第三話 聖都来訪②
「ここが聖都、ハインスティアか……。二百年前にはなかったところだ」
石造りの大きな門を潜り、ランベールが呟く。
当時からレギオス王国の領地ではあったものの、何か特殊な都市がある地、という位置付けはされていなかったのだ。
八国統一戦争が激しく、国境付近にその様な的となるような都市を立てられなかった、という事情はあるのだろうが、とランベールは考えていた。
ランベールはまず、街の雰囲気を知るために歩き回ってみることにした。
聖都ハインスティアは、白い石造りの塔が並ぶ街であった。
ハインス教のシンボルである瞳の入った黒いローブを纏っている人間が多い。
そうでない人も、派手な配色を避け、質素な衣服を纏っている様子であった。
落ち着いた雰囲気の――悪く言えば、少し陰気臭い雰囲気の都市であった。
立ち止まって周囲を見回せば、いつでも最低三つは、聖者や天使の石像を見つけることができた。
あまり前評判はよくなかったが、この街並みはランベールは嫌いではなかった。
「あのう、そこの御人。もしやいつぞやの剣士様では?」
声に振り返れば、若い女であった。
黄緑のスカーフに、赤に近い茶髪。
厚いマントから覗く、薄手の軽装。
手にしたやや大きめの琴は、本人が小柄であるために、余計に大きく見えた。
少し派手な彼女の恰好は、この地では少し浮いていた。
色素の薄い目が、柔和に細められた。
目の動きはややぎこちなく、感情を表現するため意図して動かしたものだとわかる。
都市バライラ近辺の森で出会った、盲目の吟遊詩人アルバナであった。
「奇遇だな、こんなところで会うとは」
「やはり剣士様でしたか! いえ、見間違い、改め聞き間違えであったらどうしようかと思いまして。もしも同じ鎧を纏った別の御方だったら、私には聞き分けられませんから」
「……他にはおらんと思うがな」
その後も、なんとなくランベールはアルバナと行動を共にして聖都を巡っていた。
ランベールは現代のハインス教や聖都ハインスティアについて疎かったため、アルバナにあれこれと訊き、知っている知識と擦り合わせて補完を行っていた。
「ということでですね、一昔前に比べれば、ここも開放的になった方なんですよ。この土地自体を恐れる人も確かに多くいるでしょうが、単に神秘的な像や街並みに憧れ、ここを訪れる私の様な人も、別段珍しいというわけではないのです。そのまま何かを感じ、熱心な教徒となる人もいらっしゃるそうですがね。異端審問会はハインス教団内の厄介者とも言われますが、最近に限れば別にそこまで毛嫌いされているというわけでもないのですよ。特に最近は、何がきっかけなのか、この地に移住するハインス教徒が増えているそうです」
「……なるほど」
「……とはいえども、余計なところに無断で入れば、生きては帰れないでしょうがね。旧聖堂なんかの奥では、禁魔導書の保管やら、人体実験やらをやらかしてるんじゃないかって話です。噂っていうより、もうほとんど暗黙の了解ですよ」
「…………」
「教会トップが背後にいるから、国も下手に文句を言えないみたいですね。この地を仕切っているのは司教、司教補佐からなる四大聖柱ですが、最高責任者として別にゼベダイ枢機卿がいますから。もっとも、彼はずっとこの地にいるわけではありませんが」
「あれこれと教えてもらって済まない」
「いえいえ、とんでもない! そう言っていただけて光栄なくらいです。……それに、剣士様には以前、一儲けさせていただきましたからね。いや、人気あったんですよ。街中が剣士様をモチーフにした噂話に溢れていていましたから。後は美味しいところを纏めて謡えば、次から次へと人が集まって来て……」
アルバナがひひひ、と口許を押さえて笑う。
アルバナの仕草や声の調子は、ややわざとらしいものが多い。
しかしそれは、目に感情が込め辛い彼女なりの工夫であることをランベールは初対面のときから感じていた。
「しかし、本当に奇遇であったな。まさかここで知っている者と顔を合わすことになるとは、思っても見なかった」
「もしかしたら、目的が同じなのかもしれませんね!」
アルバナが冗談めかした様に言い、舌を出した。
「因みに私は、ここならば何かインスピレーションを得られるかと思って来てみました。剣士様は、どの様なご用事でこちらの地へ?」
ランベールは周囲へ目をやる。
聞き耳を立てられていて、つまらないことで反感を買いたくはなかった。
自分一人ならばいいが、今では必然的にアルバナを巻き込むことにもなる。
「そうだな……見極めるためだ」
「んん?」
「異端審問会を、見極めるために来た。今回はあくまでもそれが目的だ」
アルバナは少し呆気に取られた様に口を開けていた。
彼女は、本気で驚いたときには目が動かない。
「それはまた、大きく出ましたね。いえ、剣士様らしいです。確かに異端審問会は、黒い噂もありますからね……。しかし、例の王国を騒がせている連中が長らく身を潜めていたのが、異端審問会の過剰とも思えるやり方への恐れが一因にあったことは、間違いないでしょう。彼らも決して、理由なく蛮行を振る舞っているわけではないのです」
「ああ、わかっている。だからこその見極めだ。俺はゼベダイ枢機卿とぜひ面会したいと考えている。組織の真意を測るには、頭から理念を聞くしかあるまい」
「ははは、なるほど。てっきり失礼にも冗談かと勘繰ってしまいましたが、そうですね、剣士様はそういう御方でいらっしゃいました」
アルバナが口元に手を当てて笑う。
「いやぁ、しかし、それは難しいのではないでしょうか。大聖堂に飛び込むか、移動の馬車を遮るか、祭事の場へ乗り込むしかないのでは? ……もっともどれも、異端審問会を怒らせることになるでしょうが」
「なるほど、馬車を遮るという手もあるか。人目の多過ぎる祭事の場や、大聖堂よりもいいかもしれない。参考にさせてもらおう」
「……本当にやるおつもりではありませんよね? いえ、本気で実行なさるおつもりであれば、このアルバナ、全力で応援し、後世に剣士様のご活躍を残せる様に吟遊詩人として奮闘させていただきますが」
 




