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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第四十一話 真理の紡ぎ手③

「アアァ、オゴェ、あぁああ!」


 ジジョックの全身に黄色い斑点が浮かび上がっていく。

 のたうち回りながら、今度は残っている右手で必死に身体中を引っ掻き回り始めた。

 先程口内で破裂させた人造フォーガの毒のせいで、身体中が痒くて溜まらないのだ。


「安心するがよい、人造フォーガに錬成させたのは、死に至る類の毒ではない」


「おごぉ、ほがぁ! なえっ、なぜ、なあ、オゴォ! おえぇぇ!」


 今だに口内を無数のフォーガに占領されているジジョックは、まともに喋ることさえできない。

 息がまともにできない苦しさと全身を駆け巡る痒さのせいで、アルアンテの言葉を聞く余裕自体あるはずがなかった。


「しかし、お前、そんなに弱かったのか? よく我が『死の天使』に入ることができたな? まぁ、どうでもよかろう」


 アルアンテがその場に屈み、ジジョックの頭を押さえ付ける。


「どれ、ちょっとした実験を始めようではないか。ルズクとなれ」


 アルアンテの言葉と共に、魔法陣の光が広がる。

 ルズクとは『土喰い』と称される、赤い小さなヒモの様な外見の虫のことである。


「ごぉ、ごあ、ごぁぁああ!」


 ジジョックの身体全身に、幾つもの腫瘍が腫れ上がる。

 パンパンに身体が膨れ上がったかと思うと、腫瘍がジジョックの身体を這い出て、それぞれが肥えたルズクとなって分離していく。


「アァァアア、アァァァアアアアア!」


 身体中がルズクに変異していく中、人の輪郭のジジョックは苦し気にもがき続けていた。

 やがてジジョックの頬がルズクへと変わる。

 口という檻から解放された人造フォーガの群れが、這い回るルズクを咥えては、満足そうにちゅるちゅると啜っていく。

 やがてはジジョックの骨と衣服、人毛、大量の血液、そして歪に変異した臓物だけが後に残された。

 夥しい数のルズクとフォーガの群れが、ジジョックの屍の上を這い回る。

 この世界とは思えぬ異様な光景であった。


「ア、アルアンテ……きき、貴様、何者だ!」


 兵の一人が、アルアンテに剣を向ける。

 アルアンテは悠々と立ち上がり、ルズクを摘んで顔の高さまで持ち上げると、口を大きく開けてかぶりついた。

 黄土色の体液が飛び散る。ルズクは噛み千切られたところから体内器官のようなものを垂らし、身体を懸命にうねらせて暴れる。


「まずいな。土と人肉を混ぜた味がする」


 アルアンテが瀕死のルズクを地面へと放り投げた。


「う、うぶ、おぇええ!」


 兵もついに堪えられなくなり、構えていた剣を落とし、その場に膝を突き、吐瀉物を吐き出した。


「お……お兄、さん?」


 真っ青な顔で、エリーゼが問う。

 アルアンテは首だけで彼女に振り返り、無表情の顔で、口許だけを微かに笑ったかの様に震わせる。


「ち、違う……お兄さんじゃ、ない……だれ?」


「我は、『死の天使』の統括者、この世で最も優れた錬金術師。人は我へと畏怖を込めて呼ぶ、『真理の紡ぎ手』と」


「そんな、さっきまで、お兄さんだったのに……。いつ、いつお兄さんと入れ替わったの! どこ! 本物のお兄さんはどこ!」


「そう、そうだ! はははははは! エリーゼ、お前の、その顔が、見たかったのだ! 敢えて不要な薬を投入して副作用でお前の足を奪ったのも、優しくしてやったのも、すべてその顔のためだ!」


 アルアンテから返された言葉を聞き、エリーゼの表情は凍り付いたそのまま、涙が両目から流されていく。


「う、嘘……そんなの、絶対、嘘……」


「お前は、他のどの実験鼠とも異なる特異なマナを持っておった! ならば、我は、それを知らねばならぬ! 少しでも多くの実験を課して、一つでも多くの結果を取らねばならぬ! お前のその貴重なデータを、生きている内に一つでも多く残しておかなければいけないのだ! それがいずれ、魔術史にとって重大なデータとなる! 我にはわかる! だから、残しておかねばならんかった! お前がどこから来たのか、マナの形質は、いつ何を食べたのか、日に髪がどれだけ伸びるのか、指の長さの比はどうなっているのか! 後々、どの情報が大事になるのかもわからぬ。そうして、あらゆるデータを残していく内に……フフフ、我の悪癖が出たのだ。お前が希望を得た後、心の底から絶望したとき、どんな顔を浮かべるのか! 我は、それが知りたくて知りたくて、堪らなくなった……!」


 アルアンテが目を見開き、捲くし立てる様に語る。

 そこには強烈な狂気と悪意が込められていた。


「しかし、つい興が乗りすぎたか。この状況では、いつテトムブルクに追加の兵が送られてくるのかもわからぬ。だが、別に既存のデータや書類の確保に躍起になる必要ない。我は生憎、生まれついて少しばかり記憶力がよくてな。ここでの施設の研究データ程度、すべて記憶に刻まれておる」


 アルアンテが人差し指で自身の頭を突き、人工的な気味の悪い笑みを浮かべる。


「だが、エリーゼ! まだ、お前の用は済んでいない。さぁ、我と共に、地下施設へと下るのだ。命の危機と致命的な後遺症があるからと後回しにしていた、お前に受けてもらいたい実験が、千五百二十八種ほど残っておるのだからなぁ。どこまでお前さんの身体は堪えてくれるのだろうなぁ? ああ、今でもそんなに愛らしい表情を浮かべているというのに……苦痛の果てに見せる死ぬ間際の顔は、どこまでの輝きを放ってくれるというのか!」


「い、イヤ……お兄さん! アルアンテお兄さん! 返して、お兄さんを返してください!」


「あっはっはっ! だから、それは、最初からこの我のことなのだ! お前さんはあの時、この我に、言ったではないか! どうせ殺されるのならば、この我の手に掛かりたいと! 望みを叶えてやろうではないか! 我は覚えておるぞ。まさか、嘘を吐いたのか、エリーゼ?」


 アルアンテはエリーゼへと近付き、車椅子の背を押した。

 その間、他の子供達も、残った二人の兵士も、誰も動くことはできなかった。


「やだ、やだぁ! 嫌ぁ! 助けてください! 誰か、助けてください! 助けて、アルアンテお兄さん! 助けてください!」


「なんだ、聡明な子だと思っていたのに、まだ状況が理解できないのか? それとも、もうこんなところで心が壊れてしまったのか?」


「こ、この、異常者が!」


 兵の一人が叫びながら自らを鼓舞し、自身の吐瀉物で汚れたままの剣を構え、アルアンテへと斬り掛かろうとする。


「邪魔だ。汚い声が鼓膜に付く、我の興を削ぐな」


 アルアンテが目を見開き、兵を睨む。

 濃密な殺気に当てられた兵は、先程のルズク化の魔術の地獄の光景が頭を過ぎり、体内の胃液が掻き混ぜられた様な感覚が戻り、喉を押さえて倒れ込んだ。


「う、うぶ、おえ……」


 立ち向かうことさえ叶わない。

 ただの人間が、ここまで強烈な恐怖と嫌悪感を他者に抱かせられるわけがない。

 目の前にいるのは人間ではなく悪魔なのだとさえ錯覚させられた。

 格が違うどうこうではない。全く別の思考を持つ、全く別の世界の生き物なのだ。


 アルアンテがゆっくりとエリーゼの車椅子を押して立ち去るのを、誰も止めることはできなかった。

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