第三十三話 死の紳士トニーレイル⑨
地下研究施設の奥で、『死の天使』の副団長であるトニーレイルは椅子に腰掛け、優雅に足を組んでいた。
「……それで、私の愛しいロビックよ、報告とは何かね?」
トニーレイルの向かいには、彼の玩具にされた少年ロビックが膝を突いていた。
「どうやら、侵入者の一団がいるようです」
「知っている。私が、招待してあげたのだ。そのために、わざわざこのタイミングで、我ら『死の天使』の誇る上位の魔術師達を、施設内に戻したのだ。確実に呼び込んで、一人残らず嬲り殺しにしてあげるためにね……」
トニーレイルが副団長を務める『死の天使』は、反国家魔術組織『笛吹き悪魔』の中でも、知識自慢の強者達が集う。
団長である八賢者が一人『真理の紡ぎ手』は、『笛吹き悪魔』の結成初期から所属している古株であり、噂ではとうに百歳を超えている、とまで組織の中では噂されていた。
八賢者の頭目『不死王』、その補佐を務める『血霧の騎士』に次いで、八賢者の中でも三番手の実力者であるとまで称されていた。
その『死の天使』の上位魔術師を揃えているのである。
トニーレイルは、絶対の自信を持っていた。
如何なる敵が攻めて来ようとも、話になるわけがない。
そもそも彼が籠城の策を取ったのは、敵を警戒してではなく、侵入者達を絶対に逃さないためである。
「……その侵入者に、『死の天使』の魔術師達が、立て続けに敗れているようです。様子がおかしいと、入口側のエリアに向かった魔術師からの連絡もありません」
「……んん? ハハハ、ロビック、君はウィットがなっていないね」
「『死と生の操者』のトゥーレニグウ様、『神の両手』のハルメイン家兄弟のお二方、『笑う断頭台』バレンマン……前部エリアには幹部位である彼のお方らがいらっしゃったはずですが、恐らく全滅したのではないかと……」
トニーレイルがロビックの顔を睨む。
ロビックはトニーレイルの表情を窺うかのように、微かに顔を上げていた。
少年の無表情な顔には、冷や汗が垂れていた。
「どう、なさいますか?」
「……おい、奴隷如きが、我ら『死の天使』を愚弄するな。何度も言わせるなよ、お前のジョークは馬のクソにも劣ると言っているんだ。その不快な声を発する喉を、締め潰してやろうか? 私がちょっと優しくしてやったからと、調子に乗っているんじゃあないのか?」
トニーレイルの顔に皺が寄り、語調が荒くなる。
「しかし、事実です……」
ロビックの答えは変わらない。
顔を青褪めさせ、唇は震えさせている。
少年の顔に嘲弄の色ははない。
トニーレイルは自身の額を人差し指で押さえながら、考える。
彼は趣味で美少年を集めては、魔術を用いた拷問や洗脳により徹底的な教育を施し、奴隷にしていた。
彼らが嘘を吐いたり、裏切ることは、考えづらい。
徹底的な痛みと恐怖によって支配しているのだ。
彼らがどれほどトニーレイルに恨みを抱いていようと、寝ているトニーレイルの首にナイフを突き立てるだけの勇気も残っているはずがない。
そのことは、トニーレイルが一番よくわかっていた。
だが、そうであっても、今の事態は許容できるものではなかった。
(どういうことだ? テトムブルクへ来たのは、王国偵察団の、しかもたった一部隊ではなかったのか? 何かが、おかしい。どこかの段階で、情報が攪乱されていたとしか思えない。あまりにも、相手側の動きが速すぎる。スパイが潜り込んでいたのか? だが、我らの活動が危険視され始めたのは、オーボック伯爵が間抜けを踏んでからだったはず)
トニーレイルが、苛立ちのままに、コツコツと足で床を叩く。
「……とっくにここが、バレていたのか? こんなときに、『真理の紡ぎ手』様はいずこへ……!?」
偽情報で踊らされていたのではなかろうか、とトニーレイルは疑う。
いくらなんでも、偵察部隊一つに攻め入られているとは考えられない。
油断を誘う囮情報であり、実際には他の部隊が複数で『死の天使』壊滅に動いていると思えば、まだ辻褄は合う。
「いいでしょう……王国兵団だか教会の連中だか知りませんが、その挑戦、このトニーレイルが受けてやろうではありませんか」
トニーレイルが席を立ち、出口へと歩く。
「ロビック、私の奴隷を集めて、通路に整列させておきなさい。それから人数分の、相殺剣をね」
「……相殺剣、ですね。承知致しました」
「確認するな、しっかりと聞こえていただろう? 頭の両側についているそれは、お飾りかな?」
トニーレイルは足を止め、ロビックの耳を摘んで爪を立て、勢いよく引っ張る。
「いえ、申し訳ございません。すぐに準備を」
「最優先事項だ。来るのが遅かった奴は、後で生きたまま標本にしてやると伝えておけ」
「はい」
ロビックが頭を下げ、足早に部屋を去っていく。
トニーレイルはロビックの背が見えなくなってから、鼻で笑う。
「もっとも、後に何人生き残るかはわからないがね」
五分と経たぬ間に、トニーレイルの奴隷である、執事服の美少年達が、地下研究施設の通路に集まった。
トニーレイルは指で差し、一人一人数を数えていく。
「……七人? 四人ばかり足りないようだが、ロビック」
「……パラメは昨日のトニーレイル様の教育の後倒れてそれっきりでしたが、先程死亡が確認されたようです。レーリーは、トイレで自死していたそうです」
「なんだ、だらしのない。君とは大違いだなロビック」
トニーレイルとロビックの話を聞き、まだトニーレイルの奴隷に加わって日の浅い少年の顔が、恐怖に歪む。
トニーレイルに仕えて長い少年達の顔に、ほとんど変化はない。
ここでは同僚が死ぬことなど、ほんの些事でしかないのだ。
それに過剰に反応すれば、トニーレイルの機嫌が悪ければ、それだけで拷問や死に繋がりかねない。
「シェルフは、今は離れた場所にいると聞いたため、間に合わないと考えて置いてきました。ネインは、トニーレイル様とルルック様のお戯れのときに死にました」
「ん? ネインはあの後、生きていなかったかい?」
「……最後に、ネインの息の根を止めたのは、トニーレイル様だったと」
「ああ、そうだったかな? 忘れていたよ」
トニーレイルが、惚ける様に肩を揺らし、大袈裟に腕を動かす。
「じゃあ、これでいいか。では、侵入者を狩りに行こうではないか。これ以上は部下に任せても、仕方がなさそうだからね。君達、特別に私の先を歩くことを許可してあげよう」




