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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第四十話 真理の紡ぎ手②

 三人の兵が、片腕と武器を失ったジジョックへと斬り掛かる。

 同時にアルアンテの人造フォーガ達が、ジジョックの足許へと這い寄っていった。


「ぐ、ぐ……」


 通常のフォーガはただの鈍感で危険性のない小型の魔獣だが、人造フォーガには並みの剣士に匹敵する俊敏性と、自身の体長の十倍以上を跳ぶ跳躍力があった。


 それにジジョックは、アルアンテが疑似生命体ホムンクルスの研究に加え、毒物の研究を行っていたことを知っていた。

 人造フォーガに毒が仕込まれている可能性を考えれば、決して無視できる攻撃ではない。

 だが、今の斧と左手を失った状況では、三方向からの剣技へと対処することも難しい。


「調子づくな、雑魚共がああああ!」


 ジジョックが図太い右手を突き出す。

 腕の側面に無数の突起が生じたかと思うと、鋭利に尖った土の弾丸が、無規則に周囲へと撒き散らされる。


「うっ……!」


 兵達が、剣で土塊を防ぎながら後退する。

 人造フォーガの群れが、次々に土の弾丸に射貫かれて破裂し、動かなくなった。


 ジジョックはその隙を突いて、手首を失った肉柱シュブラスを、鞭の様に一閃した。


「うおおおおおおおおお、らぁ!」


 胸部に直撃を受けた兵の一人が軽々と飛ばされ、背から地面に落ちる。

 殺すには至っていないものの、意識を奪うには十分な一撃であった。

 実質的に敵の戦力を一人削ったと言える。


 ジジョックは肩で息をしながら、まだ立っている二人の兵と、アルアンテを睨む。


 彼の身体は、自身の右腕から飛ばした土の弾丸を複数の箇所に受け、血塗れになっていた。

 元より土塊の散弾は、自傷覚悟の目晦ましなのだ。

 常人よりも並外れて頑丈なジジョックにしても、あまり切りたい札ではなかった。


 利き腕と武器を、カーツの決死の行動により、早々に落とされたのが響いていた。

 剣士の俊敏性を持たず、魔術師の派手な攻撃手段も持たないアルアンテはともかく、残る二人の兵は近接戦闘のプロである。


 ジジョックの最大の強みは、斧による攻撃を、体内に封じた魔術式で確実に通していくところにある。

 強みを欠き、怪我を負ったこの状況は、あまり好ましくない。

 ジジョックにとってはたかが王国兵数名相手に後れを取ったなどと認めがたい事実ではあったものの、さすがに劣勢にあることを自覚せずにはいられなかった。


 もっとも、ジジョックにまだ体力は残っているし、身体に隠しているとっておきの魔術式もまだまだある。

 それに利き腕は失ったが、肉柱シュブラスはまだ残っている。

 戦おうと思えばやりようがないことはない。

 だが、元より此度の襲撃にそこまでする価値などないのだ。


「まだ、後三人……チィ! 燥ぎ過ぎたか! 今回は、ここで引き上げてやる!」


 言うなりジジョックは、持ち前の人外の身体能力で高く跳び上がり、アルアンテの目前へと着地した。


「えっ……?」


「アルアンテ! ただし、裏切り者の貴様を殺してからな!」


 ジジョックが剛腕が巨大な握り拳を作り、アルアンテへと振り下ろされる。


「お、お兄さんっ!」


 車椅子の少女、エリーゼが悲痛に叫ぶ。


「ま、待て!」「貴様っ!」


 二人の兵がすぐさまジジョックへと剣を向け、飛び掛かろうとする。

 だが、間に合わない。


 ジジョックの巨大な握り拳がアルアンテの頭をかち割った。

 少なくとも、兵達はその様に錯覚した。

 だが、次の瞬間、ジジョックは盛大に空振った拳を地面へと叩きつけていた。


「……あ?」


「愚かな。如何なる場合にもアルアンテへの暴力行為を禁じると、トニーレイルからあれほど諄く伝えさせていたというのに」


 アルアンテが無表情で呟き、退屈そうに溜息を洩らした。


「馬鹿な、お前なんぞが、オデの攻撃を避けられるわけがない……! そもそも戦闘経験どころか、戦闘訓練も積んでいなかったはずだ!」


 ジジョックが二撃目、三撃目の拳を振るう。

 アルアンテは不自然なカクカクとした動きで身体を竦め、寸前のところで拳を回避し続ける。

 奇妙な動きで、偶然避けられているだけにも見えるが、だとすれば三連続で避け続けられている理由に説明がつかない。


「え……?」


 何が起きているのかわからず、残った二人の兵は、アルアンテに加勢するのも忘れ、その様子をただ呆然と見守っていた。


 兵が聞いていた話では、アルアンテは、強引にテトムブルクへと連れて来られた、少しばかり魔術の才がある、ごく普通の青年という話だった。

 だからこそ『死の天使』の一員であった彼を保護対象に含める、という話になったのである。


 兵達も一流の剣士である。

 アルアンテの身の熟しの異常さは、一見して理解できた。


 常識を度外視した気味の悪い動きではあるが、だからこそジジョックの狙いを尽く外して完封している。

 どの様な奇妙な体勢からでもジジョックの動きがしっかりと見えている、というよりは、事前にジジョックがどう動くのかを知っていたかの様な動きを取る。

 まるで事前に打ち合わせた演舞の様でさえあった。


 これで戦闘経験がないわけがない。

 いくつもの死地を乗り越え、勘を研ぎ澄ませ続けて来た者のみに許された動きである。


 アルアンテはジジョックの拳を回避しながら、懐から緩やかな動きでフラスコを取り出した。

 そのままゆっくりとジジョックへと突き出し、握り潰して中の液体を宙に舞わせた。

 ジジョックの顔面が、フォーガの種の液体に濡らされる。


「べっ、べっ! なんだこれは! 貴様、オデを馬鹿にしているのかあああ!」


「偽りの生命よ、芽生えよ」


「あ……おご、ごあぁぁ!」


 ジジョックの頬が、裂けんばかりにパンパンに膨れ上がる。

 口から何体もの人造フォーガが溢れ出す。

 ジジョックが白目を剥き、その場に崩れ落ちた。


 彼は残った右腕で、必死に口に蓋をする人造フォーガへと何度も指を立て、破裂させた。

 そのときにジジョックの巨体が痙攣し、口から流れ出るフォーガの隙間と鼻から泡が噴き出した。


 それを眺めていた子供達が、次々に嗚咽を上げ、吐瀉物を吐き出した。

 兵達も、目前の異様な光景に釘付けになったまま、指一つ動かすことができないでいた。


 アルアンテがゆらりと不気味な動きで背を伸ばし、地面に倒れるジジョックへと冷たい目線を向ける。

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