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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第九話 聖都襲撃③

 ヒュード部族の『増魔蟲』の性質は、とにかく増えることにある。

 特に訓練を積んでいない大人でも、武器さえあれば殴り殺すことは可能である。

 恐ろしいのはその繁殖力と、成長速度の高さにある。


 呪術によって造られた『増魔蟲』は、充分な餌さえあればたったの数分で幼体から成体へと成長し、半ヘインから一ヘイン程の大きさへと育つ。

 大きさに差異があるのは、得られた栄養の違いである。

 基本的に何でも餌として喰らってしまい、噛みついた相手の体内に卵を埋め込んで内側から喰い荒らさせ、幼体が育つための餌にしてしまう。


 あっという間に育った『増魔蟲』は新たな卵を産み、どんどんと規模を増やしていく。

 ただし、『増魔蟲』は代を跨ぐことに繁殖力、成長速度が下がっていくため、無限に増え続けていくわけではない。

 大惨事にはなるが、いずれ成長速度が鈍くなり、処理されていくことになる。


 だが問題なのは、呪術師が直接手掛けた一代目の『増魔蟲』の数である。


「聖都攻略の武器として用いるつもりであれば、最初から相当数の『増魔蟲』を用意していたことは間違いない……」


 とにかく急いで数を削る他なかった。

 一体倒すことが、そこから生まれるはずだった『増魔蟲』を百体倒すことに繋がる。

 逆に言えば、一体取り逃がせばそれは百体近い虫を生み出すことに等しい。


「……貴様らは後回しだ、運がよかったな」


「に、逃げるつもりか、アンデッドめ……」


 ヨハンが罅割れた仮面を押さえながら、立ち上がる。


「気づいていたか」


 ランベールは退屈そうに言い、地上へと目を向ける。


「貴様らの都だろう、貴様らが守れ。あの『増魔蟲』を一体でも多く、潰さなければならない。ここの住民が全員虫の餌食になるぞ。アレは『笛吹き悪魔』の持ち込んだ呪物だ。元の数次第のところもあるが、可愛らしいものではないだろうな」


「…………」


 ヨハンが黙る。

 ヨハンとしても、ランベールが如何に不吉な存在であるとしても、この異常事態を優先すべきなのはわかっていた。

 ランベールが下へと降りる階段へと向かう。


「穢れたアンデッド風情が、生者の我々に口出しなど……! 炎よ、虎となれ!」


 ヨハンが魔術で虎を模した形の炎を生み出し、ランベールへと突進させた。

 ランベールは振り返ると同時に仕舞い掛けた大剣を抜き、虎を斬って炎を四散させた。


「……忘れるな、全てが終われば、そのときにまた貴様らを見極めに来る。今のところ、俺はほぼ、答えを翻すつもりはない。此度の騒動で貴様らがどう動くのか、しかと見させてもらう」


 ランベールが強烈な瘴気を放つ。

 ヨハンは後方へよろめき、その場に尻もちを突いた。


「……馬鹿な、魔術で精神の安定化を行っているこの私が、恐怖など」


 ヨハンが小さな声で呟いた。


 その後、ランベールは聖都内を駆けて『増魔蟲』を斬って回った。

 確実に行動を封じるために、頭に狙いをつける。

 同じ『増魔蟲』に二度も大剣を振るっている余裕はないのだ。

 効率的に、一体でも多くの『増魔蟲』を殺さなければならなかった。


 だが、斬りつけて殺した死骸の上に別の『増魔蟲』が跨り、腹へと喰らいつき、卵を産み付け始める有様だった。

 頭を貫かれたはずの『増魔蟲』が生きながらえており、自分の身体を元に産卵を始める場合もあった。

 恐ろしい生命力である。

 辺りには、身体を喰い破られた聖都の民の姿も見える。


「……やはり、これではキリがない」


 ランベールが呟いたとき、遠くから妙な響き方のする、馬の嘶く様な声が響いた。

 次にまた新たな悲鳴が聞こえて来た。

 首のない黒馬、ナイトメアが駆けつけて来たところであった。

 聖都から離れたところで待機させていたのだが、異常事態と見て駆け付けて来たらしい。


 ランベールはナイトメアに跨って大剣を振るい、周囲の『増魔蟲』を殺していく。

 だが、倒した『増魔蟲』がすぐにまた別の『増魔蟲』の餌となっていく。

 時間が経つにつれて周囲には『増魔蟲』の死骸が散らばり、段々と避けて歩くのも面倒になっていった。


 ランベールは近くの悲鳴を拾う。

 アンデッドのマナを感知する力を用いて、その場に複数名の気配が留まっていることを確認し、すぐにそちらへとナイトメアを走らせる。


「ひい! ああ、ああ、何だって言うんだよこれは……!」


 頭の禿げあがった教徒のローブを纏う男が、二人の子供を庇う様に抱きながら震えていた。

 近くで人の死体を喰らっていた『増魔蟲』が、彼らへと関心を向け、多脚を蠢かして彼らへと向かっていく。


「か、神よ、お救いください!」


 ランベールは大剣を投擲し、その『増魔蟲』の頭を跳ね飛ばした。

 恐ろしいことに、頭部を完全に失った『増魔蟲』だったが、脚がぴくぴくと左右に揺れていた。

 男と子供が顔を上げる。


「か、神……」


「残念ながら、俺は神とは程遠い。ここの奴らに言わせてみれば、悪魔とさえ罵るだろう」


 ランベールはナイトメアに乗ったまま、地に突き刺さった大剣を引き抜いた。

 男は呆然とランベールと、彼の頭部のない愛馬のナイトメアを見る。


「え、え……?」 


「……悪いが、誘導している余裕はない。少しばかりこの辺りの『増魔蟲』を散らしてやるから、子供を連れて走れ。戦え、脅えるな。頭を棒で突けば、奴らは動けなくなる。すぐにここから離れろ、これからどんどんと増えていくぞ。今ならば、まだ逃れられるはずだ」


 ランベールはその場の『増魔蟲』を排除して回った。

 男はそれに乗じて、近くにあった折れた木の棒を拾い上げ、子供を連れて走って逃げて行った。

 だが、彼らが逃げ切れるのかどうかは、ランベールにもわからなかった。


(……他の犠牲を防ぐため、目前の者を見捨てねばならないこともある。その境界を独断で決めて裁くのは、傲慢なのかもしれぬな)


 異端審問会の蛮行を目にしてから、自身に問い続けている問題であった。

 ランベールは自身の潔癖が己の死を招いた一端でもあったのだと考えていた。

 それにこの場合はもっと単純に、下手に彼らを倒せば『笛吹き悪魔』への最後の砦を失いかねない、という懸念もあった。


 遠くに、異端審問会の魔術師達が『増魔蟲』の死骸を焼いて回っているのが見える。

 ある程度『増魔蟲』の性質を掴んでいるらしく、卵を確実に潰し、餌である死骸を残さないようにしているようだった。


「……俺も、真っ当な魔術が使えればよかったのだがな」


 ランベールは溜息を吐き、また別の場所へと向かった。


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