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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第三十話 死の紳士トニーレイル⑥

 トゥーレニグウの姿が唐突に途切れたことで、『不死鳥の瞳』の兵達に、不穏な空気が走る。


「き、消えたぞ!」

「最初のときも奴は突然現れた! トゥーレニグウは、姿を消せるんだ! 不意を突いて来るつもりだ!」


 クロイツが兵達に注意を喚起する。 

 兵士達が言葉を途切れさせ、剣を持つ手を垂らす。


 トゥーレニグウは老化魔術を操る。

 その恐ろしさは、通路に置き去りにされていた、変死した子供達のことからも明らかだ。

 そこでクロイツは気が付く。


「そうか、さっきの死体は……」


 クロイツも、妙な気はしていたのだ。

 なぜトゥーレニグウが、自分達を待ち構える身でありながら、自身の魔術を晒す様に、わざわざ見世物の様に変死体を並べていたのか。


「私達に恐怖を抱かせ、統率を乱すため……!」


 如何に強大な魔術であろうが、当たらなければ意味はない。

 相手が姿を晦ませようが、人数で押せば、誰かの剣は敵に当たる。

 それをさせないため、自身の魔術へと恐怖を持たせるべく、まず子供達の死体を見せつけたのだ。


「この、外道め……」


「半分正解だよ、魔銀ミスリル兜君。しかし、もう半分は間違っている。私は、貴方方に対し、一切の脅威を抱いていない。故に、そんな遠回りな策を立てる意味がない」


 通路の奥の、あちらこちらから声が響く。

 トゥーレニグウの魔術によって声が不規則に反響しており、発生源がどこであるのかはわからない。

 不可視の死神の視線を感じ、『不死鳥の瞳』の兵士達の恐怖が増す。


「貴方達の反応が楽しくて仕方がないというだけだよ。そのために、わざわざ被検体を連れて来たんだ。本当は実演してあげたかったんだけど……つい、我慢ができなくてね……結局、みーんな殺してしまったよ。だから、それに関しては大間違い。半分の正解っていうのは、私が外道だって部分だね」


 トゥーレニグウの笑い声が響き、静寂が訪れる。


「いないいなぁい、ばあ」


 誰もが動けない中、何もない空間より唐突にトゥーレニグウが現れ、同時に幾重もの魔法陣が展開される。

 無数の黒い光が、狭い通路を雨の様に降り注ぐ。


「最初のときは加減してあげたんだ。いきなり全滅されたらつまらないからね! この狭い通路で、いつまで避けられるかな!」


 前面に立つランベールが大剣を振るい、黒い光を掻き消していく。


「凄い凄い! いや、凄いよ! でも、いつまで……」


「この狭い通路ならば、ただの一つも背後に見落とさずに済む」


 ランベールが淡々と返す。

 その言葉を受け、トゥーレニグウが重ねて笑う。


「はははは! やせ我慢は止しなよ。いや、でも、貴方は強いよ。ああ、面白い。貴方は顔を、どう恐怖に歪めるのか。レイノアロの一族は、探究心を忘れないのさ。そしてそれが、行動原理とな……」



 トゥーレニグウが、目を見開く。


「いつの間に、そんなに近くまで……?」


 ランベールは、魔術の光を叩き斬りながら、トゥーレニグウへと前進していた。

 おまけに、ただの一つも魔術の撃ち漏らしなく、その大剣で弾いている。


「老化魔術じゃ、どうにもならない……。そう、たかだか王国兵団の一部隊相手にと思ったけれど、とんだ化け物が混じっていたらしい。まさか、私がこんなところで、本気を出すことになるとはね」


 トゥーレニグウが黄金林檎を宙へと投げる。


「この魔法具は、私の先祖が手に入れ、私が一族を滅ぼされてから、『笛吹き悪魔』での研究で完成させたもの……この世で一つしかない最高位の魔法具であり、私のすべてだ」


 林檎は彼女の顔の前で留まり、輝きを放つ。


「『楽園の林檎』は、『終焉の髑髏』と対になる、魔術発動の補助道具……『終焉の髑髏』による対象のマナの吸い出しの威力を増幅させ、老化現象を引き起こす。だけど、それだけじゃない。『終焉の髑髏』の吸い出したマナの一部を、保管することができる」


 『楽園の林檎』が強い輝きを放ち、光の中で輪郭が眩む。


「そして、そのマナを解放することで、術者のマナを一時的に、急激に増幅させることができる! 私がこれまで老化魔術を用いて殺した数は、三千七百六十六人!」


 ランベールの背後で、『不死鳥の瞳』の兵達がどよめきを上げる。


「さ、三千だと?」


「あまりに、桁外れすぎる……こんな魔術師が、今まで王国の内に潜んでいたのか……?」


 クロイツが絶望の声を漏らす。

 まだ、テトムブルク地下研究施設に入ったばかりなのだ。

 覚悟は決めていたつもりだったが、この出迎えはあまりにも凶悪過ぎた。


「私にとって老化魔術は、ただの食事の様なものだよ。私は今、ようやく剣を抜いたというわけだ。本分は、極限なまでに増幅されたマナを裏付けとした格闘術。魔術に転用したいのが本音だけれど、膨大過ぎて扱い切れないものでね!」


 マナとは、ありとあらゆる生物の持つ根源的な生命力である。

 マナをエネルギーとして発動する魔術の威力の高低を左右するのは無論のこと、武術においてもマナの裏打ちがなければ、充分な威力を発揮することはできない。


 トゥーレニグウが『終焉の髑髏』を上に投げる。

 髑髏は急にぴたりと止まり、宙に固定された。


 トゥーレニグウはそれを目で確認すると前傾姿勢になり、手を床につけてランベールを睨む。

 狩りを行う、獣の如き体勢であった。

 持て余したマナを少しでも効率的に発揮するための、瞬発力を活かす構えである。


「本当に久々だよ、『楽園の林檎』のマナを借りるのは。さあ、殺し合いを始めようかな! 貴方が何秒持つのか、とても楽しみだよ!」


 トゥーレニグウはそう叫び、地面を蹴ってランベールへと飛び掛かる。

 ランベールの剣の間合いの手前に降り立ち、足で地を弾く。

 かと思えば、次の瞬間にはランベールの背後に立っていた。


「なんだ、反応できないのかい。その大層な鎧ごと、この手で握り潰してあげよう」


 トゥーレニグウの手が、ランベールの背へと向かう。


「あんな分かりやすいフェイントに掛かるわけがなかろう」


 振るわれた大剣が、トゥーレニグウの横っ腹に直撃した。


「えっ……?」


 トゥーレニグウの身体が逆さまで宙を舞い、血と臓物を撒き散らしながら壁に背を打ち付けて止まる。


「あっ、がはっ、ごほっ!」


 トゥーレニグウが床へと落ち、苦し気に呻きながら、口から夥しい量の血を流す。


「何が、何があって……?」


 トゥーレニグウが血の気の失せた顔で、地面を這う。


「オオオオオオオオオオオオ……」


 そのとき、悍ましい声が響く。

 トゥーレニグウが目を向ければ、『終焉の髑髏』が、ランベールの大剣に叩き潰されたところであった。

 髑髏の残った顎の部分が震え、呻き声を上げていたのだ。

 ランベールが踏み潰すと、髑髏の声も止んだ。


「や、やめろ! それは、私の、私の一族の全てだぞ!? あ、ああ、あああああああああ!」


「三千人吸ってその程度ならば、大した魔法具ではないな。もっとも、貴様如きが数代研究しただけで、集めたマナの混ぜこぜで強化して、一流の剣士を超える優秀な兵が作れるはずがない。ベルフィス王国が、その魔術の研究にどれだけの歳月と人間を費やしたと思っている」


 続いて、床を転がる『楽園の林檎』へと大剣を振るう。


「バ、バカなのか! それがどれだけ価値のあるものか! そ、それは、歴史からも消し去られた我らレイノアロの一族の誇りであり、我々が確かに存在したことの証でもある! それは、それだけは……!」


 ランベールの振り下ろした大剣が、容赦なく黄金色の林檎を叩き潰した。


「八国統一戦争時代の悪しき魔術が流用されているのならば、見逃すわけにはいかぬ」


「の、呪ってやる! 貴方だけは絶対に許さない! あの世から呪い続けてやる! 覚えておくといい、貴方は、ロクな死に方はできないと!」


「既に通った道だ」


 ランベールの大剣が、トゥーレニグウの頭部を叩き潰した。

 大剣を振るい、血を払う。


「さて、先を進むぞ」


 呆然と一連の出来事を見届けた『不死鳥の瞳』の兵達が、互いに顔を見合わせて頷く。


「クロイツ様……これ、我々、ただの足手まといなんじゃ……」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前話と魔女の名前が変わっているけど、今話の名前の方が覚え易いと思った。
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