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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第二十ニ話 人間家具のフランダル②

「アルアンテちゃんさぁー、俺がアルアンテちゃんを殺せないと思ってるなら、確かにその通りだぜぇ? トニーレイルさんだけは怒らせたら本気でヤバいからな。でもさぁ、俺が白魔法得意なの、知ってるだろ? 俺ってちょっとだけ意地悪だから、人の形で連れてってやる義理はないんだもんねぇだ!」


 フランダルが腕を振るい、アルアンテに指を突きつける。

 腕のない奇怪な人型の三体の内の一体が、駆ける速度を上げてアルアンテへと接近する。

 恐ろしく前傾の姿勢であった。


「ほうら行け『机』、軽くたたき潰してやれ。『棚』は様子を見ておけ」


 フランダルの人間家具。

 前傾の男『机』、太った女『棚』、そして折れ曲がった性別不詳の『椅子』の三体より構成される。

 彼の命じたままに動く、生きた武器である。


「……こっちだって、戦う準備くらいはしてあるんです」


 アルアンテがローブより、緑に濁ったフラスコを取り出す。

 中には緑の粒が大量に浮いている。


「偽りの生命よ、芽生えよ!」


 アルアンテはフラスコを投げ出し、杖を振るう。

 フラスコが割れ、地面に液体が散らばった。

 緑の粒が液体を吸い取って肥大化し、表面を割って、人の拳程度の大きさの小動物が、中から無数に現れる。


「グロォー」「グォ」「グローク」


 人造フロッガ。

 疑似生命体ホムンクルスの一種である。


「そんな玩具で、俺の芸術品相手に何かできるとでも思ってるのか?」


 フランダルの人間家具『机』が、アルアンテへと迫る。


「氷よ、盾となれ!」


 アルアンテが叫ぶ。

 アルアンテの前に、白銀の大盾が現れる。


 『机』は大きく脚を振り上げ、アルアンテを盾ごと蹴り飛ばそうとする。


「その程度の盾で、俺の人間家具を防げると思ってたのかな?」


「蹴りから身を守りたかったわけじゃない!」


「ああ?」


 人造フロッガは、一斉に『机』へと飛び掛かる。

 人造フロッガが空中で赤黒く変色し、全身を破裂させた。

 赤黒い飛沫が飛び散り、人間『机』へと掛かる。


「オ、オオ、オオオオオオオォオォッッ!」


 飛沫を浴びた『机』の足から黒い煙が昇る。


 バジリスク・フロッガと呼ばれる、有毒のフロッガが存在する。

 バジリスク・フロッガは淀んだマナを帯びた水を好んで呑むため、魔力場の歪んだ湖の近辺にのみ生息する。

 呑んだ水を体内の毒袋に流し込み、その中で他の薬草や魔獣の糞尿と混ぜ、仕上げに自身のマナで濃縮することで猛毒を錬成する能力がある。


 この人造フロッガは、バジリスク・フロッガと同様に、体内の毒袋で猛毒を錬成し、対象へと飛び掛かって自爆するように設計されていた。

 ただし毒の許となる薬品は三十二種もの薬草を煎じたものに、高価な魔鉱石八種を溶かして混ぜ込んで調合したものであり、バジリス・フロッガが自然界のものを掻き集めて生成する猛毒よりも、更に数段は危険な代物である。

 またこの人造フロッガは、完全に体内で定められたレシピの猛毒を錬成することだけに特化しており、毒の濃縮濃度も、バジリスク・フロッガの六倍にも及ぶ。


 この猛毒は、人が触れれば、皮膚の上からでも骨にまで侵食し、人体を破壊し、その機能を停止させる。

 ただし強力な代わりに、錬成した瞬間から効果の劣化が始まる。

 故に戦闘で用いるには、戦いながら人造フロッグを生み出して猛毒を錬成させるだけの技量が必要となる。

 深い知識と魔術制御の正確さ・速さがなければ、到底発動まで漕ぎつけられるものではない。


「よかった、しっかりとこの毒が効いて。これで駄目なら、どうしようもなかった」


「ハッ! 足の一本が折れたくらいで倒れるくらい、俺の『机』はヤワな造りじゃ……!」


 『机』がその場に倒れ込む。

 口許の包帯を押し退け、だらだらと涎が垂れ流される。

 フランダルが言葉を途切れさせ、無言となる。


 無防備に倒れ込んだ『机』へと、周囲の人造フロッガが次々に飛び込んでいく。


「オォォオオォオオオッッ!」

 

(……あの反応、呼吸器系作用の気化毒か? だがそれならば、アルアンテも無事では済まないはず……耐性を自分の身体に仕込んでいたのか? いや、アルアンテは、自分の身体を弄るのに抵抗があるはず……)


 フランダルが目を細める。


 フランダルは普段はふざけた言動ばかりとっているが、頭は回る性質である。 

 元々そうでなければ、王都一の白魔術師になどなれるはずもない。

 白魔術師は、あらゆるケースの怪我や病気に対応するため、未知の問題に対する柔軟な対応、発想力、解析力、そして時に専門外の分野に対して、その筋の専門家に匹敵する知識を要されることもある。


 アルアンテの氷の盾に、赤黒い個体がこびりついている。

 いや、盾だけではなく、足元にも赤黒い結晶の欠片のようなものが散らばっていた。


(……なるほど、融点の差異を利用した分離によって毒性を失くしているのか)


 この猛毒は融点が高く、氷に身を潜めていれば、すべてその冷気によって固体へと変わってしまうため、吸入を妨げることができた。


 アルアンテが杖を振るうと、氷の盾が弾け、氷の粒が舞った。

 辺りに散布されていた猛毒が、固体化して地面に落ちていく。


「氷よ、剣となれ!」


 氷像の剣が宙に浮かぶ。

 アルアンテは杖をベルトに挟み、剣を手に取って振り下ろす。


 『机』の首を、氷の刃が抉った。


(なんて固い身体だ! だが、斬れないことはない……このまま、切断する!)


「毒は、つまらねぇなぁ」


 フランダルが口元を歪に吊り上げ、笑う。

 氷の剣によって首を三分の一程斬られていた『机』が唐突に暴れて、アルアンテを弾き飛ばす。


「お兄さんっ!」


 エリーゼが悲鳴を上げる。

 その後、『机』はガクガクと身体を痙攣させながら、上体を起こす。


「なっ! 錬成してすぐなら、気化毒だけでオーガでも失神させられる毒なのに、そんな……! それに首だって、あんなに斬ったのに……なんで、もう完全にくっついて……」


「悪いが、俺の本分は、白魔法だからさぁ。この家具たちには事前に、腹を裂いて魔石を入れて、恒常的に再生の魔術が発動する様にしてある。細胞分裂を使い潰しまくるから寿命はがんがん削られていくが、まあ問題ないわな。すぐに気化毒を止めたのは失敗だったな? 気化毒で破壊された体内組織を、超スピードで作り直したってとこよ」


 フランダルが麻袋の奥で笑った。


「結局のところ、俺とお前じゃあさー、格って奴が、違うんだよね。確かにお前はそれなりに秀才ではあったんだろうが、天才では絶対にない。お前がどれだけ頑張って切り札を切ろうとも、せいぜい『机』の足止めが限界ってところなんだよ。おまけに、『机』がお前との戦いで負った毒のダメージも、もうとっくに抜けてる、さて、お前は殺しちゃなんないわけだが……何の家具になりたい? 俺は優しいから、お前に選ばせてやろう」


 『机』が脚を振り上げて、アルアンテを蹴り飛ばす。


「かはっ! お、おえ、おええぇ……」


 アルアンテが身体を丸め、必死に腹部を守る。

 窮地において弱点を守る本能的な行動だったが、『机』の脚が、容赦なくアルアンテの腹部を勢いをつけて踏みつける。


「があああああっ!」 


 アルアンテが悲鳴を上げてのたうち回る。


「あっははは! そんなもんかぁ? おら、早く立てよ! 死んじゃうぞおおおアルアンテちゃーん! エリーゼちゃんが、死んじゃうぞおお!」


 『机』の執拗な蹴りがアルアンテを襲う。

 八回程蹴り飛ばしたところで、フランダルが顎に手を当てる。


「さて、どしてやろうかなぁー……ん?」


 アルアンテが、ふらつく足を押さえ、立ち上がった。


「……エリーゼ、ちゃんは、絶対に逃がしてあげるって‥…約束、したんだよ」


「そういうのは、もっと力量差に見合った相手に言うもんじゃねぇか? なぁあ? お前は、俺のタフな人間家具を、どう足掻いても殺しきれない。そんなもの、今のでわかっただろう? できない約束は、とっとと謝っておくのが利口ってもんだぞアルアンテちゃーーん! 期待だけさせられるエリーゼちゃんが、可哀想で俺ちゃん、見てられねぇなぁ」


 そのとき、一陣の豪風が吹いた。

 アルアンテは目を瞑って顔を俯く。


 その瞬間、人間家具の『机』が、口から血を噴き出して宙を舞った。

 突然現れた全身鎧の剣士が、手にしている大剣で、宙へと掬い上げるように『机』の腹を斬りつけたのだ。

 『机』は地上へと落ちたときには身体が真っ二つになっていた。

 斬り飛ばされた上半身が震え、首が動いて剣士を睨もうとする。

 その頭部を、続けて振り下ろされた大剣が完全に破壊した。


「……はぁ?」


 フランダルが呆然と呟く。

 無理もない。

 強靭な肉体と、恐るべき再生速度を誇るはずの人間家具が、ただの一振りで、あっさりと瞬殺されたのだ。

 


 アルアンテも何が何なのかわからず、口を半開きにしたまま目前の光景を見つめることしかできなかった。


「タフだどうだと聞こえていたが、俺の気のせいだったらしい」

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