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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第四十七話 真理の紡ぎ手⑨

 アルアンテは七体に数を増やした雷の魔犬を操り、ランベールを囲わせる。

 周囲から攻撃して行動の選択肢を削っていき、先程同様の強力な熱電離魔術を叩き込むのが狙いであった。


 アルアンテには、ランベールの敢えて神経を逆撫でする様な物言いに激昂しながらも、一方で冷静な狙いがあった。


 彼とて、元四魔将など好んで相手取りたい敵ではない。

 逃げてしまうのも選択肢にはあった。

 それでも強行したのは、エリーゼを用いた人体実験をこの施設で済ませておいてしまいたいとの考えに加え、アルアンテには、最悪の場合にはどの様にでも逃げ切れるという自信があったからに他ならない。


 アルアンテは身勝手に動き回りながらも、自身の命については絶対の保険を掛けていた。

 だからこそ、アルアンテはランベールの前に何度も無防備を晒したのだ。

 その結果、アルアンテは判断した。全力で叩けば、決して勝てない相手ではない、と。


 先程もわずかにランベールを詰め切れなかったものの、惜しいところまではいったという感触がアルアンテにはあった。

 彼の見立てでは、つい先ほど、もう少しマナを練り込んでおけば、ランベールは魔犬に対処しきれなくなっていたはずだった。


 どの道、ランベールが『笛吹き悪魔』を敵対視している以上、どこかで倒さなければならない。

 だから今リスクを背負い、雷の魔犬を先程よりも多く、七体揃えたのである。

 これで魔犬の数でランベールを圧倒して動きを崩し、確実に強力な熱電離魔術を叩き込めると、アルアンテはそう考えていた。

 アルアンテにとって、ここまでは、ランベールの戦いを計るための様子見だったのだ。


 ランベールが大剣をやや高めに構える。

 アルアンテはその様子を見て、半歩退いた。


「はぁぁぁああっ!」


 ランベールが身体を曲げ、大剣で周囲を一周する。

 プラズマが象る魔犬達の頭部が爆ぜるものの、身体はしっかりとその場に留まっていた。


「やはり楽にはいかぬな……」


 プラズマ体の魔犬は、本来大剣撃程度で掻き消せるものではない。

 物理的な接触を透過してしまうため、まともにダメージが伝わることはないのだ。

 剣の衝撃を受けて形が崩れることがあったとしても、核さえ無事ならばすぐに元の形状へと戻ることができる。


 ランベールの剛力と、マナをほとんど通さない魔金オルガンを用いた大剣があって、初めて核を四散させることができる。

 それも、複数を同時に狙った大振りでは、核を修復不可能までに破壊するまでには至らなかった。


 だが、魔犬達の動きを一瞬封じることはできた。

 ランベールは続けて横薙ぎに大剣を振るい、アルアンテと自身の間にいた魔犬を、核ごと斬った。

 上下に分かたれた魔犬の輪郭が、倒れ込む様に崩れ、燐光となって消失した。


 アルアンテはランベールの豪速に驚愕し、大きく後ろへ跳んだ。

 最初に魔犬に対処したときよりも、動きが更に早くなっている。

 地に足を着けながら、アルアンテは考える。


(……ここまで距離を取る必要はなかった。この半分でも間合いを取っておけば、猟犬共が活動を再開し、割り込んできていたはずだった。この我が、気圧された? 否、そんなことはあり得ぬ。確かにランベールは強いが、決して我の警戒していたほどではな……)


 背後に飛び退いたアルアンテの目前で、ランベールは大剣を既に上段に構え直していた。

 アルアンテの瞳孔が開く。おかしい、こんなはずはない。

 戦いの中で、ランベールは明らかに速くなっていた。


「ばっ、かな……!」


 アルアンテは地面に屈むと同時に、滑る様な動きでじぐざぐと退き、ランベールから離れる。

 頭へ目掛けて降ろされた凶刃を、首を振って回避する。


 そこでランベールを追ってきた魔犬達が、彼へと飛び掛かった。

 ランベールは円を描く様な動きで、アルアンテを牽制しながらも、魔犬達へと向き直る。


「クソ……調子づきおって……。だが、何か仕掛けがあるのだろう? 錯覚を用いた剣術か? 何らかの小手先の魔術か? この我と知恵比べをしようなど、甘い……」


 魔犬達の内、二体の身体が同時に四散し、消失した。

 魔犬達が、ランベールの今の動きにほとんど対応できていない。


「ぐ、う……!」


 このペースだと、アルアンテの牽制がなくなれば、魔犬達は一分と経たずに全滅しかねない勢いだった。


 ランベールが大剣を引く。

 アルアンテが屈み、すぐ顔の前で凶刃を避ける。

 直後にアルアンテが飛び退き、自身の頬を指でなぞる。

 ぱっくりと傷口が開き、血が溢れ出ていた。


(我の変則的な動きに、奴の剣が対応し始めているのか……? いや、それだけでは説明がつかぬ……明らかに奴の剣が、速くなってきている? それとも、我が遅くなっておるのか?)


 アルアンテの顔に、焦りが浮かび始める。

 ここまでアルアンテは、優位に立っていたつもりだった。

 相手の大剣はこちらを捉える気配はなく、逆にアルアンテの魔術はすぐにでもランベールを捉えられてしまいそうな様子であった。

 剣士を相手取って戦える様、独自の経験と感性のみで築き上げて来た動きは、八国統一戦争時代から今日まで、まともに破られたことは一度としてなかった。

 それが今はゆっくりと、原因もわからぬままにランベールに圧され始めてきていた。


(……不確定要素が多すぎる。魔犬へと十分に引き付けられていない今では、生半可な魔術では掠りもせんだろう。だが、我の切り札は、こんな場面で切るつもりはない。万が一露呈すれば、我の不死性が暴かれ、王国の連中に対策を立てられかねぬ)


 アルアンテが手を宙へと掲げる。

 熱球より光の束が放たれる。

 だが、素早く横に跳んだランベールには、やはり当たらなかった。

 魔術が如何に速くとも、それを操るアルアンテに予兆が表れる。

 来るタイミングさえわかっていれば、回避することはランベールにとって難しくはなかった。


 巻き添えになった魔犬が一体弾け跳び、続けて別のもう一体がランベールの剣の前に両断されて輪郭を失い、消え失せる。

 また、七体に増やしたばかりの魔犬が二体へと戻っていた。


(……撤退する、か。これ以上は、危険であるな)


 アルアンテは無表情な顔で、残る二体の魔犬が一体に減るのを睨んでいた。


(どうせあのガキは遠くへは逃げられぬ、いつか捕まえればよい。バカバカしい、こんな奴とこれ以上付き合ってやる道理はないわ)


 残った一体は、まともに抗うことさえできず、ランベールの剣の前に一閃された。

 その間も、アルアンテは特に手出しはしなかった。


(こんな勝負に、我は最初から熱くなってなどおらぬ。奴の妄言も、所詮は愚者の戯言よ。我は『真理の紡ぎ手』、人という下らぬ器を捨てて、永劫を手中に収めた大魔術師である。我は奴の前に立っていると同時に、そこには存在しない……)


 ランベールが大剣の先にアルアンテを捉える。


「魔獣使いの真似事はここまでか。二百年経とうが、何も成せんかった貴様だ。そろそろ諦めて自然の摂理に還る気にもなったらしい」


 それを聞いたアルアンテが、「はっ」と声を上げ、ランベールをせせら笑った。


「ランベール、貴様は我の用意した舞台の上で踊っていたにすぎぬ。貴様の滑稽な舞台台詞に、観客は少々退屈したと言っておるのだ。偉大なる不死の大魔術師であるこの我と、小さき未練にもがき苦しむ骨の騎士では、天と地ほどの開きがある、役者として不足だったのだよ。貴様は本当の意味で、この我と対峙することさえできはしない……」


「何を言っているのか、まるでわからぬな」


「ああ、そうであろうよ。その半端な身体と、腐り果てたマナを引き摺る貴様に、何が理解できよう? 下らぬ戦いは、今回はここまでとしよう」


 芝居掛かった動きでアルアンテが口にする。

 その顔は大仰な動作とは裏腹にまったくの無表情で、感情の色が一切窺えなかった。


「熱球よ、我が手に宿れ」


 アルアンテが唱えるなり、周囲に十三の魔法陣が浮かび、同数の熱球が生じる。

 今までとは、数が明らかに違う。

 ランベールが地を蹴り、アルアンテへと突進する。


 ぐらり、アルアンテの身体が揺れる。

 アルアンテはぴたりと動きを止めた後、ゆっくりと元の姿勢へと持ち直る。


「ふむ、少々マナを使い過ぎたか。それは我からの置き土産……たっぷり可愛がってやってくれたまえ」


 熱球が紫電を操り、十三体の紫電の獣へと変わる。

 それぞれがランベールの前に立ちはだかり、彼へと襲い掛かった。


「ぐっ……!」


 ランベールが先頭の魔犬を大剣で突き上げた。

 だが、数を減らそうという焦りが災いしたのか、後続の魔犬に付け入る隙を与えることになった。

 魔犬はランベールへと飛び掛かり、鎧に牙を通すことが難しいと知るや、彼を突き飛ばした。

 ランベールはその場に踏ん張るも、身体が後ろへと大きく押される。


(魔犬だけで決定的なダメージを与えることは難しいが、時間稼ぎには十分すぎるな)


 アルアンテはランベールを眺めながら、フンと鼻を鳴らす。


「はぁぁっ!」


 ランベールが大剣を自身の周囲へと振り回す。

 だが、大剣は魔犬の動きを一時的に止めることはできても、決定打とはならなかった。

 すぐに紫電が魔犬を再生していく。


 ランベールは止まった魔犬の内の一体を処分しようと大剣を上段に構えたが、後続の魔犬が跳んだのを見て、諦めて背後へと退いた。


「せいぜい勝った気になっておるといい、哀れな稀代の裏切り者よ。貴様が他の八賢者に敗れさえしなければ、いずれまた相見えることもあるやもしれぬ。もっとも、貴様は無粋で面倒な男なので、もう二度と会いたくはないが……」


「逃げるときに言い訳を口にするとは、随分と小さい男だ。戦場で会わなかったはずだな! 今日で俺のテスラゴズへの評価は、地へと落ちたぞ」


 ランベールは魔犬を相手取りながらも、アルアンテへと応じる。

 その様子には、さすがに違和感があった。 


「……言っていることを二転三転とさせる。そうか、随分と話より雄弁だと思ったが、我の名を暴くためだったか。これはこれは、安い手と挑発に掛かってしまったものだな」


 アルアンテは口を閉じた。

 腸は煮えくり返っていたが、これ以上の話は無意味だ。

 最初からランベールの挑発は、アルアンテの素性を暴き、そこから探りを入れることだったのだ。


「こんな愚図の弟子がいたとは、テスラゴズも大したことはなかったのだなと言っておるのだ。貴様が生き残れたのは、誰も気になど留めなかったからであろう。この世の全てを知るには人の生は儚すぎると宣い、不死を望む魔術師は多い。だが、悠久の時間を得て、ロクに成果を出せなかったのは貴様が初だ」


 ランベールは魔犬に圧されながらも、アルアンテへと再度挑発の言葉を投げかける。

 その言葉で、アルアンテの中で何かが切れた。


(……魔犬の群れは、充分に効力を発揮している。今ならば、確実に奴を仕留められる。こんなところでわざわざ使うつもりはなかったが、ここまで我が誇りを穢され、黙って去れるほど我は卑屈ではない)


 アルアンテは、無感情な目でランベールの戦いを観察する。


(そんなに我が研究の成果が、魔術が見たければ……とくと奴に見せつけてやろうではないか。深く驚愕し、そして、それ以上に後悔するがよい。貴様の浅慮な挑発が、余計であったとな)


 アルアンテが、ランベールへと背を向ける。

 それと同時に、複数の複雑な魔法陣が、アルアンテの身体を覆った。


「ランベール、最後に一つだけ言っておいてやろう」


 ランベールは答えない。

 というより、アルアンテから見るに、魔犬の相手に必死で、さすがにランベールもすぐに応じられる余裕はないようだった。


「死ぬがいい!」


 アルアンテの身体を、紫電の輝きが覆い尽す。

 その輝きの中から、人間一人分ほどの大きさの雷光が伸び、ランベールへと襲い掛かる。

 光の中には、猿の様な顔をした老人の姿が浮かんでいた。


 雷光から腕が伸び、ランベールへと伸ばされる。

 光とランベールが交差し、ランベールの巨体が容易く弾き飛ばされた。

 巻き込まれた魔犬が宙を舞い、その姿を崩して消滅する。


 ただそこを通っただけで、大地が抉れ、空間が捻じ曲げられたかのような威圧感さえあった。

 『真理の紡ぎ手』が、ランベールからやや離れたところに着地する。


 これぞ、アルアンテ――改め、『真理の紡ぎ手』が独自に編み出した、熱電離魔術の到達点ともいえる、『電離人魂(エクトプラズム)』である。

 生命エネルギーそのものであるマナを完全に電離させて別の状態へと変えることで、人の器を脱し、マナだけの生命体として飛び回ることができるのである。

 更に事前に適合する器を用意して調整しておけば、自身を再びマナへと戻すことで、他者の身体を奪い、意のままに操ることさえ可能なのだ。


 肉体から解放された『真理の紡ぎ手』自身は、彼の操る魔術よりも更に速い。

 意志を持って飛び交う雷そのものである。

 一目見てこの魔術が理解できるわけもなく、対峙した相手はまともに対応することさえできず、状況さえもわからぬまま、ただ神速で飛び交う雷の前に命を落とすしかない。

 ましてや、魔犬と戦うので手一杯のランベールに、対抗策などあるわけがない――はずだった。


「ようやく、尾を出したか」


 ランベールが大剣を地へと突き立てて立ち上がる。


「なぜ、この我を斬れる……?」


 紫電を放つ『真理の紡ぎ手』は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 彼の腹部の右側が、大剣に大きく抉られていたのだ。


「貴様が、レギオス王国の善良な民ではなかったからだ。そこの若造と違ってな」


 ランベールの目線が、僅かにアルアンテへと向けられる。 

 彼は地面へと倒れ込んでいた。起き上がる様子はない。


「観客気取りが、ようやく舞台に上がってきたか。『真理の紡ぎ手』――いや、テスラゴズの最悪の弟子、シャルローベよ」

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