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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄
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第十四話 一流冒険者クレイドル⑤

「あのさ、さっきの話、聞いてたかな? 僕はさ、雑魚が吠え付いてくるのが一番嫌いなの。そういうやつを見るとさ、ぶっ殺してやりたくなっちゃうの」


 クレイドルが剣呑な目でランベールを睨む。


 クレイドルは脅しを掛けたつもりだった。

 ロイドに武器を向けられて『格下に喧嘩を売られた以上逃げるわけにはいかない』と明言したばかりであるにも拘らず、ランベールはあからさまな挑発を仕掛けてきた。

 これを放置するわけにはいかなかった。


 対するランベールは、ただじっと突っ立っている。

 クレイドルは苛立ちを顔に露にした。


「あのさぁ、僕は、『魔金の竜』……一流冒険者総勢七十人の中でも、トップファイブに入る実力者なんだよ。『精霊の黄昏』の新人なんかさ、ゴミクズ同然なんだよ。あんまり厄介ごと作るなってギルドマスターから言われてるし……そうだな、君がその鎧を脱いで裸で土下座したら、許してあげないこともないんだけど?」


 ランベールはかつて、レギオス王国の十万にも及ぶ兵の頂点である四魔将の一席を担った男である。

 七十人の内の五人など、恐れるはずもなかった。


 ランベールの一切物怖じしない姿に、クレイドルは激しく苛立ち、同時にこれ以上脅しを掛けることが無意味であることを理解した。


「おい、そこの衛兵、僕に背を向けろ」


「え……?」


「何が起こっても、見なかったことにしろと言っている。久しぶりだよ……ここまで僕を馬鹿にしてくれた奴はさぁ。結構僕、ムカついちゃったわ」


「しし、しかし、さすがに……」


「うっさいなぁ。文句があるなら、伯爵様に言えよ」


「う、う……」


 衛兵は口を噤んだ。


(なるほど『魔金の竜』と例のオーボック伯爵は、随分と親しい関係にあるらしいな)


 衛兵の雇い主は都市アインザスの領主であるオーボック伯爵であるとは簡単に予想がつく。

 オーボック伯爵が『魔金の竜』と仲がいいのであれば、衛兵が『魔金の竜』のメンバーであるクレイドルに手出しできないことにも納得がいく。

 衛兵がクレイドルの制服を見た瞬間に怪訝な顔をしたことにも説明がついた。


「剣を抜けよ。その馬鹿みたいなダサイ鎧が、対人戦では何の役にも立たないことを教えてあげよう」


 クレイドルが鞘から剣を抜いた。


「いや、断るな」


「なに?」


「お前を八つ裂きにするのは容易いことだが、後でその伯爵様とやらに泣きつかれると思うと、溜まったものではない」


「ぷはっ! ぷははははぁっ!」


 クレイドルは目を押さえて高笑いした後、ランベールへと向き直った。


「あんまし調子乗ってんじゃねぇぞ雑魚が」


 これで自尊心の高いクレイドルが、勝負を終えた後で直接的な嫌がらせに出てくる可能性を、とりあえずは下げることができた。

 とはいえクレイドルの性格からして、どのような形で報復に出てくるかはわからない。

 しかし元より、彼らの上であるオーボック伯爵に関しては、ランベールも近い内に挨拶に向かおうと考えている相手である。

 仮に敵に回したとしても後悔はない。


 『精霊の黄昏』の面子には迷惑を掛けるかもしれないが、どう足掻こうと彼女達が無傷でトラブルを回避できる選択肢はないように思われた。

 そもそもクレイドルの目的がフィオナだけだとも、ランベールには思えなかった。


(フィオナはギルドへは数日振りの帰還のはずだ。クレイドルが自分で言っていたように、そこまで奴が暇であるとも考えにくい。何か他に狙いがあって、フィオナはそのついでなのか?)


 それにランベールとしては、かつての主君と瓜二つの少女を、下種な連中に引き渡すという気には決してなれなかった。

 例え自分を裏切った主君とはいえ、主君は主君である。


「き、騎士様……ここは、駄目です!」


「下がっていてくだされ」


 つい、かつての主君オーレリアに対する口調と同じものになる。

 自制しなければ、陛下と続けてしまいそうな勢いであった。

 生前と同じ行動を自己に求めてしまうのは、アンデッドの習性であった。


「やっちまえ! そのクソ野郎をぶっ飛ばしてくれ!」


 ロイドが血の溢れた口許を抑えながら叫ぶ。

 ロイドはランベールが盗賊を斬り伏せたところを見ていたため、彼の強さの一抹を確認済みである。

 クレイドルが性格に似合わず確かな剣の腕前を持つことは知っていたが、それでもランベールならばクレイドルと対等以上に戦えるはずだという確信があった。


「宣言しよう。僕は、君の足からまず動けなくしてあげよう」


 クレイドルが剣先を、ランベールの鎧の関節部の隙間へと向けた。


「ならば、俺は正面からお前の顎をかち割ってやろう」


 ランベールは剣を抜かず、ただ、拳を大きく引いた。


「っ! おい、クレイドルは、そんなに甘い相手じゃねぇぞ!」


 ロイドがランベールを止めるが、ランベールは動かない。

 クレイドルは姿勢を極端に前屈みにしながら地面を蹴って前へと跳び、剣を持つ手を引いた。


「この僕に跪かせてやる。はい、まずは左の足……」


 クレイドルが、ランベールの鎧の隙間へと刺突を繰り出した。


(な、なんて素早い、綺麗な突きだ。やっぱりあの馬鹿、ただの口だけじゃねぇ)


 ロイドはクレイドルの突きを見て、唾を呑んだ。

 正確な、洗練された突きである。


(なんの捻りもない、単調な遅い突きか。これを初手にせねばならんとは、大した奴ではないな)


 が……ランベールにとっては、あまりに速さが欠けていた。

 せいぜい児戯程度にしか見えなかった。


 ランベールは僅かに後ろに下がり、鎧の体表でクレイドルの剣先を撫でるようにぴったりと横に触れた後に膝を曲げて関節部に巻き込み、クレイドルの剣先をへし折った。

 クレイドルの手元で剣の柄が大きく上下し、彼の手を弾いた。


「ぐぅっ!」


 クレイドルの手から離れた剣が、地面へと叩きつけられる。

 クレイドルはその場で側転し、両足と左手を地につけて着地した。

 空いた右の手で、マントに隠したナイフを手に握る。


「大口を叩くだけは確かにあったらしいな。だが、僕を本気にさせたのは、間違いだったぞ!」


 そしてナイフを前に突き出す――その暇もなく、速すぎる鎧の拳がクレイドルの顔面を捉えた。


「えっ……あぐぅ!?」


 顔面にめり込んだ拳が、クレイドルの顔の骨を軋ませる。

 クレイドルの身体が軽々とぶっ飛び、地面に腰を派手に打ち付けた。


「あ、あー、あ……こ……殺す……殺してやる……」



 クレイドルは顔に手を当てながら呻くと、ランベールを睨む。


「かなりセーブして殴ってやったんだが。本気でやれば、貴様の首から上はなくなっていたぞ」


 クレイドルは壁に凭れ掛かり、息を荒くしながらも立ち上がった。

 その間もぼたぼたと、留めなく顔の穴から血が溢れ出ていた。


「お……ゴフッゴフッ!」


「適当に追い払うつもりでかなり抑えたのだが……少々やりすぎたか。思ったよりもヤワだったな」


 恨みを買っても面倒だと思い、ここでは軽症を負わせるだけで済ませるつもりだったのだ。


 衛兵がクレイドルへと駆け寄っていく。


「し、白魔法の使える者を呼んできますので……!」


「……必要ない。お前は、何も見なかった。僕は最初にそう言ったはずだが?」


「は、はい!」


 衛兵を睨んで退かせてから、ランベールへと血走った眼を向けた。


「馬鹿な奴め……とっとと去ってりゃ、『精霊の黄昏』からも無関係だと見逃してやったものの。ちょっとばかし腕っぷしがいいからと図に乗りやがって。この僕を敵に回したことの意味が、わかっていないようだな」


 それだけ言うとクレイドルは自身の顔を押さえ、よろめきながら壁伝いに離れていく。


(プライドだけは高いようだな。……ふむ、もう少し脅しを掛けておくか)


 ランベールが少し瘴気を垂れ流しにすると、クレイドルはびくりと肩を震わせてその場にがくりと倒れた。


「ひ、ひぃぃっ!」


 クレイドルはそのまま地を這うようにして逃げ去っていった。


(しかし……『精霊の黄昏』が『魔金の竜』から狙われている可能性があるのか。だとすれば、『精霊の黄昏』がオーボック伯爵から目を付けられているのかもしれんな。意外なところから伯爵に繋がるヒントが出てきそうだ)

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