第二話 聖都来訪①
ランベールはラガール子爵領を脱し、他の貴族の治める領内の都市へと移動し、そこで情報屋を当たって情報収集を行っていた。
聞いた話によれば、王国はラガール子爵の親族を拘束して関連性の有無の確認を行おうとしたらしいが、どうやらそれより先に全員暗殺されてしまったようであった。
一人ラガール子爵の親族の中で行方を晦ましていた者がいたが、離れた地で斬られて死んでいた男がどうやらそうらしい、という話が出回っているそうだった。
逃走先で殺されていたのだ。
「……どの道、子爵家の取り潰しは免れなかっただろうが……王国兵団は、また面子を潰される形になったな」
古びた雑貨店で、ランベールは中年の店主と顔を合わせていた。
彼は名をレオンといい、雑貨店を表の顔に、情報屋を兼ねていた。
「恐らく、教会の過激派の仕業だろう」
レオンが声を潜めて言う。
「異端審問会か?」
ランベールが返すと、レオンがやや顔を顰める。
「大きな声で言わない方がいい。だが、そうさ。ゼベダイ枢機卿の飼ってる、狂犬共だ。この世で一番恐ろしい連中さ。俺は『笛吹き悪魔』なんざより、そっちの方がよっぽど怖いね」
「ふむ……そうか。だが、『笛吹き悪魔』からこの国を守る、最後の盾でもあるのだろう?」
「奴らを盾なんて言葉で例えるなんて、あんたセンスねぇよ。まぁ何にせよ、連中の善悪なんざ、俺にわざわざ問わないでくれ。どうでもいい話だ。ゼベダイ枢機卿に訊くか、そうでもなければ石にでも問うんだな」
「それも悪くはないかもしれんな」
「驚いたな、石の言葉がわかるのか?」
レオンが呆れた様に言う。
「ゼベダイにはどうすれば会える?」
「馬鹿なことを訊くな。こっちは、あんたの冗談に付き合うつもりはない。あんたが訊きたいのは、ラガール子爵領や、『笛吹き悪魔』のことだったはずだ」
「いや……ちょうど、教会にも関心を持っていたところだ。ゼベダイの話は、高い金が掛かるのか? 支払いを渋るつもりはないが」
ランベールは布袋を取り出し、机の上に置いた。
中には金貨が詰められていた。
「……鎧の男が、弱小ギルドに手を貸して小遣い稼ぎをしているというのは本当だったらしいな。だが、なぜそこまでしてゼベダイ枢機卿のことを知りたがるんだ? あんた、面倒なことを引き起こすつもりじゃあるまいな」
「お前が会えと言ったのだろう」
「なに?」
レオンが顔を顰めて訊き返す。
「異端審問会を見極める。そのために、ゼベダイへ会いに行く」
レオンはしばらく呆気に取られていたが、ランベールの様子からどうやら冗談や酔狂で口にしているわけではないと判断し、咳払いを挟んで表情を改めた。
「……今、ゼベダイ枢機卿は聖都ハインスティアにいるだろうよ。聖都ハインスティアの、事実上のトップでもあるからな。だが、お勧めはしない。仮にあんたが本気で会いに行きたいのであっても、聖都ハインスティアから移動するのを待つべきだ」
「なぜだ?」
「あんた、何も知らないんだな。聖都ハインスティアは、異端審問会の本拠地なんだよ。よくそんな曖昧な認識で、ゼベダイ枢機卿に会いに行きたいだなんて言い出したもんだ。あんたの考えてることが、まったくわからねぇよ」
レオンが机を叩き、ランベールへ苛立った目を向ける。
レギオス王国の国教であるハインス教は、五百年前に神の使者を称したハインスを信仰対象としている。
彼は弟子を連れて平和や平等、人の在り方を説き、ウォーリミア大陸西部を旅していたという。
ハインス教では彼の産まれた村、神通力を得た山、彼が弟子の裏切りによって殺された地の三つを聖地としている。
彼の産まれた村は今やハインス教の本部のある大都市となっており、神通力を得た山は大きな修道院のある教徒達の修行場となっている。
そして……彼の殺された地もハインス教の拠点のある主要都市となっているが、やや極端の思想を持つ者の隔離場となっている面もあった。
異端審問会の本拠地、聖都ハインスティアである。
普段は司教とその下につく三人の司教補佐の計四人が聖都ハインスティアを監督しており、彼らは四大聖柱と呼ばれている。
そして彼ら四大聖柱の上に、彼らの活動を支援するゼベダイ枢機卿が立っているのだ。
「見えるぜ。あんたが聖都ハインスティアに行ったら、まずゼベダイ枢機卿に会う前に、余計なことをやらかして異端審問会に取っ捕まっちまうだろうよ。あそこの地は、冗談や悪ふざけが一切通る場所じゃないんだ。あんたみたいに枢機卿を呼び捨てで言えば、その時点でどこかに連れて行かれちまったっておかしくねぇんだ」
「なるほど、好都合だな」
「しょ、正気か?」
「異端審問会にも興味があったのだ。それに、考えていた。近い内に『笛吹き悪魔』は、異端審問会に手を出すかもしれぬとな。何を優先するか考えていたが、その答えが出た」
禁魔術組織『笛吹き悪魔』は、冒険者の都と呼ばれていた都市バライラを狙ったことと言い、王国側の戦力を多く有している地を狙っていることは明らかだった。
王国内の貴族に粉を掛けている様子があることと言い、最終的な狙いは王国内の戦力を削いでからの戦争、そして国家転覆である。
テトムブルクの一件では幹部である八賢者を二人、そして『笛吹き悪魔』の傘下である錬金術師団『死の天使』にいた優秀な戦力の大多数を失っている。
それに元々、『笛吹き悪魔』と異端審問会の因縁は深い。
しばらく身を潜めるか、そうでなければ王国最強の魔術師団体と噂される異端審問会をわかりやすく狙い、王国側の戦力を削ごうとする可能性が高かった。
根拠としては薄いが、情報のあまり出回っていない『笛吹き悪魔』の動向は読み辛い。
他に連中が次に標的とするであろう地の予測が立たず、別の用事もあるのであれば、向かうだけの十分な理由になる。
「あんたの言うことが当たったとして……とんでもないことが起きるぞ。王国最悪最凶の魔術師団体である異端審問会と、王国を騒がせる禁魔術組織『笛吹き悪魔』が、聖都でまともに衝突することになる。そんなことが起きたら、鼠一匹生きては帰られんぞ……」
「だからこそ行かねばならんだろう。もっとも、仮説の上の仮説だがな」
「あんた、確かに強いんだろう。ここでも噂になってるよ、すっげぇ強い奴が来たってさ。だが、俺には世間知らずで無謀な正義感にしか思えない」
「……」
「殺される……。あんたの口振りを聞いてたら、とてもじゃないが、あんたが聖都ハインスティアから無事に出られるとは思えない。馬鹿じゃねえのか? 本物の地獄を見ることになるぞ……」




