第三十四話 死の紳士トニーレイル⑩
ランベールは大剣を構えたまま通路を駆けていたが、途中で唐突に足を止める。
後を追いかけてきたクロイツ達がランベールに追いつき、そのすぐ後ろへと並んだ。
「どうしたのだ、鎧の剣士よ?」
クロイツが問えば、ランベールは軽く地面を足で蹴る。
「足音の響き方が、少し妙だな。何か、罠があるかもしれん。お前達は少し下がっていろ」
「それならば、この道は避けた方がいいのではないのか?」
「いや、根拠としては少し弱い。この程度のことで、敵に猶予を与えたくはない。こうしている間にも、別出口から逃げ出していないとも限らぬ」
「……それならば、私が先陣を切ろう。ここで貴方に負傷されては、我々は総崩れになってしまう」
そう言って前に出ようとしたクロイツを、ランベールは手で制する。
「安心しろ、俺ならばヤワな罠で傷つきはせぬ」
「それは、そうかもしれないが……」
クロイツが言葉に詰まっている間に、ランベールは前へと進む。
と、同時にランベールは、前方から誰かが向かって来るのを察知した。
人の集まりに加え、大きく先陣を切って駆けて来る者がいる。
敵が来ると判断したランベールは、足を速める。
通路先に、剣を手にした小柄な人影が見え始めて来る。
まだ、背の低い子供であった。
顔には明らかに脅えの色があり、様子が普通ではない。
「……魔術師連中ではないな。安心せよ、我々は、王国の兵士だ」
やや離れた後方に立つクロイツ一行は、堂々と自身ら王国兵団の前で身の上を詐称したランベールを、少し複雑な気持ちで眺めていた。
ランベールは少年が極度の興奮状態にあるのを見て、落ち着かせるために、剣をやや下げ、走る速度を落とした。
「ご、ごめんなさい……お、俺、あのおじさんの言うこと、さっ逆らえないんです……だから、逃げてください」
「何を……」
言いながら、ランベールは少年の様子を観察する。
ここに捕らえられた実験体の子供にしては身体が綺麗であり、生地のいい燕尾服を身に着けていた。
また、走り方も、一流の戦士には程遠くとも、多少の訓練を受けたものであることが窺える。
そして手に握る剣には、刃に細かい魔術式が刻まれていた。
魔術師ではないランベールには、それが何なのか読み解くことはできなかった。
しかし、ランベールは自身のマナを求めるアンデッドの特性によって、少年の持つ剣が、彼のマナを急速に吸い出していることに気が付いた。
「おい、その剣を放せ!」
ランベールは叫びながら大剣を完全に下げ、籠手の腕を大きく伸ばす。
少年の持つ剣の刃が輝きを帯び、次の瞬間、轟音と共に爆炎を上げた。
その爆発に続き、ランベールの周囲の壁、天井に罅が入り、崩壊が始まる。
ランベールは落下してきた天井の断片を大剣で弾き、前へと逃れる。
「…………」
ランベールは、大剣とは逆の腕に掴んだ子供を、床へと丁寧に寝かせる。
身体全身が黒く焦げ、剣を握っていた腕は、肩ごとなくなっていた。
既に少年は死んでいた。
瓦礫から助けることはできたが、爆発の規模が広く、庇い切ることが不可能だったのだ。
「すまない、俺が至らないばかりに……」
ランベールは兜を傾けさせ、子供へと詫びた。
「鎧の剣士よ! だ、大丈夫か! 天井が……!」
ランベールの背後、瓦礫に塞がれた奥からクロイツの声が響く。
「……お前達は、別の道を探れ。こいつは、俺がやる」
「さすが、無事だったか。し、しかし、お前抜きでか? い、いや、ああ、わかった!」
クロイツ達の足音が離れていく。
通路の先から、七人の男達が近づいて来る。
その全員が燕尾服姿であり、内六人は先程の少年と同じ程度の年頃で、一律に例の爆発する剣を握りしめていた。
「……遭遇すれば、今のでまとめて生き埋めにするつもりだったのですが、よく気が付きましたね。この研究施設は、敢えて部分部分、壁を脆く作っておいてもらってあるのですよ」
六人の少年を盾にする様に立つ、背の高い細身の男が、慇懃な拍手をランベールへと送った。
「申し遅れましたが、私はこの地下研究所を拠点に活動する錬金術師団『死の天使』の副団長、トニーレイルと申します」
トニーレイルと名乗る男は、芝居がかった動きでランベールへと頭を下げる。
それに合わせる様に、六人の少年達も一斉に同じ動作を取った。
少年らの無表情さと合わさり、人形劇の様な不気味さがあった。
「見事ですよ。敵を逃さない様、崩壊する通路はかなり長めに作っておいたのですが……まさか、落下してくる瓦礫を、子供一人を担いで易々と凌いで見せるとは。その鎧も、剣も、ただものではありませんね。私の部下が立て続けにやられていると聞いて、何が起こったのかと不思議でなりませんでしたが……そうか、一人、例外が混じっていたのですね」
トニーレイルは首を横に大きく振った後、冷たい目でランベールを睨む。
「……まったく、もっと気軽な気持ちで行きたかったのですが、これは少々、気を引き締める必要がありそうですね」
「随分と評価してくれるが、その割には余裕そうな態度だな」
「ええ、確かに実力は申し分なさそうですね。しかし、自覚があるのかないのかわかりませんが、貴方、一線を超えていない……あまりにも、甘いんですよ。貴方が、どこで、どうやってきたら、それだけの力を身に着けながらも、そんな甘いままでいられたのかは知りませんが……とても、歪に思える」
「……ほう、言ってくれる」
「そんなんじゃあダメなんですよ。我々『笛吹き悪魔』と踊りたくば、貴方方自身も悪魔にならなければならない。教会の方々は、もっと覚悟が決まっていましたよ。不甲斐ない私の部下達に代わり、地獄の作法を、教えてあげましょう」
トニーレイルがランベールへと手を翳す。
「お前達、あの男を一斉に取り囲め。刃を関節部に捻じ込んでやれ。如何にあの鎧が頑丈であろうとも、それでバラバラになる」




