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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第十八話 聖都陥落②

 ランベールが聖都を駆けて『増魔蟲』を討伐して回っていると、遠くから轟音が響いて来た。

 目前の『増魔蟲』を叩き潰したところで足を止め、顔を上げてやや離れたところを睨む。


 建物が倒壊し、地中に現れた砂の渦へと吸われていく。

 その後、渦の中央より、十ヘイン(約十メートル)を超える巨大な怪虫が現れる。


 怪虫の外見は薄い茶色であり、身体全体に無数の人面疣の様なものが膨れ上がっている。

 大量の触手が身体から伸びており、その先には串刺しにされた異端審問会の魔術師の姿も移っている。

 すぐに怪虫の姿は燐光へと変わり、地中の渦を残して消え去った。


(こそこそ動き回っていたと思ったが、ようやく尻尾を出したか。やはり、生きていたようだな)


 『蟲壺』はランベールの前で一度、儀式『餓壊暴蟲の餐』によって飢える破壊者アバドンを召喚していた。

 アバドンとはまた異なるようだったが、『蟲壺』が聖都中に巻いた『増魔蟲』の死骸を生贄に呼び出した、別の蟲界の高位精霊に間違いなかった。

 『蟲壺』は亡骸を残していたはずであったが、やはり何らかの手段で『血霧の騎士』が時間を稼いだ間に生き延びていたのだ。


 『真理の紡ぎ手』ことシャルローベの様に、あの男の身体がただの憑依先だったという線もあり得る。


(……だが、タネさえわかっていれば追い詰めるのは難しくないはずだ)


 実態の不確かな相手であれば、殺しきるための条件は厳しい。

 電離マナの塊であるシャルローベに対しても、ランベールは逃げられないためにかなり婉曲な手を打つことを強いられた。

 しかし、今回に限っては、『血霧の騎士』と自身を称した黒鎧の男がわざわざ時間を稼ぎに出てきたことからして、『蟲壺』が身体を脱する際に隙を晒す必要があることは容易に想像できた。


(今度こそ、奴の息を止めねばならぬ。これ以上『蟲壺』が暴れれば……誰一人として、ここから逃げ出すことはできぬ)


 ランベールは大剣を抜き、蟲界の精霊が現れた方角へと駆け出した。

 目標の地点に辿り着いたとき、そこは他の地よりも『増魔蟲』塗れになっていた。

 床には夥しい数の死体がばら撒かれ、あちらこちらに無残な人間の死体も散らばっていた。


「…………」


 ランベールは静かに周囲を見回す。

 アンデッドの感知能力が、『蟲壺』の強力なマナを感じ取っていた。

 だが、『増魔蟲』の中に長い触角を持つ真っ赤な亜種が存在しており、それが妙なマナを発して感知を阻害しているらしく、正確な場所は掴めない。


 『蟲壺』も建物の倒壊で居場所がランベールに察知されたと考え、逃げるよりも迎え討つことに決めたらしかった。


「どなた、か、どなたか、いるのですか……?」


 ランベールは不意に聞こえて来た声に意識を向ける。

 『増魔蟲』の残骸の中に女性が倒れていた。

 目玉を『増魔蟲』に喰われたのか、両目の穴からは血が流れていた。

 恐らく、既に『増魔蟲』に卵を傷口や口から体内に入れられ、幼体の巣にされている可能性が高い。

 怪我も深く、助かる見込みがあるようには思えなかった。


「……お願いします、どうしても、お頼みしたいことがあるのです」


「悪いが、手が空いていない。だが、心には留めておく」


「娘が、娘が、すぐ近くにいるはずなんです。お願いです、彼女を、彼女を連れて行ってください」


 ランベールは『増魔蟲』の死骸の山に目を向け、一歩近づいた。

 この中にいたとして、到底助かるとは思えない。


「……ああ、気を失っているようだが、無事だ。引き受けよう」


 ランベールがそう口にした瞬間、女性が急に跳ね起き、口から緑色の毒々しい、巨大百足を吐き出した。

 大剣の刃で受けて百足を斬り、続けて踏み込みながら刺突を放つ。

 女は横に跳んだが躱しきれず、大剣の刃が彼女の左肩を大きく抉った。

 血肉が舞い、肩の骨が露出し、辛うじて腕がぶら下がっている様な形になる。

 しかし、女の顔には狂気染みた笑みがあった。


「ハッ、お優しいことだな。だが、謀略には案外弱いらしい」


 女性の顔つきが一変する。


「やはり、お前が『蟲壺』だったか」


「やはりだと? 負け惜しみもいいところだぜ、がっかりさせるなよ。そうわかっていたのなら、今の瞬間に、躊躇いなく俺の胴体を斬りにかかるべきだったな。そうしていれば、腕じゃなく、もっと別の場所も狙えただろうよォ」


 女は、いや『蟲壺』は笑いながらそう言い、抉られた左腕を逆の手で掴み、引き千切って地面へと投げ捨てた。


「確信がない限り、民を無下にする様な真似はできぬ」


「ハッ、あの時代を生き抜いた割には、随分と甘ちゃんなんだなァ、アンタ。それで俺を殺す機会を逃し、被害を増やしていくのさ」


「だが、そうはならぬ。貴様はここで死ぬ」


 ランベールが大剣の先端を『蟲壺』へと向ける。

 剣に圧されてか、言葉に圧されてか、『蟲壺』の顔から笑みが失せる。


「守る者の弱みなど承知の上だ。だが、それを背負ってなお、理想を押し通す義務が四魔将にはあった。貴様らの様な輩と同じ目線で戦っているつもりはない」


 少しの沈黙を挟み、『蟲壺』が口を開く。


「いいねェ、四魔将様は。俺にはないものを持ってやがるよ」


 『蟲壺』が口の端を歪め、これまでの様な茶化す様な道化の笑みではなく、静かに笑った。

 そこには死してなお揺らがぬ、強大な信念に対する憧憬があった。


「だが、ちょっとばかり俺のことを甘く見過ぎていたな。『血霧の騎士』に助けられたのは、笑っちまうくらい最高に格好悪かったが……もう、アンタに対しては一分の隙も作らねェ。気づいてるかは知らねぇが、異端審問会の連中を殺すためにわざわざ召喚を行ったのは、準備を整えてたところでアンタを招くためだ」


 『蟲壺』の顔面に血管が細かく浮かび上がり、恐ろしい形相を形作る。


「アンタを迎え討つために『増魔蟲』の死骸の山を用意しておいた。ここなら好きなだけ高位の精霊を召喚できるってことさ。それに俺にはまだ、とっておきって奴がある。見せてやろうじゃねぇか、ヒュード部族の呪術の真髄をよォ」

今回はキャラが多くて混乱している読者さんがいたので、ちょっと陣営ごとに纏めておきます。


【笛吹き悪魔(八賢者)】

『血霧の騎士』:ランベールに斬られ負傷

『蟲壺』:生存

『亜界の薔薇』:不明

『王女と騎士』:生存


【異端審問会(四大聖柱)】

シモン:不明

ヨハン:地下通路へ移動

マタイ:『王女と騎士』により死亡

フィリポ:『蟲壺』により死亡

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