだ生きていたはずだった『増魔蟲』が静かに動きを止め、蹲っている。

 呪いの術者が死んだために絶命したようだった。


 ランベールは大剣を背負い直し、兜を被り、『蟲壺』の死骸を背に駆け出した。

 恐らく、聖都に残る異端審問会の四大聖柱も、『笛吹き悪魔』の八賢者も、地下から逃げるゼベダイ枢機卿を巡って行動を始めている。

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