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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第四十九話 真理の紡ぎ手⑪

 シャルローベはランベールに気圧され、動きが止まっていた。

 しかし、ランベールが大剣を振るいプラズマの獣を二体斬り伏せたのを見て我に返ると、慌てて後ろへ退いた。


「こ、この我を舐めるなよ……貴様はいずれ読み違え、隙を見せる……! それが貴様の最期だ! 貴様の剣で、この我がプラズマの身体に致命打を与えることなどできはしない! その間に貴様の防具を穿ち、中の腐肉を屠ってくれるわ!」


 シャルローベが叫び、身構える。

 プラズマに象られた顔には焦りが浮かんでいた。

 彼に、ここまで追い込まれるつもりなど毛頭なかったのだ。


 適当にランベールの相手をして、面倒になりそうならば逃げればよかった。

 万が一逃げきれずに追い込まれても、正体をアルアンテに押し付け、自身は姿を晦まして逃走するという手もあった。

 そうする機会と猶予は充分にあった。

 それでも切り札を暴かれることになったのは、ランベールが、シャルローベの慢心している隙に逃げ道を一つ一つ潰していたからに他ならない。


「よくもこれほどまでに、この我を虚仮にしてくれたものだ……」


 シャルローベが身を屈める。

 残っていた六体のプラズマの獣達も、動きながらランベールを取り囲む。


「まだ貴様、この期に及んで状況が見えていないようだな」


 ランベールはシャルローベの作った陣形を一瞥すると、淡々とそう言った。


「世迷言を!」


 一斉に魔犬達がランベールへと飛び掛かる。

 同時に、シャルローベも地を蹴ってランベールへの間合いを詰めた。


(さぁ、何処から切り崩す! 我はそれに応じ、今度こそ奴を穿ってくれる……!)


 魔犬達が大剣の間合いに入った。

 ランベールはまだ動かない。

 魔犬達の爪が、牙が、ランベールの鎧へと触れそうになる。

 ランベールはそれでも動かなかった。 

 魔犬達が、ランベールを引っ掻き、腕や足に喰らいつく。

 ランベールが構えていた剣を、やや斜めに振り上げた。


 ランベールを中心に、砂塵の竜巻が舞った。

 分散した魔犬達の雷光が、周囲へ出鱈目に散らされる。


「う、うぐ……!」


 ランベールは魔犬を一斉に仕留められる間合いまで引き付け、一振りで全ての核を絶ったのだ。

 シャルローベも、ここまで接近させられれば、今更軌道を逸らすことはできない。

 真っ向からランベールにぶつかる他ない。


 交差した刹那、シャルローベの中央線が大きく抉られる。


「ぐああああああああああっ!」


 身体を縦に抉られたシャルローベが、ランベールから離れたところで膝を突く。

 一時的に身体が保てなくなったシャルローベの電離マナの輪郭が、形を失っていた。

 本体から弾き出された幾つかの電離マナの塊が、地に落ちて消えていく。


「わ、我が魂の断片が、零れ、消えゆくくく……。だ、だが、この程度では……! 我は、我は久遠の時を生きる、『真理の紡ぎ手』……! こんなところで、消えるわけには……!」


 シャルローベの抉れた部分が結合され、失った部位が他の部位の電離マナを得て補修されていく。


「ま、まだまだ……」


「何をよそ見している?」


 シャルローベが顔を上げたとき、ランベールは彼の背後で大剣を振り上げていた。

 凄まじい連撃がシャルローベの身体を穿ち続ける。

 手数は多いが、そのすべての斬撃に一切の遊びや妥協はない。

 一撃一撃が常人ならば鎧ごと貫かれ即死する凶刃であった。


 シャルローベの輪郭が歪に歪んでいく。


「ああ、あぁぁああああああっっっ!!!」


 シャルローベが両手を前に振り下ろす。

 巨大な雷の柱が地面を抉る。寸前で退避したランベールを、第二、第三の雷の柱が襲う。

 シャルローベはランベールを引き剥がしたところで、雷の連打を止める。


「あり得ぬ、あり得ぬ……肉体から完全に解き放たれた我は、あらゆる攻撃を受け付けぬ、不死の存在! 我は師さえ超えた、史上最高の魔術師! その我が、その我が、こんな……! これが、これが四魔将、ランベール……!」


 ランベールは汚名を着せられその名を地に墜としたといえ、四魔将最強の騎士は決して伊達ではない。


「貴様に余裕振っている猶予はないぞ、全力で来い」


 ここに来て、ようやくシャルローベは自身が追い詰められていることを自覚させられた。

 アルアンテの身体では勝てないと判断したときも、ランベールに釣られて魔術を暴かれたときも、片腕を切り離されたときも、シャルローベはまだどうにかなるはずだと、信じていた。

 それだけ自身の完成させた魔術、『電離人魂(エクトプラズム)』を信じていた。


 ランベールを倒した後、正体を隠しながら安全にひと目を避ける術を画策していた。

 だから、まだマナを温存して戦っていたいという甘えがあった。

 だが、背は既に崖っぷちだと、否応なしに思い知らされた。


 剣など『電離人魂(エクトプラズム)』の前には、誤差程度の意味しか成さないはずだった。

 ランベールの持つ、魔金オルガン合金の巨大な剣でさえなければ、その限りだっただろう。


「上等である! 師さえ超えたこの我の魔術を、存分に披露してくれる! この世から消し飛ぶのは貴様だランベール!」


 シャルローベが両腕を振り上げる。

 数十の熱球が辺りに浮かび、その全てが紫電を発し、プラズマの獣を生成していく。

 残るマナをありったけに練り込んだためか、シャルローベの身体を纏う光が薄くなり、透明度を増していた。


「フハハハハハ! 中途半端に使うからいかんかったのだ! ここからが本番であるぞ!」


 魔犬の群れがランベールへと次々に襲い来る。

 ランベールは右から跳んできた魔犬を両断し、左から来た魔犬を屈んで回避する。

 前方から来た魔犬を大剣の腹で受け、勢いを殺さぬ様に別の方向へと仕向け、他の魔犬とぶつけて相殺させる。


「見事な剣技である! 統一戦争最強など下らぬ話と笑っていたが、あながち過分な評価ではなかったのかもしれぬな。だが、いつまで持つ? 我が全力を以て、貴様を排する! 結局は、あれだけ我を斬ってトドメを刺せなかった、相性の差が勝敗を分かった! もう、絶対に貴様の間合いには入らぬ!」


 ランベールが刃を振り乱して、周囲の魔犬を一気に叩き斬ったその刹那、巨大な雷の柱が彼の立っている位置を襲う。

 背後へ跳んだランベールの四方を、雷の柱が囲む。


「捕まえたぞ!」


 ランベールの立つ中央に雷が落ちる。

 完全にランベールへ当たった。だが、最早シャルローベには一片の油断もなかった。


「更にもう一撃!」


 二度目の雷柱が落ちるより一瞬早く、ランベールが雷の牢を強引に突破して外へと躍り出ると同時に、外で待機していた魔犬を一振りで三体斬った。

 大地を凶刃が削り取り、砂塵を舞わせる。


 シャルローベが身構える。

 砂の幕を隠れ蓑に接近してくる可能性もある。

 腕を振りあげ、身構える。


 シャルローベの予測通り、ランベールは砂塵の中より、魔犬を籠手で払いのけながら姿を現した。

 魔犬の少ない経路を選び、シャルローベへと距離を詰めて来る。

 だがその道は、ランベールを誘導するために作った、シャルローベの罠だった。

 出て来る方向を絞ることができれば、その分早く対応することができる。

 この勝負は、ほんの一瞬が成否を分ける。


 一度は雷撃を当てたが、それではランベールを倒すには至らなかった。

 シャルローベも、魔金オルガン塊に魔術を放つのは初めての経験だった。

 ありったけの魔力を込め、ランベールへと放つ。


「この一撃を以て我は、テスラゴズをあらゆる分野で超えた証明とする!」


 ランベールの姿が、雷に沈んで消える。


「まだまだだぁ! 後、何発でも続けて撃ってくれるわ!」


 シャルローベの近くにいた魔犬の腹部を貫通し、大剣が唐突に姿を現した。


「は……?」


 避ける間もなく、シャルローベの胸部を大剣が貫く。

 そのまま大剣はシャルローベの背後に突き刺さった。


 シャルローベの胸部に、ぽっかりと大穴が開く。

 度重なる斬撃による電離マナの離散に加え、後を考えない大規模魔術の連打が、彼の存在を限界近くまで消耗させていた。

 シャルローベの身体から輝きが失せて行き、胸部の穴が侵食する様に空洞を広げていく。


「そうか……あのとき、砂塵の中から大剣の投擲を行い……大剣より先に我に姿を晒すことで、注意を引き付けたのか」


 後は犇めく魔犬達の存在がカモフラージュとなり、大剣の音や姿を紛らわせてしまう。

 ランベールが狙い通りに動いたことで攻勢に出たシャルローベは、豪速で放たれた大剣に寸前まで気が付くことができなかったのだ。


「き、消えたくない、消えたくない! 我は、我は、久遠の時を生きる賢者、『真理の紡ぎ手』……! 我は、我はこの大陸最後の、本物の魔術師であるぞ!」


 シャルローベの身体がどんどん崩れていく。

 伸ばした手から塵となって光が舞い、細くなり、形を失う。

 それが全身で進行していく。


 シャルローベの背後に立ったランベールは地に刺さった大剣を引き抜き、崩れゆく電離マナの身体を斬った。

 大きく剣筋が身体に残り、そこから白く固まった様になり、罅が入って粉が散る。


 逃れようと前に向かうシャルローベの背に大剣を突き刺し、地面に縫い留めた。

 身体が幾つにも分割され、それぞれに気化する様に消えていく。


「見逃して、見逃してくれ……! そうだ! 我がこのまま死ねば、我の数万人の人体実験の結果が、全て無駄になるぞ! 貴様が殺すのだ! 貴様が、そう、貴様が殺すのだ! 貴様が、貴様が! この、この大量殺人鬼めがぁ!」


「大層な名を自称していたが、論を紡ぐだけの知性も残っていないか」


 続けて振られた刃はシャルローベの頭部を斬り飛ばす。

 崩れて行く頭部が地を転がる。それでも口が蠢き、言葉を発した。


「我はこんなところで死んでいい存在ではないぞ! そう、我はもっと賞賛されるべき、偉大なる魔術師なのだ! そう、我の師のテスラゴズ様さえ超えた大魔術師なのだ! 我はもっと認められ、讃えられるべき……なのに、なぜ……」


 最後に額へ大剣が突き立てられる。

 完全にシャルローベが消え失せた。


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