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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第四章 聖都ハインスティアの祈り
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第五話 聖都来訪④

 大聖堂前の広場は騒然となっていた。

 悲鳴を上げ、次々に人が逃げていく。

 だが、集まっていた民衆の数が多すぎるため、お互いが邪魔となり、押し合って転ぶ人も出て大騒ぎになっていた。


 マタイが大きく背後へと跳び、台より降りた。


「おい、お前達も下がれ。こいつは我が相手をしてやる。少しばかりできるようだ、無用な怪我をするぞ」


 マタイが異端審問会の部下達へと命じる。

 彼らは頭を下げ、その場から下がった。


「貴様、何者だ? 『笛吹き悪魔』か? いや、それにしても、わざわざ大聖堂前で仕掛けて来る理由がない……」


「……あれだけのことを仕出かしておいて、よくも理由がないなど、宣えたものだな。本気で口にしているのならば、貴様は既に正気ではない」


「いいや、理由がない。弱小貴族の、それも何の力もない小娘を庇って我々に喧嘩を売るなどとほざくのであれば、正気でないのは、貴様の方であろう。どこの者だ?」


「やはり狂っているのは貴様だ」


 ランベールがマタイを睨み、大剣を構えた。


「多少できるようだが、勘違いをしてもらっては困るな。この我は、そこいらの魔術師とは次元が違うのだ! 天使を斬ったくらいで、いい気になるなよ」


 マタイが叫ぶ。

 口許の包帯が解け、唇のない口許が露になった。


「我が声に応え、光界より来たれ! 騎士天使フェン・メルクスの軍勢よ!」


 先程同様の、剣を持った光界の精霊が現れる。

 二十にも及ぶ精霊達が、台座を囲み、ランベールを包囲した。


「その小娘を庇って死ぬというのなら結構。確かに、貴様は強い……だが、相手が悪かったな。我ら四大聖柱は、既に人域を脱しておる。いくら剣の腕が立つとはいえ、果たしてこの数の天使を前にいつまで持つものか?」


 精霊達が一斉に剣を掲げ、その先をランベールへと向けて駆けて来る。


「さぁ、逃しはせんぞ……。戦いは数だ。また剣を振るってみせるがいい。その瞬間、別の天使が貴様を斬る。その小娘を連れ、逃げられるというのならば逃げてみせるがいい。できるものなら、な……」


 マタイが言い終えたのと同時に、彼の前方の精霊が真っ二つになって消失した。

 ランベールは大剣を構え、逆の手に娘を抱えたまま、マタイへと真っ直ぐに向かってきていた。

 精霊達がランベールに遅れて剣を振るい、宙を斬った。

 まるで間に合っていない。


「うっ……! なぜ、こっちに……」


 マタイが足を曲げ、後ろへと勢いよく跳んだ。

 だが、跳んだばかりのマタイの腹部へと、ランベールの足がめり込んでいた。

 蹴り飛ばされたマタイが、自身の跳躍と合わさって高く跳ぶ。

 腰、腹、頭を出鱈目に打ち付けて転がった。


 マタイは止まった後、身体を痙攣させながらも、足だけで器用に立ち上がった。

 背後へと跳んだ瞬間であったため、身体への衝撃が流され、致命傷には至らなかったのだ。


「や、奴を殺せぇっ! 悪魔……いや、化け物だ!」


「…………」


 ランベールは彼女を担いだままその場から逃げ出した。

 やろうと思えば、マタイを殺し返すことはできただろう。


 だが、ランベールは、異端審問会についてまだまだ知らない面が多い。

 先程の公開処刑についても、暫定黒ではあるが、そこにどの様な思惑と正当性があった末のことなのかは、外からの評価と自身の憶測でしかなかった。

 行動したのは、娘の命が懸かっていたために過ぎない。

 彼女から事情を知ることができるかもしれない、という打算もあったが、それは二の次であった。


 異端審問会をどう扱うべきかの判断は、まだ完全にはついていなかった。

 斬り捨てきれない一番の要因は、『笛吹き悪魔』に真っ当に対抗できる王国内唯一の組織という位置付けも大きい。

 下手に潰してしまえば、国の方が持たなくなってしまう可能性が高かった。

 『笛吹き悪魔』が単体で兵器となる魔術師を多数有していながらも、あくまでも水面下の行動しかこれまで起こしてこなかったのは、異端審問会の功績だと判断していた。


「大丈夫か? 少々手荒に扱うが、しばらく許してくれ」


 ランベールが声を掛けるが、返事はない。

 だが、微かに身体が動いたので、生きていることは間違いなかった。


 ランベールは追ってくる異端審問会の魔術師を、接近してくる者は当身で弾き飛ばし、魔術は剣と鎧で防ぎ、逃げ続けた。

 だが、魔術師達の追撃は速く、娘の身を案じながら逃げ続けるには、さすがのランベールとて少々手間取っていた。

 魔術で建物を崩し、その瓦礫でランベールを止めようとする者もいた。


「……少し、甘く見過ぎていたか」


 角を曲がった先に出たとき、ランベールの前にアルバナがいた。

 アルバナは建物の開いた窓を示すと、何かを訴える様に強く頷いた。

 ランベールはその指示を信じ、窓の中に飛び込むと、受け身を取って音を殺し、すばやくカーテンを閉めて内部を隠した。


 中には七人の、年齢層の違う男女がおり、呆然とランベールを見ていた。

 アルバナの様子から空き家か知人の家なのかと期待していたのだが、彼らの関係性さえ見えて来ない。

 ハインス教のシンボルの瞳の入ったローブを纏っている者もいるので、教会関連の者には違いないのだが、少々様子がおかしい。


「な、何者だ!」


「クソ、何がどうなって……!」


 杖を手に構え、殺気立った様に戦闘態勢を整えていく。


「…………」


 音に意識を向けてみる。

 足音や、扉の音は聞こえない。

 アルバナは、ここに誘導するだけして、別の場所へと逃げてしまったらしい。


 ランベールは少し考えた後、背の大剣の柄を握った。


「あまりこういう脅しは嫌いなのだが、仕方あるまい。動くな、しばらく匿ってもら……」


「……お、おい、まさかそれ、ディベルト男爵家の娘なのか?」


 彼らの先頭に立っていた男が、ランベールが担いでいる娘に目をつけた。

 他の者達が、まさか、といった顔をする。

 しばらく互いに目配せし合った後、各々に持っていた杖を置いた。


「……わかった、匿ってやる。だが、この場所はどうやって知った? その娘は、なぜ……どうやって、ここまで連れて来た」


「見るに堪えない場だったのでな。処刑場から、連れ出して来た。娘に少し、訊きたいこともあった」


「……言っていることが、さっぱりわからないな。処刑場には、異端審問会の連中がいたはずだ。四大聖柱の、マタイまでついている。連中を振り切ってここまで来れるわけがない。それに訊きたい事というが……そんなもの、彼女に答えられるはずがない」


 ランベールは彼の話し方に、引っ掛かりを覚えていた。

 ハインス教の教徒には違いないのだが、この地の守護者の一人であるマタイに対し、敬意を払っている様子がない。

 ランベールを反逆者と見て合わせている可能性も考えたが、それにしてもあまりに自然すぎた。


「この娘が、訊いても答えないと思うのは何故だ?」


「……降ろして、袋を外してやれ。安心しろ、隙を突こうなんてせこいことは考えない」


 ランベールは抱えていたディベルト男爵家の娘を丁寧に降ろし、頭に被せられた袋を丁寧に外した。

 額にハインス教の瞳の入れ墨が彫られており、眼球は抉り出されているらしく、瞼が空虚に窪んでいた。

 抉られたばかりらしく、まだ血が垂れている。


「……今回も、喉も毒で潰されてるだろう。いつもの異端審問会のやり方だ。万が一にも余計な事を喋られない様に、目と喉と、耳を潰しておくんだ。処刑場に立たされた時点でこうされていたのだろうよ。相変わらず、惨いことをする」


 ランベールは娘の顔へともう一度目を落とす。

 怒りとやるせなさがあった。

 それから無言で、籠手の手の甲を壁に打ち付けた。

 壁が窪み、建物全体が揺れた。


「……すまない」


 男はその殴打の威力に呆然としていたが、強張っていた顔を少しだけ崩した。


「……そうか、本当に何も知らずにここに来て、その力だけで強引にこの子を助けて逃げて来たのか。お前、いい奴だな。しかし、マタイの精霊の群れから逃げ切れたのは幸運だったな。その剛力は大したものだが、あれは力押しでどうにかなる相手じゃない」


 少し、沈黙があった。

 それから男が再び口を開く。


「お前、ここのことをどうやって知った?」


「アルバナという知人に案内された。お前達は、どういった集まりだ」


「…………」


 男が他の仲間達と顔を見合わせた後、ランベールへと向き直った。


「わかった、この子は、俺達に任せろ。なんとしてでも外まで逃がして、面倒を見る。それをこの子がどう捉えるのかは、わからないがな。お前も、その目立つ外見で、この子を連れて逃げるのは無理だろう」


「……む?」


 ランベールはその言葉に疑問を感じた。

 あまりに都合が良すぎるのだ。

 普通、見ず知らずの全盲となった娘を引き取ろうなどと、その場で即決できることでは到底ない。

 おまけに、異端審問会から狙われている彼女を逃がすのは、彼らにとっても人生の懸かった戦いとなる。

 いつまで逃げればいいのかわからない上に、捕まれば死ぬより恐ろしい目に遭いかねない。


 ハインス教会の異端審問会に対し、悪印象を抱いているのもそうである。

 そうであるならば、異端審問の本拠地であるここで生活をしている理由がないのだ。


「お、おい、お前、勝手な事を……」


「あの人がここに、この人を連れて来たんだ。これは、そういうことなんだろうよ」


 少し揉めていたようだったが、方針はほぼ固まっているようだった。


「……アルバナの知人なのか?」


「ああ、あの人のことは知っている。だが、あの人がお前に何も言っていないのなら、悪いが俺から勝手にあれこれというわけには行かないな」


「…………」


 追求すべきか、迷った。

 だが、ランベールはこれ以上は問わないことにした。

 アルバナは何かランベールに黙っていたようだったが、ここへ案内してくれたのは、間違いなく善意であったはずだ。

 そこに踏み込むのは無粋だ。


「わかった。俺もしなければならないことがある。彼女の面倒を見てくれるのならば、ありがたい。急に押し入って、脅す様な真似をして悪かったな。俺はもう、ここは去らせてもらう。助けられた」


 ランベールがその場から動く素振りを見せると、男はやや思案した後に、口を開いた。


「……一つだけ忠告しておこう。何が心残りかは知らないが、ここは、少しでも早く離れた方がいい。とんでもないことになるぞ」

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