第三十一話 死の紳士トニーレイル⑦
都市ロトムブルク地下、『死の天使』の研究施設の門番トゥーレニグウを下したランベール一行は内部へと踏み込み、その中の一室にて『死の天使』の衣を纏う二人の魔術師と対峙していた。
二人共、獣を模した簡素な仮面を被り、腕は黒いアームカバーで覆い、皮膚の露出を防いでいる。
「トゥーレニグウはどうしたのだ! 奴が、入り口を守っているのではなかったのか!?」
背の低い男が言えば、背の高い、猫背の酷い男が冷笑する。
「トゥーレニグウが、ただの王国兵団の一部隊に敗れるわけがあるまい。気紛れに通したか、飽きて外へ向かったのだろう。ふん、だからレイアノロ族の生き残りなど、信用できぬと言ったのだ。奴は我々の中でも少々特殊過ぎる」
二人共、肩を揺らし、腕を大袈裟に曲げ、印象的な不気味な動きを見せる。
出鱈目な動きだが、見る者にどこか連帯感を覚えさせ、まるで舞いの様にも思えた。
ただ、例え二人が奇怪な格好をしていなくとも、彼らのその動きを街中で見かければ、それだけで真っ当な者ではないとわかるだろう。
「なんですか、この連中は……」
王国監査兵団『不死鳥の瞳』の剣士達は、彼らに剣先を向けて威嚇しているが、まるで気にする素振りはない。
「まさか、貴様ら……ハルメインの兄弟か」
クロイツが呟く。
「……ハ、ハルメイン兄弟? まさか、あれは、ただの作り話でしょう?」
彼の部下、フーレが、それに反応して驚く。
長身の猫背が、身体を大きく彼へと向け、わざとらしく耳に手を当てる。
「おや、よくぞわかったな。ならば答えねばなるまい、我が名はレジェフ。そしてこちら、我が愚弟がミライゼ」
「我ら共に、人間の可能性を愛するアーティスト! 我が兄レジェフが断ち、我が紡ぐ」
「神は我らに一つの才しか与えなかったが、我らが協力することで、なんだって成し遂げることができる! 我ら、二人で一つの芸術家、ハルメイン兄弟なり」
ハルメイン兄弟の二人が互いの手を取り合う。
『不死鳥の瞳』の剣士達は、呆然と立ち尽くしたまま動けない。
クロイツだけが、魔銀の兜から覗く顔を怒りに歪ませていた。
ランベールは構えた大剣をそのままに、クロイツへと兜を傾ける。
「知っているのか?」
「……十五年前、とある貧しい街で、治療院が開かれた。長く放置された廃棄された建物を再利用して作られたものだった。急に現れた二人の白魔術師は教会魔術師を自称しており、伝染病に冒されていた街を救うため、という名目で活動していた。街にはまともな白魔術師もおらず……街中の人間が大喜びしたもんだ。怪しいとは誰も思わなかった。あっという間に、治療院のベッドが埋ったよ」
クロイツが淡々と述べる。
「だが、一週間も経ったところで、治療を行っていた二人が姿を消し……教会の中は、腕が三つある者や、首が二つある者と、とにかく奇怪な容貌の人間で溢れ返っていた。全員、患者だった街の人間だよ。ご丁寧に、カードまで添えてな。『失敗した、何故か臓器が十全に働かない。クソだった』、『成功した、三年は生きるよ!』とな」
ランベールは兜をハルメイン兄弟へと向ける。
「おお、懐かしい。あれはそんなにも昔のことだったか!」
「楽しかったなぁ、あれは。実は我々はあのとき、泣き叫ぶ身内に紛れ、様子を見ておったのだよ」
フーレがクロイツへと疑問の目を向ける。
「あ、あの、ハルメイン兄弟は、実在しない話だと……」
「……奴らの被害者は、教会の異端審問会が教義に則って、全て焼き殺したんだ。国はそれを、公には出せなかった」
兄のレジェフが拳を振り上げる。
「そう、そうなのだ! 忌々しい奴らめが! 民を平然と焼き殺すとは、あれが人間のやることか!? 我々が苦心して命を繋いだものを、奴らは虫でも殺すかのように淡々と! 奴らには、血が通っているとは到底思えない!」
「異端審問会のやり方を、私は否定しない。妹に頼まれ……見知らぬ他人の身体を付けて胴を伸ばされた彼女を絞め殺したのは、他でもない、この私であったからな。私は、貴様の様な奴らを狩るために、王国兵団に入ったのだ!」
クロイツが、レイピアを手に疾走する。
「鎧の剣士よ、奴らは、私が……!」
クロイツが動いたのを目に、他の兵団の剣士達も動き始める。
「ふむ……確かに我ら兄弟はインテリなもので、研究は好きだが荒事は苦手でな。王国兵団の粗忽な剣でも、我が首まで届くかもしれんぞ?」
兄のレジェフが仮面越しに顎を掻く。
「最も、ここにいるのが我らだけとは言っておらんのだがな。さて、彼らに、頑張ってもらおうじゃないか。我らが研究成果、百目入道に、な」
言い終わるなり、床が割れ、裂け目より一体の化け物が這い出て、姿を現す。
直径三ヘイン(約三メートル)はあろうかという球体の、あちらこちらから人間の、それも子供の首や腕が、突き出されている。
下部には、虫の様に大量の足が生えていた。
両側から突き出された巨大な腕は、よくみれば無数の人間の胴体をくっ付けて象っている。
クロイツの部下達も、復讐を口にして先陣を切ったクロイツも、その圧倒的存在感を前に、ただ立ち竦むことしかできなかった。
子供達は目から黒い涙を流して泣き、苦し気に身を捩る。
「生身を纏う人造巨人……ではないな。アレは、死体を用いるものだ。だが、これは、それよりも遥かに性質が悪い」
ランベールの言葉に、ハルメイン兄弟、弟のミライゼが笑う。
「その通り! 神の右手と称された兄者が断ち、神の左手と称された私が紡いだ彼らは、なんと、この状態で、まだ生きている! これより実践実験を開始する! さあ、百目入道よ、その強大無比なるパッワーを持って、すべての外敵を排除するのだ!」
 




