第五十二話 テトムブルクの最期③
ラガール子爵領、小型都市テトムブルクで起きた事件より、既に数週間が経過していた。
アルアンテは幼い子供達を連れてラガール子爵領を脱し、僻地にある孤児院にて生活を送っていた。
「アロイスさん、少し村の方まで買い出しに向かってもらっていいかしらね」
「ええ、わかりました。……それじゃあ、私は少し出掛けて来ることになりそうだ」
庭先で院長のハイディより声を掛けられたアルアンテは、遊んでいた子供達に笑いかけて手を振ると、彼女の許へと向かう。
「……どうしました、ハイディさん? その、あまり顔を見られるのは……」
「いえ……貴方、元はさぞ男前だったでしょう? 可哀想ねぇ……」
ハイディが溜息を吐きながら首を振る。
「と……ごめんなさい、失礼だったわね」
ハイディが口元を押さえ、慌てて頭を下げる。
アルアンテは苦笑しながら、頬の包帯を指でなぞった。
子供達に比べ、アルアンテは顔も名前も大きく割れている。
その対策として、彼は顔を焼いて包帯を巻き、アロイスという偽名を名乗っていた。
魔術学と初歩の医学に心得があった点を高く買われ、この孤児院で半ば居候の様な形で、住み込みで働くこととなっていた。
最初は顔の火傷のせいで元々孤児院にいた子供達から怖がられていたが、最近ではそういった風潮も消えつつある。
テトムブルクでの事件の際に脱走した子供の中には最高で十四歳の者もおり、特にトニーレイルの厳しい選別に耐えて彼に仕えていた子供達には、年齢不相応にしっかりとした者が多かった。
そういった年長組の中からリーダーを選んで複数のグループを構成し、王国兵団の一部隊長であるクロイツの協力の元に、王国内の各地へと散っていた。
アルアンテは親の元に返すのが理想と考えていたが、子供達の中には領主がそれなりの値で買い取ってくれると聞いた親が、生活苦の中で嬉々として売り払ったケースも少なくなく、それが大きなトラウマとなってしまっている者も多数存在した。
また、それ以上に『異端審問会』の魔術師が被害者であったエリーゼを真っ先に狙ったために、ラガール子爵領内に残しておくのは危険だと判断したのだ。
アルアンテ達はあの場では逃げ遂せることに成功したものの、連中が改めて自分や子供達を狙う可能性も十分に考えられた。
逆にラガール子爵領さえ抜けてしまえば、そこまで躍起には追ってこないはずだという考えがあった。
連中も『笛吹き悪魔』の本体の対策に追われている。
末端でもある被害者達を、最大の当てを失った状態でわざわざ捜し続ける様な真似はしないはずだ、という賭けには、アルアンテにはいくらか分のあることの様に思えた。
もっとも、今以上に取れる手立てもありはしない、というのが現実ではあるのだが。
孤児院の中で村へ向かう準備を整えながら、アルアンテは考える。
(あの大鎧の御方は、無事に逃げられたのだろうか……?)
アルアンテが拠点を転々としている間に風の噂で知ったことだが、『異端審問会』は小型都市テトムブルク内の建物を魔術で焼き潰して回った後に、ラガール子爵領の他の主要都市でも一部の屋敷を焼いて回っていたのだという。
焼け跡から大きな十字架が見つかったと聞いて、アルアンテはテトムブルクから出る直前のことを思い返していた。
あの鎧の剣士と戦った後に、『異端審問会』の仮面の魔術師が生き延びていることの、何よりの示唆であった。
暴虐とも取れる行為を繰り返す『異端審問会』へ非難の声が高まっているものの、『異端審問会』への支援を行っており、彼らの実質的なトップであるヴァナズ枢機卿は、この件に関して特に発言も行動も起こす気配はない。
詰まるところ、一切問題視していない、というのが答えのようであった。
(さて、準備が終わったか……)
アルアンテは私室に与えられていた空き部屋で荷物を纏め、コートを羽織る。
扉を開けて出たところで、声を掛けられた。
「お兄さん、お出かけ? いってらっしゃい」
アルアンテと共にこの孤児院に来た子供の一人である、エリーゼであった。
車椅子の車輪を止め、にっこりと微笑む。
「ああ、行って来るよ」
アルアンテも、包帯から覗く口許に笑みを浮かべた。




