第十六話 地下迷宮の主②
「さて、これで簡易登録は完了だ。これからは一応私の部下になるということだが……悪いが、さっき述べた通り、『精霊の黄昏』は近い内に移転を予定しているのでね。どれほどの付き合いになるのかはわからないが……腰掛けくらいの軽い気持ちでいてくれ」
登録が完了し、これでランベールは『精霊の黄昏』の一員となった。
期間については端から気にしてはいなかったので、問題視はしていなかった。
適当に情報さえ集められれば、折を見て姿を消すつもりである。
「依頼書は掲示板の方に貼ってあるが……優先してほしいのは、グリム・ケットの毛皮集めだな。まずはフィオナ達と同行してこの依頼を達成してほしい。盗賊を仕留めたというお前さんには、少々簡単すぎる依頼だとは思うがね」
ケットというのは猫の魔物のことである。
大きさは種類によって大きく異なり、グリム・ケットは人間よりも一回り小さい程度である。
黒い艶のある毛皮を持ち、牙は彪のように鋭い。
危険度は子鬼級であり、単体であればフィオナとロイドが囲めば安全に対処が可能な相手である。
ランベールもグリム・ケットについては充分に知っていた。
生前でも目にしたことがあった。
(冒険者というから何かと思えば、子供の使いのようなことをやらされるのだな)
一般冒険者にとってはちょうどいいレベルの仕事ではあったのだが、ランベールにとっては肩透かしだった。
「グリム・ケットということはアインザス地下迷宮ですね」
フィオナが尋ねると、ジェルマンは軽く頷いた。
「ああ。最近ウチと提携した例の商会が、グリム・ケットの毛皮を集めていてな。多ければ多い方がいい。それから……そっちの、ああ、ランベール。お前の実力を把握しておきたいので、適当な魔物を討伐して、そいつの身体の一部を持ち帰ってきてくれ。地下迷宮には、様々なランクの魔物が存在するのでな。実力を確かめるには、ついでとしてはちょうどいい」
「アインザス地下迷宮について聞いておいてもいいか?」
「それも知らないのか……」
ジェルマンは溜め息を一つ挟み、ランベールへとアインザス地下迷宮についての説明を行ってくれた。
アインザス地下迷宮は百年以上前に造られた施設であり、用途等は今では一切不明となっている。
ただ僅かに残された暗号化された書類や魔法具から、八国統一戦争時の魔導研究所だったのではないかという見方が一般的である。
魔力場が歪んでいるのか珍しい魔物が多く生息する上、階層によって魔物のランクが大きく異なるため、狩りとしてはちょうどいい場所となっている。
地下四階層に降りてすぐのところに恐ろしく強い魔物がいるため、それより下の階層についての情報はほとんどない。
その魔物は『黒い影のような形を変える魔物』ということしかわかっておらず、その魔物が地下四階層にある何かを守っているのではないかと噂されている。
「そして、お目当てのグリム・ケットは地下二階層にいる。グリム・ケットの毛皮は、丈夫な上に気品があると人気でな。もし他所のギルドとかち合ったら……まぁ腹が立つこともあるだろうが、必ず退いてくれ。『精霊の黄昏』は、影響力の低い新参ギルドだからな。ああ、でも『子鬼の巣窟』の奴らはウチと大差ないくせに、やり口が汚くて面倒臭いから、つけあがられそうなら多少は抵抗の意思を見せておいた方がいいが……まぁ、その辺りの判断はフィオナに任せてくれ」
「…………」
ふとランベールは、加入してしまえば『精霊の黄昏』に迷惑を掛けてしまうのではないかと考えた。
ランベールとしてはギルドで情報収集を行った後、最悪の場合はオーボック伯爵を斬るつもりでいる。
オーボック伯爵がレギオス王国の癌となっているのであれば、見過ごすわけにはいかない。
しかしその際、無関係な人間まで巻き添えにしていまうというのは、ランベールの信条に反する。
ランベールがしばし黙って考え事をしていると、ジェルマンが笑いながら言った。
「安心しろ。いざというときは、どうとでもシラを切るさ。大手ギルドならともかく、弱小ギルドならそんなもんだ」
「ジェルマンさん、そのような言い方は……」
「……恩に着る」
フィオナはジェルマンの直接的な言い方に難色を示したが、ランベールは小さく頭を下げて礼を述べた。




