第十四話 聖都襲撃⑧
「はぁっ!」
ランベールは少年、八賢者『蟲壺』へと大剣を振るう。
『蟲壺』は脱皮によってこれまで負っていた怪我がなくなり、更に小柄になり身軽になったためか、ランベールの初撃をあっさりと後方に身を退いて回避した。
だが、二撃目、三撃目と続くと、段々と刃に対する回避が遅くなる。
「いいのか? 俺の呼んだ『増魔蟲』が、またアンタの周囲を覆い始めているぜ」
ランベールは『蟲壺』の声を無視し、四振り目の剣技を放つ。
ランベールにとって『増魔蟲』が寄ってくることは大した問題ではない。
素早さがあるわけでも、牙が鋭利なわけでもない。
ランベールの魔金鎧を突破することはできない。
腕に当たれば殴り飛ばし、跳びかかられれば鎧で押し潰せばいい、それだけの相手である。
それは『蟲壺』にとっても同じことで、彼は『増魔蟲』を大した戦力とは考えておらず、『餓壊暴蟲の餐』を初めとした高位精霊の召喚を行う儀式を行うための生贄としか見ていない。
ランベールも警戒しているのは『増魔蟲』の死骸が集まることにより、もう一度アバドンを召喚する猶予を与えることであった。
ランベールの大剣の刃が、『蟲壺』の腹を掠めた。
彼の纏う黒い布が引き裂かれ、腹に一閃の傷が入り、血が舞った。
血に混じり、彼の傷口から蜂が這い出してランベールへと飛来するが、魔金の鎧に弾かれて潰れた。
「チッ、これ以上脱皮したら、身体能力を保てねぇのに……。この俺が、正面からの戦いでまったく攻勢に出れないとはな」
ランベールは足を僅かに屈め、大剣を突き出す様に頭への一撃を放った。
『蟲壺』は勢いよく頭を引いて回避しようとしたが、避け損なって剣身が僅かに頭に触れた。
「ちっ、だが、これくらいは……」
頭に浅い切り傷ができるだけ、のはずだった。
だが、ランベールは刃ではなく、大剣の腹側から彼の頭を殴り抜いていた。
掠めただけとはいえ、金属塊の重量とランベールの腕力が『蟲壺』の頭へと襲い掛かる。
「ぐぅ……」
頭部へのショックで『蟲壺』がよろめいた。
掬い上げるような軌道で大剣を放つ。
突如、『蟲壺』の背に蛾の羽が広がり彼の身体が宙に浮かび、凶刃の一撃を回避した。
「今のは危なかった……本当に、ああ、危なかった」
背に大きな裂け目が広がり、そこから巨大な蛾の化け物が姿を見せていた。
直接翼が生えていたわけではなく、巨大な蛾を背へと孵化させたようであった。
直に『蟲壺』の背から蛾は飛び立ち、彼の身体がランベールからやや離れたところに着地した。
「……貴様、若返って負傷を治すことができるのか」
ランベールが静かに立ち上がり、『蟲壺』へと問う。
『蟲壺』は少し無表情で止まった後に、口許だけで妖しく笑った。
「ああ、見ての通りだ。凄いだろ?」
「ならば、それをさっきを除き、最後に使ったのはいつだ?」
「あァ?」
ランベールが口にしたのは、年齢の問題による指摘であった。
『蟲壺』はフィリポの魔術から脱皮によって逃れて以来、十年程度若返っている。
更にはブラフか否かはわからないが、これ以上使えば身体能力を大きく落とす、とも零していた。
だとすれば十年分の年齢を対価に発動する自己修復能力ともいえるが、それならば、保険を掛けたがる魔術師ならば、高齢を保持したがるものである。
身体能力の問題だとしても、二十代の姿で抑えるのは危険過ぎる。
立て続けに脱皮を使用する機会に見舞われたとすればそれまでだが、『蟲壺』の多彩な戦い方はランベールから見ても十分に一流の戦士であり、簡単に身体を失うことは考えづらかった。
「どうだろうな、それよりも一つ俺から質問返しだ。なんで俺がアンタの問いに乗っかってやったと思う? 芸がなくて悪いが、儀式が整ったからだよ!」
辺りに巨大な魔法陣が輝き、大量の『増魔蟲』の死骸が黒い炎に覆われる。
「我が声に応え、蟲界より来たれ、飢える破壊者アバドンよ!」
再びランベールの目前に、人頭の髑髏を持つ巨大百足、アバドンが現れた。
その頭部の上に『蟲壺』が乗る。
「死ぬ気で逃げろよ? 殺す気で行くからよォ! ハハハ、捌いて見せろよ四魔将!」
ランベールへと人頭の髑髏が接近する。
ランベールは足の位置を整え、大剣を構え直す。
「おいおい、何考えてやがる? 自棄になったか、そうじゃなきゃ馬鹿になっちまったか?」
そして正面から、突進してくるアバドンの髑髏の中央へと大剣を突き出した。
大剣が髑髏へと僅かに突き刺さった。だが、止まるわけがない。
「準最高位精霊様に、人間如きが抗えるわけねぇだろうがああああああ! 消し飛べ四魔将!」
そのままアバドンの進撃が続く。
廃教会堂の床に巨大な溝を作り、そのまま壁をぶち抜いて外へと出た。
北側の壁が崩れ落ち、廃教会堂が半壊した。
「は、やりすぎちまったか」
アバドンの巨体が薄れて消え、『蟲壺』が地へと降りる。
着地したとき、彼の目前でランベールが大剣を振り上げていた。
「……あ?」
ランベールの振り抜いた大剣が、『蟲壺』の身体を上下に二分した。
彼の目には、驚愕と恐怖が宿っていた。
『蟲壺』の上体が地面に叩きつけられ、口から血反吐を吐き散らす。
切断面から、逃げ出す様に大量の虫が這い出していく。
ランベールはその内の数匹を足で踏み潰した。
「俺は、負けたのか……? バカな、まさか、アバドンの突進を物ともしないなど、あり得ない」
「まともに突進を受けたわけではない。剣越しに奴の頭に乗っていたようなものだ」
「……ば、化け物が、簡単に言いやがる」
ランベールは『蟲壺』の頭部目掛け、大剣を振り上げる。
だが、何者かがランベールの背後で着地した。
ランベールは振り返り、敵の振るう大剣を大剣で受け、そのまま体当たりへと持ち掛けて弾き、敵が足を崩した隙を突いて胸部へと突きを放った。
だが、同じく大剣の先端で受けられて仕損じ、互いに間合いを取り直す。
「そやつは我らの重要戦力でな、まだ殺されては困るのだ。元四魔将の哀れなアンデッドよ」
黒い鎧を纏う、ランベールに近い背丈の大男であった。
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