第十一話 聖都襲撃⑤
ランベールもハインス教会については下調べを行っていため、異端審問会の魔術師達の中にいる金髪の少女についても覚えがあった。
布で隠された目に、左右に括られた金髪の髪と、四大聖柱のフィリポと特徴が一致している。
フィリポは結界魔術の達人であり、マタイ以上に残忍な魔術師であるとアルバナからも聞いていた。
どうやらランベールよりも先にフィリポが『増魔蟲』の主を見つけ、既に交戦に持ち込んでいるようであった。
見れば廃教会堂の中に蠢く『増魔蟲』は、彼女達の対峙している青年を中心として動いているようだった。
ランベールは廃教会堂の内部を見回す。
状況を見るに、フィリポは四つの石像を頂点に持つ結界の内部に籠城し、確実に『増魔蟲』の数を削りながら、魔術による攻撃で一方的に青年を狙っているようであった。
結界の壁はフィリポ以外のマナを通さないらしい。
時折境界を跨ごうとした『増魔蟲』の身体が白化し、罅割れて死亡していた。
青年もどうせ通れないと踏んでか、攻勢に出る気配がない。
それに、フィリポの傍に控えている三人の異端審問会の魔術師も、魔術を使おうとする様子が見えない。
結界の境界を通じて干渉できるのがフィリポの他にいないのだ。
青年がフィリポの築いた結界のあるこの廃教会堂から逃走しないのは、どうやら一代目の『増魔蟲』を生み出す巣が、この廃教会堂の地下にあるからのようであった。
ランベールも、アンデッドの感覚で、地下に嫌なマナが渦巻いているのを感じ取っている。
青年は自分がこの場から離れ、フィリポ達に地下へ向かわれるのが嫌なようであった。
フィリポの視線が、青年からランベールへと移った。
「光よ、槍となれ!」
彼女の杖先から生じた光が槍を象り、ランベール目掛けて飛来した。
ランベールは身体を逸らしてそれを回避する。
光の槍は地面に突き刺さった後に消滅し、同時に新たな魔法陣を生み出し、強い光を発した。
「む……」
光に酩酊状態に近しい感覚を覚えたランベールは、床を蹴って退避した。
ランベールは光が去った後の、槍で穴が空いた地面の痕を睨む。
「アンデッドにはよく効くはずなのですが……相当強い未練をお持ちのようですね。しかし、大丈夫ですよ。この私、フィリポが、もっと、もっと救済してさしあげます」
フィリポの結界内に、三つの光の槍が浮かぶ。
ランベールは八国統一戦争の経験として多くの魔術を知っていたので、フィリポの口調からだいたい魔術の効果を察することはできた。
あの光の槍は衝撃を受けると形を失い、その際に次の、周囲のマナの流れを乱雑にする魔術を発動するのだ。
存在自体をマナに依存しているアンデッドには、それだけで致命傷となり得る。
「……今は、そこのヒュードの虫男を優先したかったのだがな。貴様らは、聖都に徒を成す者を処分することが最優先なのではないのか?」
「ほう、ヒュード部族を知っているか、光栄なことだ」
青年が流血する頭部を手で押さえながら、青い顔でにっと笑みを浮かべ、軽妙な口笛を吹いた。
「私はどの方にも公平に救いの手を差し伸べさせていただきますよ。真に救われるべきなのは、身体や命などという低次元の話ではなく、その魂なのです。ハインス様もそう仰っております。そして魂の救済は、生まれや身分は当然の事、信仰や善悪にさえ囚われず、平等に万人に齎されるべきなのです!」
フィリポはそこまで言い、仰々しく両腕を掲げる。
「魔物に殺された者はその魂には救いがある! 私の出る幕ではありません! その点、あなた方呪われた魂にこそ、救済が必要なのです! 苦しんで、全てを後悔して死んでいただかなければ、永遠にあなた方は地獄に囚われることになるでしょう!」
フィリポの目隠しの布の下から涙が流れた。
八国統一戦争の間に様々な陰惨な光景を目にしてきたランベールではあったが、フィリポの演説にはさすがに少々驚かされるところがあった。
「……まさか貴様は、聖都の民を見殺しにしてでも、俺とあっちの男を嬲り殺しにするのを優先したいと、そう言っているのか?」
フィリポが不思議そうに首を傾げる。
だがそれ以上は何も答えず、静かに杖を降ろした。
三つの光の槍が、絶妙な速度差をつけてランベールへと襲い来る。
ランベールは駆け、槍の生み出すマナの流れを乱す範囲から逃れる。
「ハッ、それと会話が通じると期待していたのなら、残念だったな。手を貸せとは言わないが、ちょっと邪魔しないでくれねぇか? アンタの相手は、後でしてやろう」
青年がランベールへと言う。
ランベールは再び背後のフィリポへと顔を向ける。
フィリポは意気揚々とした表情で、ランベールの背へと杖を向けていた。
新たな光の槍が浮かんでいく。
ランベールは前に向き直ると、青年へと大剣の先端を向けた。
青年の顔が少し歪んだ。
「……どこの骨かは知らないが、アンタも相当に物分かりの悪い野郎だな。揉み合ってたら、俺らが損だってわかんねぇかな? あー、後悔するなよ」
ランベールは背の槍を警戒しながら、青年へと接近する。
槍が放たれたのを音で確認するなり、一気に走る速度を引き上げた。
纏わりつこうとする虫は、剣で跳ね除けることもせず、ただ走るという動きだけで弾き飛ばしていく。
踏み潰された虫の体液が飛び散った。
青年は一瞬ランベールの速度に呆気に取られて動きが固まったが、慌ててランベールの攻撃に備えて構えを取った。
「俺を守れ!」
周囲を這いまわっていた『増魔蟲』が、青年の前に積み重なって壁となる。
「はぁぁああっ!」
だがランベールは、そんな壁はないに等しいばかりに、虫達にめり込むほどに接近した状態から、虫の壁諸共に青年を狙った大剣の一撃を放つ。
咄嗟に青年がその場に屈む。
彼の髪が数本、虫の残骸に紛れて散った。
「あ、危ねぇ、防戦がせいいっぱいじゃねぇかこれだと……」
「それは、貴様にとって許容範囲なのか」
「ああ?」
青年の左腕が、肩の部分から切断されて地に落ちていた。
先程の剣を避け損なっていたのだ。
「テ、テメ……」
青年がランベールを睨むために顔を上げる。
その顔目掛け、ランベールの魔金の重量が乗った蹴りが突き刺さった。
呆気なく後方に吹き飛んだ青年の身体が、巻き込んだ『増魔蟲』を弾き飛ばし、柱にぶつかって止まった。
「後悔などしない。貴様との戦いは、邪魔が入る前に終わらせてやる」
青年が、潰れた頭部のまま立ち上がった。
「面白いじゃねぇか、その鎧はガワだけじゃないらしい。だが、悪いが俺も、しぶとさには自信があるんでな……。こっからは様子見はなしだ、全力でいかせてもらうぞ」




