第二十六話 死の紳士トニーレイル②
「……して、鎧の剣士よ。そこの二人はなんだ?」
クロイツはアルアンテとエリーゼへと魔銀兜の奥の目を向け、ランベールへと問う。
そのやや冷たい声色に、アルアンテとエリーゼの二人に緊張が走る。
クロイツの疑惑も無理はない。
アルアンテは『死の天使』のローブを纏っている上に、事実として、軟禁の身といえども一員として研究を行っている。
本人の気質の問題上、アルアンテが任されていたのは一般的な研究内容ではあったが、しかしながら反国家勢力に手を貸していたことには違いない。
王国の敵と断ぜられても無理はない。
「わ、私達は、その……」
アルアンテは口籠る。
返答次第では、この場で殺されてもおかしくない。
事実、王国最高潮の戦力と称される『異端審問会』は、王国法を度外視し、彼ら独自の判断で反王国的な魔術師をその場で焼き殺してきたという黒い噂がある。
「不快な魔術師に襲われていたので横槍を入れた。子供を連れて逃げていた道中であったのだろう。当人は、半ば誘拐されてこの地に来たという」
ランベールはあっさりと答え、車椅子の少女、エリーゼへ目を向ける。
エリーゼはこくこくと頷き、ランベールの言葉が正しいことをアピールする。
しかしそれに対し、クロイツは食い下がった。
「……あのローブは、『笛吹き悪魔』の連中のものだ。そうでなくとも、このテトムブルクを、ただの人間がほとんど無傷でうろついていること自体が怪しい。本人の言を信じるならば、保護すべきだ。しかし、そいつが我々を処理するための、トロイの木馬でない保証がない」
「引き込めば自爆するかもしれないと、そう言いたいのか?」
「油断したところを突いて来るかもしれない。この敵地で怪しい人物の言うことを真に受けるなど、あまりに無警戒ではないか、鎧の剣士よ」
そう口にするクロイツの目には、微かに失望の色があった。
一線を超えた魔術師の恐ろしさはクロイツも知っている。
特に、今日ランベールについてきたために『笛吹き悪魔』の魔術師の悪辣さを、嫌と言うほど思い知らされた。
ウォーミリア大陸の歴史においても、実在が明確な者のみに限定しても、ほとんど不死身の身体を得たとされる魔術師が、片手の指では数え切れない程度には存在する。
そんな魔術師達を相手取っている今、あからさまに怪しい魔術師を保護するなど、あまりにも甘すぎる。
アルアンテに何が仕掛けられていてもおかしくはない。
クロイツはランベールを熟練の戦士と見込んでいたが、しかしこの判断には落胆していた。
ただの理想主義者と、クロイツの目にはランベールの今の言動はそう映った。
クロイツの部下達は、彼ほど冷徹には徹せてはいないものの、概ねクロイツと同意見であった。
このままでは殺されるであろうアルアンテを放置するのに疑問が残るのは確かだ。
しかし、今なお、彼が猫を被っている狂魔術師であるという線を否定できない以上、連れて行くことはできない。
「……私が信じられないというのならば、仕方ありません。エリーゼちゃんと、先に逃げたはずの子供達を、どうか保護してはいただけませんか? 私は……ここからは、一人でこのテトムブルクから脱出します」
「お兄さん! ダメだよ! だって、あいつらから目を付けられてるのに……このままだったら、逃げ切れるわけがない……」
エリーゼがアルアンテへと言い、車椅子の上からアルアンテへと腕を伸ばす。
「あの赤毛共々、二人とも保護してやればよかろう。俺はテトムブルクに潜んでいるであろう八賢者を狙う。お前の隊から、他の子供の保護にも人数を割け」
「子供は認める。だが、あの優男は駄目だ。あまりに不審過ぎる」
「そんな……」
エリーゼが絶句する。
彼女も、アルアンテが『死の天使』の副団長、トニーレイルのお気に入りだったことは知っている。
しかし、アルアンテが脱走を企てたことをトニーレイルが知れば、命の保証はない。
トニーレイルは普段は紳士を装っているが、身勝手で激昂しやすく、機嫌が悪いときは、自身の部下でも、些細な失態を理由に殺しかねない男だ。
ランベールが現れなければ、アルアンテは、トニーレイルからの追手である、人間家具のフランダルに敗れていたはずだった。
『死の天使』の中には、元伝説の白魔術師フランダルに匹敵する人材が、十人以上存在する。
トニーレイルからの追手を、アルアンテが単独で対処できるはずがなかった。
「とにかく、ここは私の考えに沿って動いてもらう。鎧の剣士よ、今は、全員を信頼して連れていける状況ではない。そこのお前には悪いが、斬らなかっただけでも幸いと思うべきだな」
「……はい、感謝しております。エリーゼちゃんをお願いいたします」
アルアンテが頭を下げる。
クロイツの部下達は、今のやり取りを見て心が揺らいだのか、クロイツとアルアンテを交互に見る。
だが、クロイツの結論は変わらない。
クロイツは小さく首を傾かせて、アルアンテの言葉に首肯してみせた後、ランベールを睨む。
「少し、がっかりしたぞ、鎧の剣士よ。貴殿が口にするのは、ただの理想だ。現実が見えていない」
「くだらんな。民を守るべき兵が、脅えて疑心に駆られて民を見捨て、あまつさえそのことを正当化するのか」
ランベールが淡々と、しかしよく耳に残る声で言う。
「なに……?」
「民は税を払う。その見返りに、命を賭して民を守るのが、我々兵の務めだ。大義を見失えば、いずれ道を誤る」
「だからそれが理想論だと言っている!」
「国を守り、理想を果たすことこそが我々の役目であろう。」
「そんな考えでは、悪辣な『笛吹き悪魔』共に付け入られる! では問おうか! 仮にその優男が罠であったとき、貴殿はどうするというのだ!」
クロイツが声を荒げ、ランベールを問い詰める。
「決まっているであろう、そのときに斬るのだ。卑劣を相手取るために卑劣に身を窶す者に、国を支える資格はない。大義を通し、国も守る。それを成すために、我々は仇成す者共より遥か高みに立たねばならぬ」
ランベールは迷いなく言い切る。
クロイツの目が、兜の奥でやや開いた。
ランベールは、夢見がちな理想論で語っているのではない。
正々堂々とレギオス王国の八国統一に貢献し、その果てに騙し討ちでグリフに敗れた上で言っているのだ。
気が付けば、場の雰囲気が一変していた。
クロイツの部下達の顔に、迷いや戸惑いは既にない。
吹っ切れたのは、迷いを顔に出していない、クロイツも同じであった。
「……貴殿には、敵わぬな」
それだけ零すと、隊の中の半数へと、指示を出す。
「二人を保護し、他の子供も保護し、撤退しろ」
「はっ! しかし、クロイツ様達は……? 敵の規模が大きすぎます。どこかで引かねば、いつかは力尽きるしか……」
「私は、ランベール殿に続き、八賢者の首を獲る。他の者も、異論はないな」
クロイツの宣言に、隊内から歓声が上がる。




