第七話 聖都襲撃①
「……ああする他になかったが、これは少々不都合かもしれんな。もっと良い手があればよかったのだが」
ランベールは呟きながら、聖都ハインスティアを駆け回っていた。
後から異端審問会の魔術師達十人近くが追いかけて来る。
盲目の詩人アルバナの知人らしい集団にディベルト男爵家の娘を預けた後、ランベールは彼らがこの都市から逃れやすい様に、都市の反対側で敢えて異端審問会へと姿を晒して彼らの気を引いていた。
彼らはランベールとほぼ同時に建物を出たため、成功していればすでにこの都市を脱しているはずであった。
少々予想外だったのは、彼らのしぶとさである。
適当に撒いて隠れ、また情報収集を再開するつもりだったのだが、何度振り切ってもどこからともなく異端審問会の連中が現れ、ランベールの行く手を遮った。
とうにランベールが処刑の場で四大聖柱の両腕のない男、マタイを蹴り飛ばしたことが都市全体に知れ渡っているようだった。
「炎よ、焼き払え!」
おまけに異端審問会の魔術師は都市内だというのに、ランベール目掛けて容赦なく魔術で炎を嗾けてくる。
この聖都は魔術の腕が立つ者が多いらしく、燃え広がらないように他の魔術師が水を操って消火を行っているようだったが、それでも一歩間違えれば聖都の住人に被害が及ぶ戦い方である。
「仕方ない、情報収集を行ってから、もう少し本格的に動きたかったのだがな」
ランベールが彼らを振り返り、大剣を抜く。
「あまり手段を選べる状況ではなくなってしまったようだ。悪いが、ここから先はこちらも少しばかり荒っぽい手段を取らせてもらうぞ」
そのとき、ランベールから大きく離れた建物の屋上にて、大きな巨人が現れた。
身体は陶器の様に白く、顔は三つ並んでおり、そのどれもに大きな穴がぽっかりと空いている。
下半身はなく、上半身が浮かぶ。
以前にテトムブルクでも見た、巨大な光界の精霊であった。
その精霊の前には、召喚術師である仮面をつけた男も立っていた。
「ヨハン様がきてくださった」
「大天使様も降臨なされている」
異端審問会の魔術師が静かに口にする。
彼らの顔は被りもので隠されていて目にすることはできず、口調も淡々としたもので感情の色は窺えない。
精霊を目にした一般教徒や聖都の住人達は、顔を真っ青にしてこの場から走って逃れていく。
「まさか、この都の中央であの魔術を放つつもりか……?」
ランベールが口にしたとき、空高くに、赤々と燃える巨大な十字架が浮かび上がった。
ランベールは走り、ヨハンと呼ばれていた男の元へと駆け出した。
遅れて熱せられた巨大な十字架が、彼のすぐ背後に突き刺さる。
「その魔術が当たらないことはあの廃都で実証したと思ったが、まだ足りなかったらしいな」
ランベールはヨハンとテトムブルクで顔を合わせ、逃げ出した被検体にされていた子供達や、組織に組み込まれていたアルアンテを逃がすために既に一度戦っていた。
その際には居合わせた部下を全員戦闘不能に追い込まれたヨハンが逃走したことで戦いが中断されていた。
「……ちょうど、捕虜を取って動くしかないと考えていたところだった。いいだろう、もう一度相手をしてやる」
ランベールが逃げ出していたのとは正反対に走り出し、ヨハンの元へと向かう。
「こちらに来る。火牛棺の陣で迎え撃つ」
異端審問会の魔術師の一人が、他の仲間達へと告げる。
他の魔術師達は素早く動き、間隔を開けて円の弧を描く様に二列に並んで陣形を組み、彼を迎え討とうとする。
「土よ、変形せよ!」
後列に並んだ三人の魔術師達が、同時に声を揃えて杖を掲げる。
舗装された道が大きく捲れ上がり、そのままランベールを呑み込もうとする。
高速で動き回るランベールの動きを確実に止めるための、大規模な檻だった。
土の牢獄は素早く球状へと変わる。
前列に並んだ三人の魔術師達が走り出し、杖を土へと押し当てた。
「炎よ、満たせ!」
土の牢獄が、内部から赤々と輝きを帯びる。
異端審問会の魔術師は、元々強敵との戦いに備えての戦術を編み出し、日々訓練を積んでいた。
「恐ろしい化け物だった。まだ生きているかもしれない、このまま警戒を続け……」
そう口にした異端審問会の男の後方に、ランベールが立った。
彼が振り返るより先に、側頭部を籠手で弾く。
呆気なく弾き飛ばされた男は身体を地面に打ち付け、動かなくなった。
続けて、左右の二人を素早く蹴り飛ばし、先にいるヨハンの元へと駆け出した。
この時点で何が起きたのか、正確に把握できている者は異端審問会の中にはいなかった。
肉体的にも精神的にも訓練を積んでいた彼らだったが、ランベールから殴打を受けなかった者も呆気に取られ、その場に呆然と立ち竦んでいた。
地面が捲れ上がった際に、ランベールは舞った砂ぼこりや瓦礫を利用し、彼らの死角を高速で移動して回り込んでいたのだ。
この規模の魔術であれば確実に捕らえたはずだという思い込みが、そもそもあんな鎧を纏った人間が俊敏に動き回ることができるわけがないという至極当然の考えが、彼らの意識に隙を生じさせていた。
ランベールは剣の腕が凄まじく立つが、理想と誇りの高さ故に隙が多く、それだけでは八国統一戦争を生き延びることはできなかっただろう。
こと戦闘での立ち回りにおいては、多くのことを学び、昇華させてきた。
障害物や魔術の余波を利用して身を隠して動く立ち回りや歩術は、その中では基礎の基礎の戦術の一つであった。
ランベールは建物の屋上から自分を観察しているヨハンを睨む。
彼の背後に聳える大きな精霊も、三つある顔の空洞をランベールへと向けていた。




