第三十五話 死の紳士トニーレイル⑪
トニーレイルの命令に従い、六人の子供が分かれ、取り囲む様にランベールへと接近する。
「……止まれ、脅されているのであろうが、その剣を握っていれば、お前達は死ぬぞ」
ランベールの声に、一部の子供の足取りが鈍る。
トニーレイルからの精神的な拘束には、奴隷になってからの期間や本人の素質、トニーレイルからのお気に入りの度合いにより、個人差があった。
トニーレイルは、第三者からの言葉で手を止めるようなヤワな洗脳は施してはいなかったが、しかしそれでも、迷いは生じる。
そのため、一斉に掛かるはずのタイミングが、ややズレた。
一人の少年が、背を屈めてランベールへと突進する。
「いいぞ、ロビック。生きて戻ったらご褒美をやろう」
トニーレイルが口から舌を伸ばし、笑う。
飛び掛かった少年は、トニーレイルの一番のお気に入りロビックであった。
トニーレイルはランベールの様子を観察しながら、両手首を振るう。
「悪魔の爪よ、我が手に宿れ」
白い手袋を突き破り、赤紫の鋭利な爪が左右十本の指先から伸びる。
「光栄に思ってくださいね。普段は、人形しか使わないんですから」
悪魔の爪は、マナを結晶化させて皮膚に装備し、武器とする魔術である。
猛毒性の爪は、掠っただけで致命傷となる。
身体に侵入したトニーレイルのマナが、既存のマナの働きを阻害し、掻き乱す。
傷を受けた相手はまず魔術を行使できなくなり、次に身体中が違和感に襲われ、まともに動けなくなる。
常人ならば、三分も放置されれば死に至る。
トニーレイルの戦法は、奴隷達に所有者のマナを吸い出して爆発を引き起こす相殺剣を振るわせ、自身は相手が動揺を見せたその一瞬を突き、悪魔の爪によって絶対死の一撃を放つことであった。
(奴は、人の死に動じ過ぎる。実戦経験が、少ないのでしょう。とんでもない剣士なのは間違いないですが……奴は、奴隷を殺した後……必ず、激昂なり、何らかの感情の揺れ幅が生じ、隙を見せる。そこを、突く)
トニーレイルの奴隷は少年とはいえ、薬物と禁魔術で肉体を強化されており、本来の限界を遠く超越した身体能力を持つ。
真っ先に飛び掛かった少年、ロビックは、その点においても、最も優秀な被検体であった。
「……なるほど、お前は速度だけならば、クロイツの奴を超えているな」
ランベールは大剣を引きながらロビックの手に擦り当て、剣から手を離させる。
衝撃に弾かれたロビックが後方に跳ばされ、尻もちを突く。
ロビックの無表情な目が瞬きをし、それから固く閉ざされた。
「……僕は、楽に死ねた方か」
その途端、剣の刃の術式が、輝きを帯びる。
(落とさせただけでは、子供が爆炎に呑まれる……)
ランベールは前に跳び、床に屈むロビックを庇う様に立つ。
刃から放たれた業火を、ランベールの背が遮った。
「ど、どうして……」
「怪我は……ないな。お前達は保護させてもらう」
その様子を見て、トニーレイルが跳んだ。
「……まさか、ここまで甘ちゃんだったとは。ほとほと、貴方は、一線を超えられないらしい。ここは貴方がこれまでにいたような、ぬるま湯ではないのですよ!」
腕を振り下ろそうとしたトニーレイルは、しかし宙で悪寒を覚える。
身体の体勢を捻じ曲げて上下を入れ替え、天井を蹴ってランベールから逃れる。
相手の意表を突くことで追撃を妨げる、変則的な回避方法であった。
着地し、手の甲で冷や汗を拭い取った。
(今は、絶好の好機……だと、思った。だが、あのまま間合いを超えていれば、間違いなく斬られていた。なんだ、あの、異様な殺気……)
そのとき、トニーレイルの右手首に激痛が走った。
彼が思わず目線を落とせば、床に血だまりが広がり、手首が骨ごと断たれている。
「なっ、なぜ……!」
トニーレイルが敢えて変則的な回避を目論んだとき、その動きの中で、手首がランベールの大剣の間合い内へ入り込んだ一瞬があったのである。
「……お前は俺のやり口を甘い、ぬるま湯にいたのだろうと、そう言ったな」
ランベールが、トニーレイルへと振り返る。
「地獄であろうとも理想を貫けるだけの力を持った剣士であれとの、陛下との約束があるのでな。……無論、そこには統一という名の侵略への反感を減らす意味合いもあったのだが、俺の指針であり、誇りであった」
トニーレイルは、ランベールと目が合い、身体を震わせ、屈みこんだ姿勢のまま背後へと下がる。
目を部屋中に泳がせ、隅に自身の落ちた腕を見つける。
「まさかそれを、貴様の様な、最初から卑劣に成り下がることしか頭になかったような卑屈な男に、説教を垂れられるとはな」
「お、おお、お前達っ! 奴へ飛び込め! 自爆しろ……いや、そうだ! 自害しろっ!」




