第二十三話 人間家具のフランダル③
「ど、どなたかは存じませんが、ありがとうございます……。貴方は、一体……」
フランダルの人間家具『机』に蹴られ、地に伏せていたアルアンテが、突如現れた命の恩人である大鎧の男――ランベールへと声を掛ける。
フランダルの人間家具の頑強さは、アルアンテ自身が先程痛感したばかりである。
強烈な毒物を用いようが、首を半分近く切り進めようが、即座に復活した化け物である。
それをいとも容易く斬り殺したランベールが、並みならぬ剣の実力者であることは、アルアンテにとって疑いようもなかった。
「お前……ただもんじゃねぇな。俺の『机』を、こうもあっさりと両断するとは」
フランダルは、人間家具の尖兵を斬り捨てた大鎧の男を、『椅子』の上から眺める。
大鎧の男――ランベールは、大剣を構えたままフランダルを睨み返した。
「まぁ、待て、そう憤るな。お前の叩き斬った机は、この天才芸術家である俺の、十本の指に入る名品だった。俺の芸術を穢したお前は、万死に値する……と、常ならば言うところだが、特別に許してやろう」
フランダルはランベールに手を翳し、目を瞑って首を振る。
まるで、戦う気などない、とでも言いたげな素振りであった。
だが、次の瞬間には、フランダルは歯茎を剥き出しにして哄笑を始める。
「お前は、素晴らしい! 感じるぞ! 気品があり、誇り高く、厳かさがある! そしてその大きな美しい身体、俺にはわかる! お前は、家具になるために産まれて来たのだ! お前は、俺のコレクションになるべきだ! いや、違う! お前は、家具になりたがっている! そうだ、そうあるべきだ!」
フランダルが目を見開き、両腕を広げて熱弁する。
その瞳には狂気があった。
「どうだ? お前も、俺のコレクションになりたくなってきただろうぉ、なぁ!? なぁ!?」
フランダルが、唾を飛ばしながら叫ぶ。
フランダルの狂気にあてられたアルアンテが、顔面を蒼白にして凍り付く。
アルアンテは他の『死の天使』の連中同様に、フランダルを理解不能な存在として捉えていたが、『死の天使』の中でも如何にフランダルが狂った男であったのか、たった今それを認識した。
人間を作り変えてあくまでも『家具』と呼ぶフランダルの異常な行動の原点が、彼の顔に現れていた。
彼はあの奇怪な怪物の製造が芸術であり、自分のなすべき事だと信じているのだ、と。
アルアンテが気圧されて震えている間も、ランベールは平然と立っていた。
「あまり話の通じる相手ではないらしいな、元より、貴様らと多くを語る気にはなれぬので、好都合だが」
ランベールが動く。
それだけのことで、フランダルの狂気の相貌が怯んだ。
フランダルの邪悪な性質そのものを目にしながらも、ランベールは淡々と進む。
フランダルが、額に手を当てる。
「気圧された? この俺がか? 俺の高尚なる芸術へのリビドーに、奴のプレッシャーが勝ったとでもいうのか? あり得ない……そんなことは、絶対に!」
フランダルの目に、狂気の色が戻る。
「行け、『棚』! 奴を捕らえよ!」
太った両腕のない、顔に包帯を巻かれた女が、ランベール目掛けて駆ける。
ランベールは大剣を構えながら駆ける。
一直線に向かって『棚』を斬り殺し、そのままフランダルを斬り捨てる算段である。
(先程の尖兵よりも、まだ遅い……。多少肉は分厚いが、この程度ならば関係あるまい)
ランベールは、大柄な『棚』を一撃でを斬り殺すために、腕に力を込めた。
「確かに、完全に完成された剣士の動き……! 俺の知る人体の限界を、二段階は引き離して超えている。だが、勝負を決めるのは、力と速さだけではない!」
「オゴォオオオオオオッ!」
ランベールの間合いの二歩外側で、『棚』の身体に無数の穴が開き、矢尻のようなものが大量に発射された。
尖った金属の嵐が、剣を振るうランベールへと襲い掛かる。
『棚』の身体を穴だらけにし、その先に立つランベールの命を狙う。
「ははは! 色々入ってるから『棚』だって言うんだよ 驚いたか? なるべく身体に傷をつけたくはなかったが、お前は無傷で捕らえるのは、どっちにしろ不可能だからな!」
ランベールは僅かに身体を後方に晒し、神速で大剣を振るう。
常人では目に留めることさえできない豪速であった。
大剣の刃が、迫りくる歪な金属片を、次々に斬り斬り捨てていく。
地面に次々に、砕かれた金属が散らばっていく。
「な、なんだ、何が起こっている……?」
フランダルは目前の光景が受け入れられず、呆然と呟く。
金属片の射出を終えた『棚』が、ただ棒立ちしてそこに佇む。
ランベールの大剣が改めて振り上げられた。
狙うは、『机』と同じく胴体部からの切断であった。
突如として、『棚』の太った身体から、巨大な二つの刃が突き出た。
一つは胸部より、一つは下腹部より。
肉を抉り、二つで一組の刃が、ギロチンの様にランベールへと襲う。
(『断頭鋏』が発動しちまったか。ああ、いい素材だったのに、ありゃもう家具にはもうできないな……)
フランダルは『棚』から突き出る刃を眺めながら溜息を吐く。
『棚』の最後の手段、『断頭鋏』は、『棚』が追い込まれたときに、肉を抉って自動で発動する様になっている。
その強みは、人間の反応限界速度を超える速度で繰り出される、確実な死である。
如何なる強者であろうとも、その刃を認識する間もなく、一瞬の内に命を落とす。
故に必殺の一撃。
決して外すことのない、死神の鎌の一振り。
二人が接触する。
どす黒い血肉が飛び交う。
「オゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
『棚』の肥えた上体が、奇声を発しなが宙を舞った。
砕けた『断頭鋏』の巨大な刃の破片が地に落ちていくのが、フランダルには酷くゆっくりに映った。
「……は? ……あ、え?」
ランベールは絶対死の一撃を回避して逆に殺し返したばかりか、そのことを歯牙にもかけない様子で、走る速度をそのままにフランダルへと向かって来る。




