第四十二話 真理の紡ぎ手④
錬金術師団『死の天使』の副団長であったトニーレイルを倒したランベールは、彼の奴隷であった六人の少年達と、クロイツ一派を引き連れ、地下研究施設のこれまで通った通路を戻っていた。
道中に、隠れている魔術師がいないかの最後の確認に当たる。
「鎧の剣士よ、部下達と見て来たが、こちら側の通路も蛻の空だ」
手分けして探索に当たっていたクロイツ達が、ランベールと遭遇して首を振る。
「そう、か……」
ランベールはクロイツの報告を聞き、トニーレイルの奴隷の一人であった少年、ロビックへと尋ねる。
「トニーレイルの他に、この場所の責任者がいるはずなのだったな」
ロビックが小さく頷く。
「はい……あの男の傍に、度々姿を消す、ローブを纏った変な奴がいました。人間っていうより、横に広くて、獣の様なシルエットで……。あいつ曰く……それが、八賢者の一人にして、『死の天使』の団長『真理の紡ぎ手』なのだと……。ただ、私含めて、誰も、あの変な奴が、喋ったり、何かをしているところは、見たことがありませんでした。もしかしたら、ただの嘘で、最初からそんな人はいなかったのかも……」
ランベールはしばし腕を組み、考え込む。
今のランベールはロビック達を連れている。
彼らに今の時勢での並みの兵士程度の戦力があることは確認済みだったが、今は保護している、という立場にある。
これ以上捜すのならば、クロイツ達に彼らの護衛を頼み、自分だけで動くべきだろう。
しかし、トニーレイルの死に際の言葉では、まるで『真理の紡ぎ手』が、どこからかランベールを見張っているかのような言い分であったのだ。
『あの御方の御心は、私でさえも計り知れない……私はただ、命を懸けて、その指示に従うのみ。ここで私が口にするのは、きっとあの御方の本意ではない。ただ、安心してください。きっと『真理の紡ぎ手』様は、貴方を遊び相手に選ぶことでしょう』
まるでそれは、『真理の紡ぎ手』が既にランベールの身近に潜伏していることを示唆するような言い方であった。
ただのあの言葉が惑わすための虚言であったのならばそれまでだが、あのタイミングで、根も葉もないことを、含みを持たせて口にするのは少々考えづらい。
部下にそうまで言わしめる『真理の紡ぎ手』が真っ先に施設から逃げ出していたとは、どうにも思えないのだ。
(ここにいないのならば、逃げる以外に何か、一時的に地下施設を脱する理由があったと、そう考えるのは……)
ランベールは少しの間じっとしていたが、やがて大きく首を振り、組んでいた手を解いた。
「考えるだけ無駄だな。魔術師という人種の思考など」
一線を越えた魔術師の考えは、常人とは明らかに異なる。
それはランベールが、八国統一戦争の中で散々学ばされてきたことだった。
魔術師を殺すときには脳を残すなとは、戦争時代に兵達の間で散々言われていた事であった。
自国の錬金術師ドーミリオネを筆頭に、自分の身体を研究対象に入れた魔術師は、そのまま思考も人間の道理からは逸れ、怪物そのものになってしまう。
……無論、他者を万人単位で害することを一切厭わなかったのに、自身の身体には魔術式一つ埋め込むのとを忌避していたというガイロフの様な例外も存在するので、一概にいえることではないが……。
「ここの連中を見ていたらその様な言葉も吐きたくはなるが、正統な魔術師の連中から怒られるぞ」
クロイツから苦笑しながら零す。
「む……いや、それもそうだな」
ランベールは少しばかり反論したくもなったが、しかし言葉を呑み込み、黙っていることにした。
別に特に定義されていたわけではなかったのだが、八国統一戦争時代においては、魔術に傾倒しすぎてどこか人としての一線を越えた者から魔術師と呼ぶ風潮があったのだ。
そこより後ろは、ただ魔術も使える人、といった扱いである。
当時において、戦争にまともに役立つクラスの魔術師になるには、それくらいの覚悟がなければ難しかった。
そこへ、別の場所を探索していた兵士が飛んでくる。
「クロイツ様! その……何やら、怪しいものを発見しました。石の壁が、隠し扉になっていたようでして、その奥に、奇妙なもの……いえ、生き物が……!」
「すぐに向かう、案内しろ」
クロイツが何か答えるより先に、ランベールが素早く応じて、兵を追いかけた。
クロイツは一瞬、呆気に取られて立ち止まったが、慌ててランベールの背を追いかけた。
「奇妙な生き物とは、なんだ?」
走りながらもランベールが問う。
「え、えっと、それは……」
「はっきりと言え。言葉に詰まったのならば、見たままを言え。危険性はどうだ? 場合によっては、クロイツとお前達には、あの少年達を連れ、先に戻ってもらうことになる」
「危険性は、ないです……。その、飛び掛かってきたので斬ったら、そのまま……」
兵士が言い辛そうに言い、何を思い出したのか、吐き気を堪える様に口許を押さえる。
「倒したのか? よくやった」
「一応は……はい」
「頭は潰したか?」
「えっ……」
兵に案内されるがままに、石の扉を潜り、中へと入る。
たくさんの書類と薬品に囲まれ、奇妙な死体が、血塗れで転がっていた。
死体は、人間の上半身が二つ、腰のラインから繋ぎ合わされていた。
左右にある二つの頭は両方、耳や鼻は削がれ、目は潰され、口は歯が残っておらず、舌もなかった。
兵士が斬りつけたらしく、中央の部位から血が溢れている。
血塗れのローブが横に剥がされていた。
兵士が斬りつけた後に、恐る恐るとローブを剥がしたらしかった。
確かにこれでは、立ち上がることができないため、ローブを羽織っても、人のシルエットにはならない。
トニーレイルと行動を共にしていた『真理の紡ぎ手』と称されていたものが、これであることには間違いない。
しかし、同時に、これが魔術師ではないことも、ひと目で明らかにわかる。
魔術師ならば、敵の前にここまであっさりと無防備な状態で身体を残すような真似をするわけがないのだ。
「ダミー……? いや、しかし……」
なぜここまで徹底して、組織内でも自分の身を隠しているのかが、全く見えてこない。
ここまで来ると、『真理の紡ぎ手』が他の魔術師を装っていたか、そもそも全く地下施設に足を踏み入れていなかったのかの、どちらかしか考えられない。
前者だとしても、研究内容で周囲から疑惑を持たれていたはずだ。
ランベールは念のために死骸の二つの頭部を破壊すると、引き返し、他の兵や奴隷達と顔を合わせる。
「お前達に、少し聞きたいことがある。『真理の紡ぎ手』のことだ」
ランベールがロビック達へと問う。
「なんでしょうか? 実はあまり、施設について知っていることはなくて……」
「一人になることが多く……トニーレイルと関りが深かった魔術師に、心当たりはないか? そいつが地下施設内で何をやっていても、他の者が知る由もないような人物だ」
「……私は、あの男の横についていることが多かったですが、特定の魔術師に肩入れしているようなところは、ありませんでした」
ロビックが首を傾げる。
「あの男は、残虐で自分勝手で、いつも悪口ばかりでしたから。罵声で話さない魔術師の方が心当たりがありません。たまに気色悪い猫撫で声で話すのも、僕達相手か、アルアンテさんくらいですよ。……あの人は、顔が整っていて、若い魔術師だったから、多分……」
他の少年が続けると、他の五人が静かに頷いて同意を示す。
「アルアンテ……?」
「ああ、あの人は、そういうのじゃありませんよ。無理矢理ここに連れて来られた人で……当然、ここでやっている魔術研究にも馴染んでいないようでした。確かに、いつも別室で、何か、人体を扱わない、フォーガの実験とかを、やらさせられていたみたいですけど……」




