第三十九話 真理の紡ぎ手①
小型都市テトムブルクの地上では、クロイツの部下の兵達五人が、研究施設を脱走した子供の保護に当たっていた。
既に元『死の天使』の錬金術師であるアルアンテと、彼の保護していた足の不自由な少女エリーゼに加え、十二人の子供達の保護に成功していた。
「……この辺りが、限界だな。今までは魔術師と当たらず、せいぜい脱走した実験魔獣が相手だったからここまで持ちこたえていたが……そろそろ、撤退するべきかもしれぬ」
この場の兵の中では一番の年長である、中年の兵士カーツが、膝を突きながらそう零した。
脱走した魔獣ばかり相手にしていた間は順調に子供の保護を進められていたのだが、つい先ほど、ついに逃走中の魔術師からの襲撃を受けたのだ。
幸い兵達とアルアンテで協力し、死者を出さずに追い払うことに成功した。
だが、全員疲労と負傷が激しく、これ以上下手に交戦するわけにはいかなくなってしまった。
そもそも相手が『死の天使』の中ではあまり腕が立つ魔術師ではなかったことと、すぐに引き下がってくれていたからこそ、犠牲を払わずに退かせることができたのだ。
次に襲撃があれば、全滅することになってもおかしくはない。
「……『死の天使』の魔術師は、どの人も、どうしようもない外道とクズばかりです。逃げた子供達が集まっていると知れば、喜んで襲い掛かって来るはずです。ここからは集まるのを避けて、三組に分かれた方がいいかもしれませんね。テトムブルクを脱せば、奴らも手出しはしづらくなるはず……」
アルアンテがカーツへと提案する。
「そうなると、一組に二人ずつ我々がつくのが妥当なのだろうが……そうすると、我々は五人だから、一人足りないな。お前を戦力の頭数に入れろ、ということか? 俺としては、お前をあまり信用はできぬのだが……いや、今更か。それに、こんなことを言っている場合ではない」
カーツが溜息を吐く。
「わかった、そうしよう。だが、お前は錬金術師としての技術は一流なのかもしれんが、戦闘の場に立つ魔術師としては、少し頼りないな。マナも、もうあまり残ってはいないのだろう? お前には俺と来てもらおう」
「はい、すいません……」
アルアンテが頭を下げる。
「よし、方針は決まっ……」
「カーツさん! な、何者かが、こっちへと向かってきています!」
部下の叫びを聞き、カーツが顔を上げる。
遠くからこちらへと駆けて来る、巨漢の姿があった。
禿げ上がった歪な頭部と淀んだ瞳、口許から覗く左右に裂けた舌が特徴的な、奇怪な男だった。
ぶくぶくに肥えているため、首と顎の境界がわからなくなっている。
手には巨大な斧を握り締めていた。
「なんだアレは、奴らの実験体か?」
「あ、あいつも『死の天使』の一員です! 名はジジョック、自分の身体に禁忌術式を躊躇いなく埋め込む、危険な男です! 何を仕掛けて来るのか、はっきり言って見当もつきません!」
五人の兵が半円の陣形を作り、背後の子供達を守る様に並ぶ。
アルアンテはそのすぐ後ろに立ち、懐より緑の粒が浮かぶ液体を取り出す。
疑似生命体、人造フォーガの種である。
「アルアンテ! やはり貴様、裏切ったなぁ! トニーレイル様から、あれほど贔屓されていたというのに、ブァカな奴めが! 我ら『死の天使』を王国兵団程度に売り渡して、無事で済むと思っていたのか?」
ジジョックが大声で吠える。
「偽りの生命よ、芽生えよ!」
アルアンテは杖を振ると同時に、フラスコをすぐ足許へと投げ付けて叩き割った。
緑の粒は液体を吸い取って肥大化する。表面の膜が破れ、人の拳程度の大きさの小動物が這い出て来る。
「グゥー」「グォ」「オォウ」
五体の人造フォーガ達が地面を這い、ジジョックへと迫る。
「つまらん玩具だ、ハハハァ! オデは元々、貴様が気に食わんかった! そんなくだらん研究をしていたのに、トニーレイル様に贔屓されていた貴様が目障りだったのだ! だが、今は、容赦なくぶち殺してやれるぞぉ! 貴様が裏切ってくれたからなぁ!」
ジジョックが地面を蹴り、高く跳び上がった。
五人の兵の陣形を跳び越え、彼らとアルアンテの間へ立つ。
「わざと挟まれた……?」
「こ、好機だ、囲めばいい!」
兵達がジジョックを囲む様に立ち回る。
「馬鹿め、オデの罠に掛かったな! 我が声に応え、肉界より来たれ! 非情なる肉柱シュブラス!」
ジジョックの斧を握る腕に切断面が走る。
その間に人体を裏返したかの様なグロテスクな外見の触手が継ぎ足され、彼の腕のリーチが倍に跳ね上がった。
鞭の様に触手を撓らせ、斧を振るう。
「あっ……」
一人の兵が、斧に胸部を裂かれ、背後へと弾き飛ばされる。
怪我の深さから見て、一見しただけで彼が助からないことは明らかだった。
「アレクッ!」
カーツが顔を青くし、斬られた兵の名を叫ぶ。
「ハハハ、これで終わり! 全員死ね!」
ジジョックはそのまま腕を振るう。
兵達はジジョックを包囲するために、半円を描く様な陣形で彼を取り囲んでいた。
その位置はすべて、斧の刃が通過する座標であった。
複数人を間合いに入れた状態で肉柱シュブラスによる不意打ちによって一人を確実に仕留め、恐怖と憤怒に動揺して隙の生じた、残りの敵の命を狙う。
ジジョックの恐ろしい戦術であった。
斧の次の標的は、カーツであった。
カーツは剣を振り上げ、ジジョックの腕を狙う。
「こ、このっ!」
「遅いわぁ! ハハハァ!」
ジジョックの斧が、カーツの左胸部を穿った。左肩が身体から引き剥がされ、骨が露出する。
それでもなお、ジジョックの斧は威力を衰えさせない。
そのまま三人目へと牙を剥こうとした――かに見えたが、そのとき、斧が手から離れた。
「あ……?」
そのまま肉柱シュブラスは垂れ下がり、地面との摩擦で肉が擦れ、赤い血肉を飛ばしていく。
投げ出されて地面に刺さった斧には、ジジョックの手首が握られたままだった。
「オ、オ、オデの左手……! 馬鹿な! オデの方が、間違いなく速かったはずだ! コイツ……斧を受けた後に! 死に際に、オデの手首を切断しやがったのか!」
ジジョックが怒りの形相で、血溜まりに倒れるカーツを睨む。
「カーツさんが命に代えて作ってくれた好機だ!」
「よくも、カーツさんとアレクを!」
「確実にトドメを刺せ!」
三人の兵が、片腕と武器を失ったジジョックへと斬り掛かる。
同時にアルアンテの人造フォーガ達が、ジジョックの足許へと這い寄っていった。
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