第十五話 聖都襲撃⑨
「騎士として名乗ろう。我は『笛吹き悪魔』の八賢者が一人、『血霧の騎士』だ。今はそれ以外の名を持たぬ」
黒鎧の大男は、ランベールへと巨大な剣を向ける。
剣も鎧同様に黒色の輝きを帯びていた。
ランベールにはそれらが、錬成金属、黒魔鋼を用いたものだとわかった。
八国統一戦争にてレギオス王国と争った国の一つに、ローラウル王国という国があった。
ローラウル王国は小さいが兵の士気が高く、また魔術が異様に発達していたため、国の規模の小ささを補い、戦うことができていた。
だが、運に恵まれなかったこともあり、結局は戦争初期に他の王国に挟まれる形で攻撃を受け、早々に他国にその全土を明け渡すこととなった。
その際に魔術の知識に関して大きな認識の差異があったため、ローラウル王国の優れた魔術の大部分は失われてしまい、今なお再現不可能になってしまっているものが多いとされていた。
黒魔鋼は八国統一戦争以前よりローラウル王国の一部で製法が伝わっていたものであり、高い強度を誇ることは無論のこと、装着者のマナを吸い取ることでその意思を反映した変形を可能とし、最大の利点として例え破損してもその場で自己修復する力を持つ。
だが、必要に応じて所有者のマナを吸い上げるその性質によって何人もの戦士を廃人にしており、呪具として恐れられいたため八国統一戦争においてはほぼ用いられていなかった代物だ。
「貴様は名乗りを返さなくてよい、元四魔将の亡霊よ。それ以上の名は、今の貴様には贅沢過ぎる」
「俺のことは知っているらしいが、随分と遠慮なく言ってくれるものだ」
ランベールはそう言い、『血霧の騎士』の背後に倒れる、先程自身の斬り飛ばした『蟲壺』の上半身へと目を向ける。
既に身体は動かず、死んでいる様に見える。
だが、『血霧の騎士』が彼を助けに来たと明言していた以上、この死体からまだ復活する方法があるらしいようであった。
「この場で二人共斬らせてもらう。『屍の醜老』、『笑い道化』、『真理の紡ぎ手』……そして貴様ら二人。それで残る『八賢者』は三人になる。貴様らの、その名を信じれば、だがな」
「そうはならぬ、元四魔将の亡霊よ。貴様に、これ以上の邪魔をさせはせぬ。この国の崩壊を待たずして退場するがよい。我は、あの御方に最も長く仕えており、あの御方の剣そのものでもある。これまで通り、容易く斬れるとは思わぬことだ」
『血霧の騎士』がランベールへと斬りかかる。
ランベールは刃を刃で受けて弾き、離れ際の刹那に右手を離して大剣を片手持ちに切り替え、左肩を前に突き出すことで相手の腹部を強引に狙った。
『血霧の騎士』が軽くその場で跳び、地から足を浮かせる。
ランベールの剛力の乗った刃が『血霧の騎士』の頑強な鎧を押す形となり、黒鎧に包まれた巨体が大きく後方へと退いた。
黒鎧は前方が僅かに破損したものの、中には達していない。
たちまち黒鎧の損壊した部位から煙が上がり、変形した金属が元通りの形を再現すべく動き、修復された。
「確かに本物らしい、よく見つけて来たものだ。その鎧といい、マキュラス王国のシャルローベといい、ベルフィス王国のヒュード部族といい、禁魔術組織の実態は、滅んだ王国の怨念の集まりというわけか」
両者共に接近し、再び間合いが詰められた。
ランベールの大剣と『血霧の騎士』の大剣の刃が打ち合う。
「そう思いたければ、思えばよい。だが、奴らを引き込んだのは、あの御方の目的を果たすために、統一戦争時代の魔術が役に立ったというだけのことだ」
「貴様ともう一人を除き、八賢者はただの戦力というわけか」
「……無駄話が過ぎたな、すぐ終わらせてやる」
『血霧の騎士』はランベールに大きく振り下ろした縦の剣を弾かれると、次は素早く円を描く様に持ち替え、横一線の剣を放つべく構える
だが、ランベールは素早く『血霧の騎士』の刃の側面へと鎧籠手を押し当て、速度が乗る前に初速を潰して弾く。
『血霧の騎士』は片手持ちに移行して大剣を逆側に移動させ、再び持ち方を変えて握り直し、ランベールへと刃を放つ。
ランベールは大きく下がったが、足に凶刃の一撃が掠めた。
膨大な重量を誇る大剣の一刃は掠っただけで並の鎧を粉砕する。
魔金の圧倒的な頑強性があるため見かけ上はダメージが通ってはいないが、内部には衝撃が伝わっていた。
「まともに剣を打ち合ったのは久々だ。だが……その剣は、やはりローラウル王国が透けて見える」
「元四魔将の亡霊よ、確かに大した剣だ。だが、今のでわかった。貴様は、時間さえかければ、この我ならば十分に対処ができる相手であると……」
『血霧の騎士』の右手の鎧籠手に切断面が入り、中の腕ごと地面へと落ちた。
「な、な……! この我が、剣の斬り合いで後れを取るとは……! 離れ際に、最小の動きで斬りかかってきていたのか!」
「俺に一撃当てることに躍起になり過ぎたな」
「……さすが、戦勝国であるレギオス王国最強の騎士と恐れられていただけのことはある。純粋な剣の腕だけでは、我では及ばぬ様だ。だが、目的は達した。この場は退かさせてもらおう。フフ……一つ忠告をくれてやる。我々相手に戦い続けるつもりならば、面白いものを見つけるかもしれぬな」
「なに……?」
『血霧の騎士』の落ちた鎧籠手が溶け出し、中に入っていた血塗れの腕が露になる。
腕が爆ぜ、赤い霧がその場に舞った。
血の霧が晴れた頃には既に『血霧の騎士』は立っていなかった。
(……逃がしたか。血のマナで、気配を辿るのを防がれたか)
ランベールは周囲を見回して『血霧の騎士』の痕跡を探すが、それらしいものは見当たらなかった。
(言葉で気を引いた後に、視界を潰して感知遮断、か。ベタな手口だ。あんな逃走を許すとは、俺もまだまだ未熟だな)
そう考えながら、『蟲壺』と名乗っていた男の死体へと目をやる。
分かたれた上半身と下半身のそれぞれに、増魔蟲が集り、彼の肉体を食し始めていた。
ランベールはそれらの蟲を大剣で穿ち、一体残さずに排除した。
後には増魔蟲に集られていた『蟲壺』の無残な死骸が残る。
到底、ここから蘇る様には思えなかった。
『血霧の騎士』が『蟲壺』の逃走を示唆していたことといい不気味だが、これ以上死体と戯れている猶予はない。
ランベールは最後に『蟲壺』の頭部を大剣の腹で叩き潰すと、また別の方面へと駆け出し始めた。




