第十話 聖都襲撃④
ランベールは『増魔蟲』を潰して回りながらも、アンデッドの性質を利用し、奇妙なマナの動きを探していた。
アンデッドにはマナを感知する能力がある。
本来、生者を疎んで追い回すためのものだが、理性を保ったままアンデッドとなったランベールには、そのマナの機微からある程度までは対象の性質を絞ることができる。
要するに、相手が明らかに異端なものであれば、それを肌で感じ取ることが可能だった。
マナの感知は人間の魔術でも同じことが再現できるが、八国統一戦争時代においても高い精度のマナ感知を行えるものは限られていた。
ランベールのマナ感知はさほど広範囲に働くものではなかったが、『増魔蟲』を操る魔術師が潜む場所に見当をつけることはできていた。
聖都内を駆け回る『増魔蟲』の動きは一見法則性がない様に見えるが、マナ感知で全体の動きを俯瞰的に捉えれば、それらがある一方向から流れて来るものが多いことに気が付いた。
恐らくは、そこで現在なお新しい『増魔蟲』を生み出し続けている者がいるのだ。
後はこの方向へと向かい、マナ感知で『増魔蟲』の主のマナを捉え、答え合わせを行うだけである。
ランベールは一度立ち止まり、首を動かして周囲の遠くを確認した。
少し、妙なマナを二つ感知したのだ。
片方はさほどマナの強くない連中が、固まって聖都の中央を目指しているようだった。
どうやら地中で動いているらしい。
恐らく地下通路があるのだろうと、ランベールは結論付ける。
(しかし、妙だ。このマナでは『笛吹き悪魔』の魔術師ではなさそうだが……なぜこの異常事態に、逃げずに中央を目指している? 何かを取りに向かっているのか、それとも地下の方が安全だと考えたのか……情報がなさすぎて、なんとでも考察できる。時間が許すのならば、確認に回った方がよいのだろうが……)
もう一つは視界に捉えることができた。
数十にも及ぶ、教会が天使と呼ぶ光界の精霊の群れが、剣を持って『増魔蟲』の討伐に当たっているのだ。
炎を扱うことはできない種類の精霊らしく、『増魔蟲』はランベールと同じく斬って放置であったが、無論いないよりはマシである。
恐らくはランベールと処刑場で顔を突き合わせた四大聖柱の一人、マタイによる精霊の剣士の大量召喚であった。
ランベールとしても『増魔蟲』の討伐はありがたいのだが、一つ懸念があった。
ああ大っぴらに大量召喚など行っていれば、敵から優先的に目標にされることは必然であった。
相手の『増魔蟲』は動きが読み辛く、マタイの精霊よりも遥かに数が多い。
だが、マタイの精霊は『増魔蟲』に比べれば数が少なく、『増魔蟲』を狙って討伐するという意志を以て動いているため、召喚元の位置が把握されやすい。
マタイの元へ刺客が送り込まれる可能性が高かった。
(……無論、あのマタイは気に喰わない男ではあった。やり口の汚さと残虐性は無論のこと、明らかに嗜虐性もあり、本人の人格も幼稚であった。しかし、ここでマタイを放置して死なせれば、『笛吹き悪魔』による聖都の被害は跳ね上がるだろう)
精霊の大量召喚を可能とするマタイは、対『増魔蟲』に限っていえばランベール以上の働きをする。
ランベールには現時点で三つの選択があった。
『増魔蟲』の主の討伐と、地下通路の確認、そして四大聖柱の一角であるマタイの護衛である。
ランベールはどれも放置しては置けない問題であり、一つを優先すれば他の二つを取れなくなるだろうという直感があった。
元々、マタイの護衛は異端審問会の善悪を問うというランベールの本来の目的に則しており、一時的に彼らと協力関係を結ぶ取っ掛かりにもなり得た。
地下通路問題は、ランベールが把握できていない聖都内の重要情報が水面下で動いていることを示唆している。
「……」
ランベールは大剣を強く握り直し、再び走り出した。
向かう先は『増魔蟲』の湧き出している方角である。
三つの選択肢から優先したのは『増魔蟲』の主の討伐であった。
他の二つも重要ではあった。
それに主を倒したからといって『増魔蟲』がぴたりと止んでくれるわけでもないのだ。
ただそれでも、『増魔蟲』を生み出したヒュード部族自体があまりに危険であると判断したのだ。
ヒュード部族の秘術を継いだ者だとすれば『増魔蟲』だけで終わってくれるはずがないのだ。
なにせ強国が滅ぶ最大の要因となった連中であった。
その性質を恐れた敵国の将軍が関係者全員の処刑と書物の焼却を厳命したほどである。
あまりに異才な彼らの力が自国に牙を剥いたのは、単に偶然でしかない。
凶悪過ぎるが故に制御の利かない彼らの呪術の矛先が、偶々自身の国のを貫いただけなのだ。
彼らは一国をあっさりと滅ぼすだけのポテンシャルを秘めていた。
後回しにしていれば、どんどんと事態が悪化していくことは容易に想像がついた。
ランベールは『増魔蟲』の湧き出している、崩れかかった古い、大きな教会堂を見つけた。
穴の空いた壁からどんどんと大きな虫が這い出していく。
アンデッドの感知能力が、中に複数の人間のマナが存在していることを彼に教えてくれた。
「……多対一、というわけではなさそうだな」
教会の一角が爆ぜ、大きな穴が空いた。
そこから焦げた虫の死体が転がっていく。
既に内部で交戦中のようであった。
ランベールは行く手を阻む『増魔蟲』を斬り殺し、刃の腹で掻き分けながら廃教会堂の前へと向かい、外れかかった大きな扉を叩き斬った。
廃教会内部には大広間が広がっており、異端審問会のローブと被りものをした連中と、細身の青年が向かい合っていた。
異端審問会の周囲には四つの石像が置かれており、石像を頂点とした四角の光の壁に守られているようだった。
呪いから守る結界らしく、辺りを這う『増魔蟲』は、結界を跨いだ瞬間に身体が黒くなり、動かなくなっていた。
異端審問会の連中の中には、明らかに他の者と異なる恰好をした背の低い、金髪の少女がいた。
被り物はしていないが、目には目隠しの布が巻かれており、布には瞳と図形が合わさったハインス教のシンボルが描かれている。
「ただでさえ苦手なタイプの敵だっつうのに、例のイレギュラーが援軍か。本当についてねぇ」
細身の青年がうんざりした様に口にする。
既に重傷を負っているらしく、片目が潰れており、頭から血を流している。
足も折れているようだった。
「先程からこちらへと向かってきていたアンデッドのようですね」
少女はランベールの方を見ず、声を掛けて来る。
「お二人同時にどうぞ、そちらの方が早く済んで楽ですので。急ぎのため略式とさせていただきますが、どちらの方にも救済を与えて差し上げましょう」




